冬の小話
以前Web拍手のお礼として掲載していたものになります。
とても短いです。
時々、ある場所でミリオンを見かける事がある。
そこは研究科棟に面した中庭で、地味な植木とベンチくらいしかない静かな場所だ。日当たりもそんなに良くはない上に学科棟からだいぶ遠いので一般の学生はめったに来ない。
今日は病気になった竜の薬をもらう用事があったので研究科棟に向い、中庭を通りかかった所でいつもの場所にいるミリオンの姿が目に入った。
彼はベンチに座り、何をするでもなくある一箇所をじっと見つめている。
本性はともかく学院内でミリオンは穏やかな男で通っている。いつでも明るく余裕があり、なんでもこなす優等生。しかしベンチにいるミリオンは普段とは違いその表情には影がある。
「寒くないのか」
いつもなら素通りする所だが、今日は思わず声をかけてしまった。
空は灰色の雲に覆われ、日中なのに気温はだいぶ低い。明日か明後日には雪になると予報が出ている。なのにこいつは制服にマフラーだけの姿だ。どれだけの時間ベンチにいるのだろうか、鼻の頭が赤くなっている。
俺の声が聞こえたようでミリオンはちらりとこちらを見るが、一瞬だけ眉間に皺を寄せるとあとは興味を失ったように視線は元に戻った。
ミリオンが見つめる先をたどると研究科棟の二階の窓にたどり着く。小さな両開きのガラス窓の向こう側には柔らかなクリーム色のカーテンがかかっていて中の様子は見えない。
そこはレニーという名の少女の病室の窓だ。
「彼女は休んでいるのか。研究科棟に来たついでに挨拶しようと思ったんだが、またの機会にするか」
独り言のように言えば、ベンチから先程よりも鋭い視線が飛んでくる。そんなものは無視だ。
レニーは起きている間必ずカーテンを開ける。つまり日中でもカーテンが降りている場合、彼女は起きられる状況ではないという事だ。
彼女の身体は大気の変化に敏感で季節の変化にはとりわけ弱いらしい。ここ数日は急に冷え込んだから影響が出たのだろう。熱を出したのか、それとも別の症状が出ているのか、立場上部外者の俺にはわからない。
そしてミリオンが中庭のベンチにいる時はたいてい彼女が臥せっている時だ。会えないとわかっている時でもミリオンは足繁くレニーの元へ向かう。そしてカーテンが降りている日は棟には入らず、外から彼女の部屋を見つめる。
「お前がそんなに見つめても彼女が元気になる訳じゃないだろう」
そう言葉を投げかけるが、返事はない。
彼女が元気になって窓から顔を出すのを待っているのか、はたまた何者かが彼女を勝手に連れ去らないように見張っているのか、ミリオンの心の内は俺にはわからない。
「そんな薄着で外にいるのを彼女が見たら怒るんじゃないか」
今度は「うるさい」と返ってきた。