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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

存在確率

気付いたときにはぼくの姿はなかった。

ただ意識だけがそこにある感じ。

でも、僕は僕と外の区別はわかる。

体の輪郭をなぞればそこに僕はいた。僕が呟けば僕の声は内に響く。

でもぼくはぼくを見ることができない。

どうやって見ればいいのかわからない。

とうに忘れた文字の読み方が分からないように、

僕は僕を。

皆は僕を。

どうやって見ればいいのか知らない。

僕の声をどうやって聞けばいいのか誰も知らない。

不幸なのは、ここに僕がいることを僕が知ってしまったというだけだった。



僕がやることなすこと全て、僕がやったことだと誰も気付かない。

比喩でなく、「僕をすっ飛ばして、世界が回っている」。

喉が裂けそうになるほど声を上げても、皮膚から血が滲むほど手を握りしめても、何も変わらない。

誰も振り返らない。


一人だった。僕だけが僕がいることを知っていた。

目から液体が零れた。その感覚を僕は幾度となく知っている。僕以外は誰も知らないけれど。

もうどうすればいいのか分からない。なす術もなく、

ただしゃがみこんで膝を抱えじっとしていると再び目が熱くなってきた。

今できることは泣くことだけ。それなら、いつまでもいつまでも泣こうと思った。

誰かが気づいてくれるのかも知れないという淡い期待だった。

声をあげて、声が枯れるまで叫んでいれば、いつか見つけてくれるかもしれない。


「だれか、ぼくをみつけてください。」




どのくらいの朝が来たのか分からない。あれからとにかくずっと泣いていたのだけど、やっぱり、僕に振り向くものは何もなかった。

もう何度数えたか分からない、次の朝が来ようとしている。

このとき、僕には受け入れるべき真実は目にとうに見えていた。

それはとっても簡単なこと。

僕を助けてくれるものなんてこの世界には何もないってこと。

でもそのことを考える度に胸が締め付けられるように痛い。

認めたくない。けど、もうそんな真実は分かりきってる。


「世界は僕の存在を知らない。

「僕」などこの世界にはなかったのだ。」

「でも、こうやって「僕」のことを考える僕は何?」


思考は僕を救ってはくれなかった。

受け入れなければならない答えが明白になるだけ、苦しさが増すだけだった。

考えて考えて、たどり着きたくない答えに辿り着く。そればかり繰り返して。

しゃがみ込んで一人ぶつぶつと呟き続ける。僕は結局何なのか。


僕は。


ぼくは…



ぎゅっと目をつぶる。

さまざまな光がちかちかと揺れて、そして消える。

僕が次の光を見たとき、何かが変わっていることを願って。

ゆっくりと目を開けた。


そこには

何もいままでと変わらない世界があった。



僕の最後の望みは、潰えた。





「限界だ。」





僕は笑った。

おかしくてたまらない。

もう全てが、この上なく愉快だった。

笑いながらも、再び、涙が溢れてきた。

役に立たないくせに頬を伝う液体がたまらなく不快だ。


まったく、この目とこの涙は何のためにあるの?役立たずめ。


僕はその怒りさえもが楽しかった。

(ねぇ、涙が出るだけの眼なら取ってしまおうよ?)


僕は、ゆっくりと、人指し指を瞼に近づけた。

僕には湿った感触がわかる。

僕が触れた眼球は痛む。

反対の目からは再び涙が零れ出す。手が滑って邪魔なんだけど。

見開いたままの片眼に指を喰い込ませて、何かが千切れる感覚とともに。


―案外簡単に、それは落ちた。


残念ながら僕が落ちたそれを見ることは叶わなかった。

でも、それは最早何の感慨ももたらさない。

代わりに焼ける強烈な痛みが僕を襲う。そしてその痛みが不幸にも幸運にも僕を正気に立ち返らせたのだ。

うずくまって転げまわって、這いずり回って、むせかえる不快な嘔吐感とともに今まで胸を押し潰し続けた全てを吐き出して、片方の目だけで泣いた。

痛みは生きてる証拠だというけど。何故?もうそんなものは必要ないのに、まだ痛みは僕を苦しめる。



どうして、どうして。僕は何か悪いことをしたの。こんなに痛いのは、何の罰?


僕はただここにいるだけだった。


それがこんなにも苦痛を伴うのはどうしてだったの?


分からない、分からない、


助けて欲しかった。誰かにどんな形であっても、僕がいることを知ってほしかった。


たったそれだけの願いだったのに。






僕の体が動かなくなってどのくらいの時間が経ったのか…。

霞がかかった視界の中で、

―生まれてくる世界をまちがえたということ…

僕は辿り着きたくなかった答えを受け入れた。もう、終わりなんだ、と思ったから、素直に。

大体、僕が最初から生きていたのかどうかも不思議だったね、と僕は僕に話しかけた。

あぁ、もう。痛みも感じない。

そして、初めて

少しだけ、僕は自分のことを愛おしく思った。

いるかいないか

ダイスはとくに、こたえてくれないのです

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