終話
次はムツキの番だよ、とラビィが言った。
ぎくりと身体を強張らせたムツキを泣きはらした赤い目でラビィが笑うので、ムツキは膨れて唇を尖らせた。
しかし、ムツキの中で既に決心は出来ていた。今日で全て決着をつけなきゃいけない、そんな予感めいた思いが胸を占めて、家路の道を急がせる。
最初は歩きだったのにいつの間にかペースが上がって、最後には駆け足で家の中に飛び込んだ。家族が集まるリビングに行くと、父親と母親がソファに座っていた。兄はいない。仕事で遅くなっているのか、或いは友達と何処かに出かけているのかもしれない。
「……遅かったな」
父親の言葉にうん、と頷いてムツキは正面のソファに座った。父の隣で編み物をしていた母が、気を利かせたのか立ち上がってキッチンへと消えるのを目の端で見送りながら、緊張で乾く唇を舐めた。
「……父ちゃん。俺、話があるんだ」
「……なんだ」
広げていた新聞を端に置きながら、短くマヒコが言う。素っ気ない返事に尻込みしそうになるのを拳を握りしめることで耐え、父親の顔をじっと見つめた。
「あのさ、もう父ちゃんとこういう風に気まずいままなの、イヤなんだ。だから、俺が考えたこと言うから聞いてくれる?」
マヒコはやはり何も言わなかった。頷くこともせずに、ムツキの目をただ見返す。
「最近、色々あったんだ。新しい友達が出来て、でもその子に無神経なことしちゃって気まずくなったり。今日は、やっと仲直りできたんだけど、それまでも色々あって。考えることが多くてちょっと大変だったけど、でもこれが大人になるって事なのかもしれないって思ったんだ」
それで、とマヒコが相槌を打ったので、ムツキは微かに笑んだ。
「大人になるって、子供みたいに無責任じゃいられなくなるって事なんだよね。父ちゃんが遅刻をして俺に怒ったのは、俺に一人の大人だっていう自覚も責任も無かったから。やっと分かってきたんだよ、自覚と責任が無きゃ何も出来ないって。人からの信頼だってそうやって培うものだよね。それを失うって、たくさんの人に助けられた今の俺にはすごく怖いよ」
「それだけじゃねえ」
ムツキの話しに黙って耳を傾けていたマヒコが、低い声でそう言った。
「それだけじゃねんだよ、手紙屋は。人の想いを誰かの代わりに運んでるんだ。どこかにいる誰かの便りを待っている人間に、その誰かの代わりに届けるんだ。色んなモンがたくさん詰まった重い荷物を、俺たちの足でな。俺はこの仕事が好きだ。天職だと思ってるし誇りにしている。だから、お前みたいに半端な奴は許せなかったんだよ。それが例え、息子でもな」
マヒコの唇が引き結ばれるのを、ムツキは黙って見ていた。マヒコが手紙屋を誇りに思っていることは、なんとなく感じていた。それが、これほど深い物とは知らなかったけれど。
ムツキは深く溜息を吐きだして、薄く笑った。
「俺、別に嫌われてる訳じゃなかったんだよね?」
マヒコはまた無口に戻って何も言わなかったけれど、伸ばされた厚い手のひらで頭を思い切り掻きまわされてムツキは頬を染めて笑った。ふいに脳裏に、仕事始めの日に言われた所長の言葉が過ぎった。愛されている、今なら確かにそう思えた。