レニーちゃんの校内見学 後
早足で歩きながらも、頭の中は先程の光景がぐるぐる回っている。あんなに見事に吹っ飛んで、ミリオンは大丈夫なんだろうか。
怪我、したんだろうな。苦しんでいないだろうか。周囲には教員が何人もいたし、仲間の生徒たちも心配そうに駆け寄っていた。何も出来ない私がいてもしょうがない。せめて足手まといにならないよう、大人しくしていることしかないだろう。
「いた!」
建物に入って保健室へ向かう角を曲がったら、なぜか前方から当のミリオンが現れた。私の記憶が確かなら、ついさっき外で壁にめり込んでいたはずなんだが……
「ミ、ミリオン?」
「ああ、やっぱり本物のレニーだ……」
ミリオンは土まみれだがしっかりと二本足で立っている。生きてはいるらしい。
「い、いちおう本物の私だが。だ、大丈夫か?」
顔は満面の笑みだが、額から血が流れて半分真っ赤だ。
まるで井戸に落ちた石を探す勢いで私を見ていたミリオンはぶるぶると震えだすといきなり崩れ落ちた。
「み、ミリオン?」
さっきので内臓でもやられたんだろうか。近寄ると地面に手をついたまま何やらつぶやいている。
「……ニーが、レニーが、レニーがミニスカートだなんて!」
「た、確かにこういったスカートは普段履かないが……仕方ないだろう! この学院の制服は動きやすいようやたらスカートが短いんだ!」
あまりの短さに下にタイツを履くのでなければ拒絶していたところだ。
病室ではいつも部屋着のようなゆったりした上下を着ているし、地元でもこういった格好はあまりしたことがなかったから、ミリオンが目を逸らすようなおかしいところがあるのかもしれない。この制服は古い形のものだし、サイズも違う。見よう見まねで着たから不恰好なのかもしれない。
膝や太ももがどうのとかぶつぶつとつぶやいているミリオンはやたら不気味だったが、いちおう傷が心配なので(下を向いているので廊下に血溜まりができている)さらに近寄ると、奴は勢い良く顔をあげこちらを見た。
「ねえ、これ夢じゃないよね」
「現実だ。痛みもあるだろう?」
お前の額ぱっくり割れているみたいだしな。血、すごいぞ。
「確かに……胸が締め付けられて痛いくらいだ」
ミリオンはどうも意識がはっきりしていないようだ。頭を強打したに違いない。
「保健室へ行こう。な? 手当てしてもらわないと」
声をかけても動かなかったので手を掴んで引っ張り上げようとすると、素直に立ち上がってくれた。
「これほんと現実なの?」
どうも本当に頭を強打しているらしい。意識が朦朧としているようだ。保険室に冷やすものがあるといいんだが
保健室と書かれた扉を叩くと養護教員さんが出てきた。先に到着していたらしい。
「いきなり走りだしたと思えば、やっぱりか」
私には分からない何かに納得している。意味がわからず首を傾げるが、教員さんはかまわずタオルを手渡してくる。
「拭いてやれ」
ミリオンを座らせ言われたとおりに顔や首の血を拭いてやると、奴は無言になり大人しく拭かれ始めた。
「ミリオンはいつもこんな怪我しているのか?」
「いや、今日はたまたま避けそこねただけだよ」
「幼馴染みに全力で注意を向けるな。どんな状況でも避けてみせろ」
そう言い、教員さんはミリオンの頭をかるく叩く。
「私のせいか? 私のせいでお前は怪我したのか?」
寝たきりだった私が突然こんな格好でこっそり来たから、驚いてしまったのか?
この制服も本来の私では着れないものだし、こういった不相応な格好はしないほうがいいのかもしれない。
「ち、ちがうったら!」
「そうなのか?」
「俺に集中力が欠けてたからなの! レニーのせいじゃないから! 俺の怪我も見た目だけで痛くもなんともないって!」
「そ、そうか?」
力強く言うミリオンにちょっと安心する。後ろで教員さんが骨がどうのと言っているが、この様子だと大したことなさそうだな。
「ねえレニー、その服どうしたの?」
「これは借りたんだ。私服で学院内をうろつくと目立つからな。どこかおかしいだろうか」
まあ、サイズも違うし、多少変なのは見逃してくれ。
「ううん。似合ってる。それにすごく可愛い」
ミリオンは微笑んでくれた。よかった。
「そうか」
それからミリオンがおかしい所がないか確認してくれるというので、何度か目の前で回転してみせると、満面の笑顔で大丈夫だと太鼓判を押してくれた。
「じゃあ、私は病室に戻るな」
「えっ」
気は済んだので、研究科棟に戻ることにしよう。
「ミリオンの頑張っている姿を見れたし、用は済んだ」
「お、俺のためにここまで来てくれたの?」
ミリオンがまた赤くなり、動きが止まる。なにやら額からまた血が流れ始めた。仕方ないのでまた拭きとってやる。この隙にと隣にいた教員さんが黙って彼の腕に堅そうな板をあて、包帯を巻き始めた。
「ああ。あと、竜の厩舎も見に行ったんだ」
「……竜?」
「そうだ。ミリオンは見たか? すごく可愛かったぞ。生まれたてのを見せてもらったんだ。あと、ジルニトラっていう友達もできたんだ」
部屋番号を教えてもらったから、お礼の手紙を書くんだ。彼からの返事は飼っている鳥達が運んでくれるんだそうだ。すごく楽しみだ。
こっそり普段のミリオンの様子も聞かせてもらうつもりだ。
「へぇ、そう」
「どうしたミリオン。やっぱり痛いのか?」
「痛くないよ」
「でも顔色が悪いぞ」
「悪くないよ」
本当に大丈夫か?
「レニーがいてくれたら良くなるよ」
ミリオンはどこかが痛むようで、沈んだ顔つきでスカートの端をつまんだまま手を離してくれない。仕方ないのでまた椅子に座った。
「期待してくれて申し訳ないが、私は本当に何にも出来ないんだぞ」
何しろ本来は治療される側の人間なんだからな。
「いつもしてくれてるさ」
「そうなのか?」
「そうなの。レニーは気づいていないかもしれないけど。知ってた? レニーは凄いんだよ。傍にいてくれるだけで、俺をすごく強くしてくれるんだ」
私のことを褒めてくれるのはミリオンくらいだ。本当に変わった奴だな。
「まあ、傍にいるくらいなら私にもできるが」
「うん。いて。ずっと傍にいて」
いつまでいられるか分からないが、それでミリオンが頑張れるなら
「まあ、いいか」
おまけ:某生徒の視点から
僕がかけよると、ミリオンくんは顔を赤くしたまま、口をぱくぱくさせていた。肺がやられたんだろうか?
「大丈夫? どこが痛いんだい?」
さっきの攻撃具合だと骨の数本はいったはずだけど…様子を見ていると、動かなかったミリオンくんがいきなり起き上がり、僕に掴みかかってきた。
「あ、あれ! あれ出して!」
「え、ええ?」
な、何? 一体なんなの?
「記憶装置! れ、れにーの姿、記録しなきゃ」
「あれはまだ試作段階だって」
「ああでもまだ近くにいるかも知れない! 探さなきゃ!」
「ちょ、ミリオンくん、授業! っていうか、治療!」
僕らが声をかけてもミリオンくんはきかず、どこかへ向かって一目散に走っていった。
どうしたんだろう一体。
※どうもしていません。奴は通常どおりです。