レニーちゃんの校内見学 前
最近私の世界は広がりつつある。
治療も順調なのか、体調もいい。
また自分で立って散歩にでかけられるようになった。といっても、病室まわりをうろつく程度だが。
それに話し相手になってくれる養護教員も増えた。
髪の短い綺麗な女の人で、よく外出時の付き添いをしてもらっている。いつも飴を持っていて、私も時々もらう。最近ここに配属されたのだそうで、なんでも旦那が学院の教員なのだそうだ。
その彼女にいつもより長めの散歩しないかと提案された。
「レニー、君はどこを見に行きたい?」
「あの、騎士科が見てみたいです」
騎士は憧れだし、学術系は見てもわからないだろう。
そうなのだ。体調もよいので、今日は学院の中を歩いて見ることにしたんだ。
しかも養護教員さんが学院の制服を貸してくれた。少し古いタイプだが、私服でうろつくよりは目立たない。ちょうど今は多くの科で長期課題をこなす時期だそうで、学生も調査やら実習やらで出かけていることが多く、人もそう多くないらしい。
もちろん一人ではもしものときに危ないので、教員さんも一緒だ。
「あの建物は何ですか?」
騎士科のある校舎へ向かう途中、やけにシンプルな建物が目についた。学院内の建物にしては飾り気のない、質実剛健といった感じだ。
「あれは竜舎だな。行ってみるか?」
教員さんの言葉に、私は無言で何度も頷いた。竜なんて、本でしか見たことがない。まさか学院内にいたとは知らなかった。
中に入ると頑丈な煉瓦の壁で区切られた部屋がいくつかあり、中を覗いてみたが竜はいなかった。
「皆出払っているみたいだな」
教員さんが壁にかけられた時間表らしきものを見て言う。
残念だが、たまたま来ただけだから仕方が無いな。竜舎が見れただけでも満足だ。
「あ」
私が壁や床につけられた鋭い爪跡や、粉々にされた木箱を眺めていると、いつの間にか人が増えていた。黒い服の青年が両手にバケツを持ち、こちらを見ている。
「よう」
教員さんは知り合いらしく、青年に向かって声をかける。
「オマエここで何してるんだ?」
「竜の世話も俺たちの科の担当。それと今は授業のない時間帯ですよ」
教員さんに答えると、青年はまっすぐ私の方を見た。
「あの時の巾着の子」
「ど、どうも、その節はお世話になりました」
「あの後は大丈夫だったか?」
「は、はい。おかげさまで無事に部屋で休むことが出来ました。ありがとうございます」
私がお辞儀をすると、教員さんが青年に言った。
「この子の散歩ついでに竜を見に来たんだが、出払っているのか?」
「ああ、今はちょうど散歩の時間だから……いや」
青年はそう言うと竜舎の奥へ行く。それからしばらくすると腕に何かを抱えて戻ってきた。
「生まれたての子竜なら力が弱いから」
腕には長い尻尾と薄い翼を持った灰色の小さな竜がいた。
「これを腕に」
受け取った腕を覆うような革製の防具をつけると、彼は竜を私の腕に止まらせてくれた。
「ちっちゃいな」
軽い。生まれたばかりだとこんなに小さいのか
「すぐに大きくなる。こいつなんて家よりもでかくなる種類だ」
「それはすごい。ぜひとも立派に育ってほしいものだ」
そっと指で顎をなでると竜は翼をとじて、うっとりと目を細めた。うわぁ、かわいいな。思わず笑みがこぼれる。生き物は素敵だ。
「君の名前は?」
「私か? 私はレニーっていうんだ」
「俺はジルニトラという」
「かっこいい名前だな」
「ありがとう」
「あそこが騎士科のある東棟だ」
竜舎を出てしばらく歩くと教員さんが一つの建物を指さした。
「だが今はあちらの競技場の方で実技演習中だから、そちらへ行こう」
「はい」
道に沿って歩いて行くと、そう行かないうちに歓声が聞こえてきた。
「がんばれミリオンー!」
知っている名前がでたので驚いて人ごみの隙間から競技場の中を見ると、ミリオンが同級生らしき青年と模造剣で戦っていた。
「やってるな、今どうなってるんだ?」
教員さんが近くにいた生徒に話しかける。
「またミリオンが五人抜きです! 今日はジルがいない日だから、他の奴らが一丸となって連覇を止めようとしてるんですよ」
眼鏡をかけた青年が興奮気味に説明してくれる。どうやらゲーム式の演習らしい。ミリオン頑張っているな
奴は青年の勢いある剣を自分の剣で受け止めつつ、軽やかな足運びで相手を翻弄している。あまり自分から攻撃に出ないのは機会を探っているからだろうか?
「……アイツ」
教員さんは眉間にシワを寄せて何かつぶやくと、私の肩に手をのせた。
「レニー、君もミリオンを応援してやるといい」
私とミリオンが幼馴染というのは教員さんも知っている。毎日のように病室にミリオンが来ているので必然的に顔見知りになってしまった。
「私の声、届くでしょうか」
他の生徒たちも元気いっぱい声援を送っているので、私の声はかき消されそうだ。
「声をかけて、笑顔で手を振ってやればいい。届かなくても応援なんて自分が満足すればいいんだ」
そう言われて気が楽になった。意を決して息を吸い、声援を送ってみる。緊張してちょっと声が震えてしまった。案の定、周りの声にかぶさって自分でもほとんど聞こえなかった。
だが次の瞬間、思いっきりミリオンと目が合った。もしかしてこちらに気づいたのだろうか
驚いた顔つきだからおそらくそうなのだろう。応援するつもりで微笑んでかるく手をふってみた。
その瞬間、ミリオンが今まで見たことない反応をした。
一気に耳まで顔が赤くなり、顔の半分を手で押さえる。
私に何かおかしなところがあるのだろうか? 思わずスカートがめくれてないか、襟が崩れていないか身だしなみを確認する。どこもおかしいところはなさそうだが……
首をかしげながら再びミリオンに目線を戻せば、ちょうど青年の蹴りが入ったところだった。
「あ」
ミリオンは吹っ飛ばされた。
「おいおい、もろに受けてたぞ今の」
「むしろ自分から飛び込んだ勢いだな。あのミリオンが一体どうしたんだ」
周囲がざわめき、近くにたって監視していた教員や生徒の何人かが動かないミリオンに駆け寄っている。
「レニー、君は保健室へ先に行ってろ。そこの建物の一階の一番奥だ。走らなくていいから、なるべく急ぐんだ」
養護教員さんが小声で鋭く言ってきた。
「は、はい」
緊急事態だ。迷惑になるといけないと思い、私は小走りで扉へ向かった。