レニーちゃんと学院祭 前
現在絶賛病棟内で安静中だ。相変わらずというやつだ。
外に出ないだけで普段とあまり変わりはないのだが、今度「学院祭」というのがあるらしいので窓から見える中庭も人通りが多く、その先の教科棟からは放課後の時間になると賑やかな声が聞こえてくる。
学院祭での一番の目玉は騎士科の催し物なんだそうだ。
騎士科伝統の総当たり戦で、要するに闘って技を競う大会。騎士科なら学年関係なく誰でも参加できるので、学院内で、外の世界の権力といったしがらみに関係なく実力を示せる唯一の機会なんだそうだ。
加えて参加者の治療や武器に関わるサポートとして別の学科の学生も参加できるため、学院内の生徒の多くが関わるという。かなり規模の大きいお祭り騒ぎになるのだそうだ。
「俺は毎年出てないよ」
そう言って騎士科所属の幼馴染の青年はいつもと変わらない笑みを浮かべ、果物を蜜で煮たものを乗せた一口大のタルトをすすめてくる。
「元々研究科が専攻だし、騎士科全体でのイベントだけど大会への参加は自由なんだ」
「そうなのか……」
軽くショックを受け、タルトを手に持ったまま食べる気になれず、思わずため息が出た。
「ど、どうしたのレニー? どこか身体の具合が悪い?」
そうだよな、ミリオンは研究科の方の勉強もあって忙しいのに、勝手に出場するのだと思っていた私が短慮だった。
「身体は大丈夫だ。ただちょっと考え事をしていただけだ。これ美味しいな」
そう言ってタルトを囓って頑張って笑ってみせると、ミリオンの曇り顔がたちまち晴れる。
「よかった! これ街で見かけてさ、レニーが好きかなと思って買ってきたんだ」
喜ぶミリオンの前でしっかりとタルトを完食してみせると、ますます笑顔になる。
そうだな、こんなにやさしい人が必要もないのに剣を持って戦ったりなんて、向いてない。それにミリオンが怪我するのも嫌だ。
そう納得すると気持ちもすっきりした。
手と口をハンカチで拭いて、机の上にあったカードとプリントをとりあげる。
「あれ、それどうしたの?」
「大会優勝者と準優勝者を予想してこれに名前を書くんだ」
騎士科の紋章が入ったそれをひらひらとミリオンに見せる。
「こっちのプリントは今のところ決まっている参加者の情報だ。それぞれサポートにどの科の誰がつくかの情報も詳しく書いてあって、読むだけでもけっこう面白いぞ。本当に色んな人が関わるんだな、このお祭り」
「へー、こういったものも出まわるんだ。これ誰にもらったの?」
「養護教員さん。こっちは応募カード。学内関係者用のを分けてくれたんだ。さて……」
ペンを持って名前を書こうとすると、なぜかミリオンに手を掴まれた。
「それ、誰の名前を書くつもり?」
「ジルニトラくん」
名前を言った瞬間、カードを奪われた。
「な、なにするんだミリオン!」
「なんであいつの名前が出てくるんだ」
「彼は出場するって言ってたからだ」
上級生も参加する中で彼は優勝を目指すつもりらしい。是非応援したい。
「ミリオンは出ないんだから関係無いだろ? カードを返してくれ」
ちなみに準優勝者の欄にはジルニトラくんが騎士科の中でもとりわけ強いと言っていた女の子の名を書くつもりだ。
カードを取り戻そうと手を延ばすが、ミリオンはカードをじっと見つめたまま一向に返してくれない。
「……これ、もし俺が出るならどうしてた?」
「ミリオンはこういうのに出なくていいんだ。怪我なんかしないでほしい」
そう言ってミリオンの手を取る。
「レニー……」
何故か握り返されじっと見つめられる。視線を合わせつつ隙をみてカードを取り返そうとするが、うまくかわされる。くそう
「正直、ミリオンが参加しなくてよかったって思ってる。お前、前に私が授業見学に行った時に大怪我していたじゃないか。こんな大会にミリオンが参加しても危ない目にあうだけだ」
だからジルニトラくんの名前を書かせてくれ
そう言った瞬間、ミリオンは静かに立ち上がった。
あ、これは怒らせた。と直感で理解した。
「俺も出場する。優勝者の欄に俺の名前書いといて。準優勝は好きにしていいから」
そう言うと私にカードを突き出し名前を書かせると、それを持ってミリオンは乱暴に扉を閉めて私の病室から出ていった。
「だ、大丈夫かなあミリオン」
その後部屋に来た養護教員さんにこのことを話したら、何故か「よくやった」と言われた。
※※※
「ジルニトラ」
騎士科棟近くのテラスでサポートメンバーと武器や防具の最終調整について話し合っていると、ミリオンが現れた。こいつがこの時間にここにいるのは珍しい。しかもかなり不機嫌そうだ。
「俺も大会に出ることにしたから」
そう言ってミリオンは受理された申請書を見せてきた。予想外の言葉に俺たちだけでなく周囲にいた全員がざわつく。
今までこういったイベントには誰に言われても興味のかけらも持たなかったのに、突然の出場宣言。しかも俺に向かって。
「なんだ、また『あの子』に何か言われたか?」
ふっかけると表情は変わらないがはっきりと殺気が漂ってきた。当たりか。
「直前で準備は大丈夫なのか? サポートメンバーを集めるのにももう時間が無いぞ。よかったら紹介するが」
合同演習以来の正々堂々とミリオンと全力で戦えるチャンスだ。相手が不利な条件でぶつかり合いたくない。
「いらない。ヘリットに手伝いを頼んだ」
そう言ったミリオンの背後に同級生のヘリットがぽつんと立っているのが見えた。あの表情は脅したんじゃないか? それに同じ騎士科の生徒をサポートに入れてどうするんだ。
「武器の整備役か? せめて回復役はいたほうがいいぞ」
「いらない。俺にサポートメンバーはつかない」
まあ確かにこいつなら単独でも平気そうだが。ということはヘリットはサポートメンバーではないということか?
「じゃあヘリットは何なんだ」
「当日わかる。いいか、お前には絶対優勝はやらないからな」
そう宣言すると、ミリオンは物騒な空気をまとったままヘリットと共にテラスを去っていった。
「おいジル、お前あいつ炊きつけてたろ」
「あいつと本気でやれるのは願ってもない機会だからな。上級生からも感謝されるだろう」
原因となったであろう少女に感謝しつつ、突然のダークホース登場にサポートメンバーと急いで計画の練り直しに入った。俺でも連戦で勝ち続けるのはきついだろう。しかしあいつサポートなしで本気で勝ち抜くつもりか?
「他の学年はあいつの本性を知らないから喜ぶだろうけどさ……同期の奴らがあっちで泣きそうになってるんだけど」
※※※
大会当日、周囲の予想を覆すようにミリオンは同級生のヘリットを仲間にして颯爽と勝ち進んでいった。
元々かなりの実力を持っていたのはわかっていたが、ここまでとは。俺の予想をはるかに超える。
ミリオンは専攻が研究科だけあって治療系の術にも精通しているらしいが、ほとんど怪我を負うこと無く騎士科の上級生達を叩きのめしている。
周囲を驚かせた原因の一つが今回彼が使用している武器だ。
参加時に申請した武器の登録名は『ヘリット』だった。初めはふざけているのかと思った。個人戦を二人で戦うという意味かと運営員会が呼び出したくらいだ。しかもヘリットの騎士科での成績は下の中あたり。はっきりいって戦力にはならない存在。
だが実際は違った。
ヘリットは副専攻が騎士科だが専攻は機甲科だ。つまり彼の作成したものすべてがミリオンの武器ということになる。彼が登録武器というのはこのためだったらしい。
ミリオンは毎回違う武器を持ち出している。しかもどれも特殊なネタが組み込まれており、攻撃にほぼ必ず裏の手が存在する。そのため対戦相手は対策を見つける前に混乱状況のまま勝負を決められた者ばかりだ。
ヘリットは確かに武器作りもできるが発明が趣味だ。ひらめきが行き着く先で使い手の事を考えないかなり癖のある物ばかりを作る。ヘリットの試作品を喜んで試す奴はそうはいない。……そういえばミリオンは平気で触っていたな。
おかげで他学年はミリオンの快進撃がヘリットの作る武器のためだと評価している。ミリオンの実力よりも、ヘリットの武器作製の腕前が注目されている。一見するとそうかもしれないが、俺たち同学年の、特に合同演習での悪夢の真実を知っている者達の評価は全く違う。ヘリットの武器の特異さに目を奪われ、他学年はミリオンの異常さには気付いていない。これもあいつの計算なんだろうか。
ヘリット作の癖のある武器を毎試合たやすく扱っているのはミリオン本人だ。おそらく事前に対戦相手の情報から相性の良い武器を選び、作戦を練っているのも。
さらに不自然な事がある。ミリオンがなぜか俺の待機所にちょくちょく現れアドバイスをしていくことだ。
規約違反になるので自分で直接何かすることはしないが、独り言のように何か呟いたりサポートメンバーと一方的に会話してこちらが何か言う前にすぐに立ち去る。
「さっきジルは右肩をかばっていた。剣の持ち方も弱いようだから、どこか痛めたんじゃないか? それと剣は表面に傷がなくても負荷がかかると内部に仕込んだ術式に影響が出る。次の相手は戦闘中の術式の展開が早いから、一度分解して手入れしたほうがいい」
何がしたいんだこいつ。優勝する気ないのか? 自分は大丈夫なのかと尋ねたら、予想外の答えが返ってきた。
「決勝は俺とお前だからな。途中で負けたら困る」
その余裕っぷりに腹が立った。的確すぎるアドバイスには素直に従ったが、対戦したら殺すつもりで行こうと思う。
次の試合を待ちつつ、一人で準決勝の場に臨むミリオンを眺めていると、知った声が聞こえてきた。
「なんだ、無理やり焚き付けなくても結局出場したんじゃねえかあの坊主」
「あの子が興味持ったからだろうな。本当にわかりやすいな」
そう言うのは実技講師と養護教員の夫婦だ。この二人はミリオンの実力が気になるようで、彼に本気を出させようと何かとちょっかいをかけている。今回のに関わっていたのか
「相変わらずですね」
二人に挨拶する。それからやたらにやつく養護教員から話を聞き、ようやくあいつの不可解な行動に納得がいった。最近はこの大会の準備で彼女と手紙のやりとりはしていなかったのが悔やまれる。向こうも遠慮したのだろうが、こちらから手紙を送れば俺にも応援の言葉がもらえたのかもしれない。
歓声と共にミリオンの決勝進出が宣言されるのが聞こえてきた。
「ここまできてまだ本気を出してないようだな」
「本気は出しているように思いますよ」
たった一人の少女のために、あいつはいつも全力だ。剣や学問どころか、全てにおいてミリオンは一人のために常に本気だ。見ていれば分かる。
あいつのお膳立てで戦うのも腹立たしいが、やるからにはこちらも全力で立ち向かう。俺にできるのはそれだけだ。
日が暮れる前に騎士科の大会は終了した。