恋6話『かっこ悪いフラれ方』
今回は、里香目線で物語は進みます。
『あなたの想いを寄せる人とあなたのインモウを結び、チョコレートの箱にそっと入れておきましょう。必ずや意中の人に、あなたの想いは通じるでしょう…』
ふむ…ふむ…
なるほど、なるほど…
インモウを結ぶのか…
インモウを…
インモウ!?
―――!?
インモウって陰毛!?
ふざけんじゃないわよっ!!ったく、なんなのコレっ!!
何が『恋するバレンタイン』よ、バカバカしいっ!!
だいたいナニ!?
片思いの女の子が、想いを寄せる人に
『スイマセン…下の毛を下さい』
ってなんか言うわけっ!?
できる訳ないじゃん!!
そんな事っ!!
そんなの事言ったら、それこそ片思いの相手から、一気に消えて欲しい女の子ナンバー1に抜擢されちゃうってのよ!!
今日は、ついにバレンタイン前日。
私は学校への登校の途中、歩きながら『恋するバレンタイン』っておまじないの本を片手に、明日どんな風に告白をしようか考えていた。
あぁ〜ぁ、バカバカしい!!高いお金なんかだして、こんな本買うんじゃなかった!!
だいたい、さっきから使えそうな『おまじない』なんて、ひとつもないじゃないのコレ!!
もぉ〜次ぎのページに期待!!
私はやっきになってページをめくっていた。
―――えっ!?
急に車のクラクションが表参道の交差点に響き渡る。
耳が痛くなるほどかん高く、そしてその音は、どんどん私に近づいてくる!!
イヤだぁ…私、本に夢中になって信号ムシして交差点を渡っていたんだ…
そんな事を後悔しても、もう遅い。それは一瞬の出来事だった。
きっと私はこのまま車にハネられちゃう…
―――!?
「なにやってるんばぃ里香ぁ!!危なかばぃ!!」
―――孝介!!
間一髪、私は後ろか孝介に抱きかかえられるように、交差点から向こう側に投げだされ助かった。
「孝介……」
「なんばしようとね!!里香っ!!危なかやないとね!!身体はなんともなかか?」
私を助けるために、一緒に倒れこんでしまった孝介が、いつもとは違い真剣な目で私をたしなめる。
「うん。大丈夫。ありがと。はは…心配かけてゴメンねっ、孝介。ちょっと読書に夢中になってまして…」
私は立ち上がりながら、孝介にお礼を言う。
「大丈夫ならいいとやけど、これからは気ぃつけなね、里香。」
「うん。ありがと。…ってか、あんた今日はバイクじゃないの!?歩きなんて珍しい。」
「おぅ!!今日はマラソン大会やから、歩きで登校して、ウォーミングアップばぃ。」
「あ…なるぼど。そっか今日はマラソン大会だったね。そういえば、あんた小学校の頃から体育なんて真面目にやった事なかったのに、なぜかマラソンだけは誰よりも速かったもんね」
「おぅ!!渋谷のカールルイスとは俺の事ばぃ!!」
孝介は私に人差し指を突き出しポーズを決める。
何が渋谷のカールルイスよ!!だいたいカールルイスっていつの時代の人の話してんのよ。それにカールルイスはマラソンではなくて、短距離だっつーの。
馬鹿は死ぬまで治らないって言うけど、この男の馬鹿さかげんにはホントにいつも呆れかえる。
「はい…はい…今日のマラソン頑張って!!孝介」
一応助けて貰ったお礼に笑顔で応援する。
「おぅ!!サンキューばぃ。里香。それからなぁ、明日のバレンタインは楽しみにしとくとよ!!里香の恋、絶対叶えてみせっからね!!」
はぁ!?アンタが私のために『恋の魔法』でも使ってくれるっての?
ノーサンキューです!!孝介!!アンタなんかに、私の恋を応援されたら、『恋の魔法』どころか、『恋の無謀』になっちゃうじゃん!!
そんな事を考えてたら、孝介は嬉しそうに、ジョギングしはじめる。
「って事で、里香、オレ先に学校行くばぃ!!」
孝介は私の前を、嬉しそうに走り出した。
「いだぁぁああっ!!」
えっ!?
数秒も走らないうちに、急に孝介は、道の真ん中で倒れこんだ。
ビックリした私は孝介のもとに駆けてゆくと、右の足首を押さえてる。
「ちょっと!!孝介!!あんたさっき、私を助けてくれた時、足首ひねっちゃったんじゃないの!?ちょっと見せて。私これでもサッカー部のマネージャーなんだから!!」
私は孝介のズボンの裾をめくり、靴下を下ろそうとするが…
「いででぇぇ――っ!!」
孝介のうめきにも似た声が響く。
「はは…大丈夫ばぃ。里香。オレこう見えても身体は頑丈ばぃ」
孝介は私の手を振り払った。いや…大丈夫って、そんな事ないでしょ。孝介。その額から流れてる汗なによ…
そんな足でマラソンなんかできる訳ないじゃん。早く病院いかなきゃ。
「大丈夫って、言ってるばぃ。絶対ぇ今日は走らなきゃなんねぇんだ…」
額から滝のように汗が落としながら、孝介は私をムシして、右足をひきづりながら、走っていった。
「なによーっ!!人が心配してやってんのに!!どーなっても知らないからね―――っ!!」
太陽が焼き付けるように輝やく、冬空の下、全校生徒が日比谷公園に集まり、今からマラソン大会が行われようとしていた。
コースは、日比谷公園をスタートして、男子は皇居を2周、女子は1周して、また日比谷公園に帰ってくるってコースだ。男子は約15km、女子は約10kmっていったマラソンだ。
実は私にはこのマラソンに賭ける思いがあった。それは、毎年このマラソンで窪田先輩が1位をとるらしいので、私も女子の部門で1位をとり、先輩と一緒に表彰台にのぼり、先輩にアピールするのだ!!
孝介と幼い頃から、かけっこばっかりしてた私は、足の自信はあった。
「さぁ始まるばぃ」
スタートの合図の前に緊張していた私の横で、孝介は脳天気に屈伸なんかしている。
「孝介さぁ…あんた足は大丈夫なの!?」
「あぁ大丈夫ばぃ!!」
―――!?
どうやら、孝介はかなり右足首にテーピングをしているようだ。短い靴下からテーピングがはみだしてる。
「珍しいわよねー。あんたが真面目にマラソンなんか走るなんて」
「まぁな…」
右足首を押さえながら、ふと急に孝介は真剣な表情を浮かべる。
―――変なヤツ!!
私は孝介の事は、ほっときスタートの合図に向け構える。
―スタート!!―
晴れ渡る青空のもと、スタートの銃声が鳴り響いた。
全校生徒のざわめきの中、ついにスタートが切って落とされたのだ。
えっ!?ちょっと!?
オイ…オイ…
あいつは化物か!?
なんと孝介は、あの右足にも関わらず、猛スピードで駆けてゆき、一気に私の前からいなくなったのだ。
どうやら、窪田先輩のいる男子の先頭グループにいるようだ。
私も女子先頭グループで、いいペースで走れている。
日比谷公園を抜け、いよいよ皇居の緑が見えてきた。皇居の周りを取り囲む堀の中の水面が太陽に照らされてとてもキレイだ。
天気のいい冬空ってホントに気持ちいいね。
そんな風に緑を眺めながら皇居の周りを気持ちよく走っていると、ちょうど、半蔵門を越え、駐日英国大使館がみえてきた頃、私の前に孝介が一人走る姿が見えてきた。
あれ!?いつの間にか、もぅ私は男子の先頭集団に抜かされたのかな…!?気づかなかった。
ははっ!!アイツ、一人で独走じゃん!!
馬鹿のクセして足だはやっぱ速いんだね。
私は孝介の後ろにそっと近づいて背中をたたく。
「やるじゃん孝介!!」
しかし…
振り返った孝介の表情は…
顔はまるで土色のように青ざめていて、顔中汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。そして、これ以上力を込めれば、折れちゃうんじゃないかというくらい、歯をくいしばり、すごい形相で走っている…
いや…
右足をひきづりながら歩いていた。
「ちょっ!!孝介やめなさい!!あんたナニやってんの!!こんな足で走って……!!私…先生呼んでくるから、今すぐ病院に行こうっ」
「……オレの身体にっ……ぎぃ…さわる…んぢゃ…なかっ…」
孝介は私の手を振り払い、歩きだす。
なんで……!?
なんで……!?
そこまでして走ってるの!?
ボロボロになって、涙流して、痛い思いまでして……ねぇ孝介!!
「ははは…ナニやってんだよ!!もじゃもじゃ頭っ!!威勢がいいのは最初だけかよ。」
私たちの後ろから、窪田先輩が率いるサッカー部の連中が、走ってくる。どうやらこっちがホントの先頭で、孝介は男子の最後尾で、1周抜かされようとしていた。
「ぶざまなもんだな!!孝介。お前女の子に手を引いてもらえなきゃ、たった15kmも走れねぇのか?」
「うるせぇ!!ほっとけばぃ!!今からお前らに追いついてやる…!!」
「はははっ!!聞いたか。お前ら、コイツ馬鹿だよ。今から俺たちに追いつくらしいぜ!!」
サッカー部の連中は、私と孝介の前を走りさって行った。
「里香ぁ……!!もぅ…いっ!!いい…お前も早く行けっ……ばぃ」
孝介は、声にならない声を出し、私の背中を押す。
なんで…ねぇ…
なんでよ孝介!?
「男にはっ……守らなきゃなんねぇ……ぎっ!!…もんがあるんば……がぁっ!!」
孝介はフラフラになりながら両手で右足を抱えて歩いてゆく。
孝介の後ろからどんどん女子もやってきて、女子にも抜かされてゆく。
「里香ぁ……っ!!オメぇっ…1位とって窪田と表彰台乗るんだろ――っ!!早く行けっ!!」
孝介は土色の顔で、睨みつけ私の背中を押す。
―――そうだ!!
ヤバい。どんどん女子に抜かされてる。
ゴメン!!孝介!!
先に行くね!!
ムリせず、ちゃんと病院行くんだよ。
『表彰状!!マラソン大会男子の部門……!!』
青空も次第に夕焼け色に変わる頃、マラソン大会も終わり、表彰式が始まった。男子部門1位は、もちろん窪田先輩。
―――そして女子は
もちろん、私ではない。窪田さんと表彰台に立っている女生徒を羨ましそうに、私は眺めている。
あぁーぁ。途中までいいペースだったのになぁ……
まったくもぅ!?
孝介に邪魔されちゃったよ!!
……孝介!?
あれ……マラソン大会終わったのに、アイツどこ行ったんだ。
ちゃんと病院行ったのかな!?
「ねぇ里香ぁ。聞いたわよ。孝介くんの事。」
日比谷公園からガッコへの帰り道、一緒にサッカー部のマネージャーをしてる女の子が話かけてきた。
「聞いたって何を!?」
「なんかね……里香を賭けて、窪田さんと戦ってたらしいよ。」
「はぁ〜!?ちょっとナニそれ?」
「う〜んよく分からないけど、今日の孝介くんは、里香のために走ってたんだって!!」
私のため……!?
なんで……孝介が!?
ふと頭の中にさっきの孝介の苦しそうな表情が浮かぶ。
『男にはっ……守らなきゃなんねぇ……ぎっ!!…もんがあるんば……がぁっ!!』
守りたいもの!?
ん〜ますますよく分からん。
まぁ、あの馬鹿が考えてる事なんて、私みたいな凡人には理解不能だわ。
とにかく、早く帰って明日のバレンタインの準備しなきゃ。
私はとにかくガッコへの道を急いだ。
―――えっ!?
突然、夕焼けに染まる空の向こうから、こっちに向かって大きくなってくる人影見えた。
―――孝介!?
ちょっ…あんたナニやってんのよ!!病院行ったんじゃなかったの!!
汗と涙に鼻水に濡れたその土色をした顔の口びるからは、痛みを堪えて、歯をくいしばり過ぎたのだろう、血でにじんでいる。
「はは……ゴール……ばぃ」
そう言い残すと、孝介は両手を上げ、公園の芝生の上に倒れこんでしまった。
私は思わず駆け寄り、芝生に座って、倒れ込んだ孝介を膝にのせる。
「バカ…バカ…ホンっトに大バカ者なんだからぁっ!!こんなにボロボロになるまで走り続けて……」
私の涙が頬を伝い、孝介の額にポロポロ落ちる。
どのくらいこうしていただろうか…
ふと孝介が小さく呟く。
「里香の膝……あったかいばぃ…」
「…バカ」
私は汗で濡れた孝介の顔を、そっと拭いてあげる。
えっ!?
―――泣いてるの!?
孝介は泣いていた…
私の膝の上で、その大きな身体を小さくふるわせ、涙をながしているのだ…
「どうしたのよっ。足……痛むの……!?」
「足…じゃないばぃ…」
「足…じゃないばい…」
「心が……壊れそうに痛いばぃ……」
「オレ……オレ……」
「ずっと里香が好きだった……」
―――孝介!?
孝介が私の事をずっと好きだった!?
だけど…
だけど…
―――私は!!
「ありがと……孝介。でもね……あんたが私の事好きように、私も窪田さんの事……すっごい…すっごい好きなんだ…」
私は孝介の涙をそっと拭う。
拭っても拭っても、孝介から溢れでる涙は止まらない。
かっこ悪いよ…孝介。
だけど……
…ありがとね。




