レニーちゃんのおでかけ
「疲れた」
思わずそう声に出てしまい、ベンチに座る。
今日は久しぶりの外出日だった。なので事前に無理をしないようミリオンが用意した街の地図を調べて、疲れない移動ルートや見て回るお店の順番やらを決め、予定を立てた。
天気は良好。朝ミリオンと校門で待ち合わせ、順調に出発した。
まずは本屋を見て、気になったものを三冊ほど買った。次にミリオンが必要とする学院専門の学用品店に向かった。外で待っているつもりだったがミリオンに腕をとられ、わからないながらもミリオンの私物選びを手伝った。文房具も売っていたので私もいくつか購入。買ったものはそのまま学院の部屋まで送ってくれるらしい。ミリオンの好意で私が本屋で購入したものも一緒に送ってもらうことにした。
ミリオンが配達の手続をしている間、私は先に店の外に出て待っていた。
長くかかるなと思って空を眺め、道ばたにたむろする鳩達を眺め、それから店に目を戻すと、店内にいたであろう学院の生徒らしき数人がミリオンとなにやら話しをしていた。
同級生なのだろう。盛り上がっているようだし、もうすこし待つ事になりそうだった。
ぼんやりしていたら、なにやらにぎやかな音楽が聴こえ、通りの向こうからちぐはぐな格好をした派手な色の集団が列をなして歩いて来るのが見えた。大道芸人というやつだ。ラッパを吹いて太鼓を叩き、火を吹いたり、手のひらから花束を取り出したり、見ているだけでとても楽しい。その中でも着飾った小さなお猿さんがおじさんの肩の上で逆立ちしていたのがあんまりにも可愛いので、「ちょっと近くで観に行ってすぐ戻ってこよう」と、思わず後をついていった。
そして気がついたら知らない場所にいた。
地図で見ても現在地がよく分からず、ただいま歩き疲れて休憩中。
噴水のあるそこそこの広さの広場のベンチに腰掛けて、ひとつため息をついた。
ミリオンを置いてきてしまった。折角の外出日に付き合ってもらったのに、酷いことをしてしまった。今頃どうしているだろう。
体調はまだおかしくなっていない。ちょっと休めばまた元気になる。そしたら地図をよく見ることが出来て、この広場がどこにあるのか分かるようになる。大丈夫だ。
「残念だったなーまた振られてよお」
「うるさいわねっ」
賑やかな話し声が聴こえ、見ると先ほどミリオンと一緒に話していた人達が歩いているところだった。
私は意を決してベンチから立ち上がり、彼らに近づいた。歩く速さが違うので駆け足で追いかけた。
「あの、すみませんっ」
勇気を出して声を出すと、皆が不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「あのう、皆さんさきほどミリオンって人と一緒じゃなかったですか?」
「ああ、あいつ? 確かにさっき偶然会って軽く話したけど」
ミリオンと同じくらいの年の男の子が答えてくれた。
「彼は今どこにいますか?」
「もう寮に帰ったんじゃない? 何か急いでいるみたいだったし」
今度は別の女の子が答えてくれた。
「そ、そうですか」
私が勝手にはぐれたから、先に帰っちゃった……のかな
「残念ね、彼と話したかったらまたの機会にするといいわ。学院の外だといつになるか知らないけどね。彼、めったに学院の外に出ない人だし?」
そう言うと学院の子はどこか楽し気に笑って他の子を連れて歩いて行ってしまった。
「あいつ、ミリオンに誘い断られたからって意地悪い事言うなぁ。あまり気にするなよ?」
「は、はあ」
「しっかしミリオンは街の子にも人気あるんだな、くそ、少しよこせっての……ん?」
学院の男の子は今度はこっちをじっと見てきた。な、なんだろう……
どんどん近寄ってくる。な、なんだ一体。
「ねえ君、暇なら俺と……」
「すまないが彼女は先約がある」
突然黒い袖が私と男の子の間に割って入ってきた。
「ジル!」
男の子の声に驚いて隣を見れば、そこにいたのはジルニトラ君だった。
「珍しいなお前がこの時間学院外を出歩いてるなんて。もしかしてその子、お前の彼女か?」
「友人だ」
「ほうほう」
男の子は何故かにやりと笑った。
ジルニトラ君は小さくため息をつくと、男の子の方を横目で見た。
「この人については詮索しない方がいい。お前だけに伝えておくが、ミリオン関係だ」
「なんだか面倒そうだな」
「巻き込まれると大変な目に遭うぞ。それでもいいか?」
「……遠慮しとく」
「良い判断だ。それと、あまり口外しない方がいい」
「わかったよ。じゃあまた学院でな、ジル」
「ああ」
男の子はジルニトラ君に手を振ると、他の子達を追って去っていった。
「ジルニトラ君。竜の散歩は終わったのか?」
「ああ。全部終わったから待ち合わせ場所に行く途中だった。君は何故ここに?」
ジルニトラ君は学院の制服ではなく黒と灰色の私服姿だ。やはりと思っていたが、本当に黒ばかり着ている人だ。
「い、いや、私はその……」
迷子になったとは情けなくて言い出しづらい。
「ミリオンはどこにいるんだ?」
彼は不思議そうにあたりを見廻している。
「ええとその、はぐれてしまって。さっきの人達が言うにはミリオンはもう帰ったかもしれないって」
「それはないだろう。あいつが君を置いて帰るわけがない。きっと必死になって探し回っている」
「で、でも、私の都合に付合ってもらってたから、無理に探す必要なんて」
そう言うとジルニトラ君はなんだかしょっぱいものを食べた時のような顔つきになって、私の肩に手を置く。
「君はもっとあいつを知った方が良いぞ」
「は、はあ……」
幼馴染で長い付き合いだけど、ミリオンには私の知らない秘密でもあるんだろうか?
ジルニトラ君の発案で、あらかじめ決めておいた「迷子になった時に集まる場所」の中央広場に行くことになり、先導してもらいながら歩いて行く。
私一人では自分の場所すら分からなかったので、中央広場への道は見つけられようもなかった。
途中、街の名所などもジルニトラ君が紹介してくれて、なかなか面白かった。
「やはりいたな」
中央広場に着いてジルニトラ君はまず最初にそう言った。
彼の目線の先を追うと、中央広場の彫像の土台にうずくまるようにして腰掛けているミリオンが見えた。
「捨て犬みたいになっているな」
「ミリオン!」
帰ったんじゃなかったのか!
私の声が聞こえたのか、ミリオンは伏せていた顔を勢いよく上げてこちらを見つけると、ものすごい速さで駆け寄ってきた。
「レニー!」
そのままの勢いで抱き込まれ、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「ミ、ミリオン、くるじぃから」
「ああレニー! はぐれちゃってごめんよ。あちこち探したんだよ? 怪我はない? 体調は大丈夫? 悪い人に物もらったりしてない? やっぱりヘリットの追尾装置をつけておけばよかった。でもよかったここまで来てくれて。日が暮れるまでに見つからなかったら俺街中に術を敷いて……」
何か言ってくるが苦しいのとミリオンに頭を抱き込まれているのでよく聞こえない。
「おいミリオン、彼女が苦しがってる」
ジルニトラ君の一言で、ミリオンから解放され、思わず咳き込む。
「ご、ごめんよ、大丈夫? レニー」
「だ、だいじょうぶ……ケホッ」
苦しかった……
「レニー、ごめんよ、俺がしっかりしてなかったばっかりに」
「ミリオンは悪くない。大道芸に目を釣られて、はぐれてしまったのは私だ。ごめん」
お互いに謝って、目が合うとミリオンが笑顔になる。
「レニーが無事ならいいんだ」
「ああ。ジルニトラ君のお陰で迷子にならずにすんだんだ」
「そうか。本当ならジルが合流する前にデートを終わらせるつもりだったんだけど……」
そう言いながらミリオンはジルニトラ君を見る。
「……今日だけはお前がいても許してやるよ」
「なんでお前に許しを貰わなきゃならないんだ」
何故か二人は睨み合う。なんでそんな事になるんだ。なんだか悲しい気持ちになる。
「……ミリオンは楽しくないのか?」
「いいや! 俺は虫がいようがいまいが、とっても楽しいよレニー!」
「ジルニトラ君も間に合った事だし、せっかく三人でいるんだからみんなで行こう」
「ああ。もとより俺はそのつもりで来た」
「じゃあ早速残りの店を回ろう」
おでかけ仲間が増えて嬉しくなって先に歩こうとすと、ミリオンに腕をとられた。
「待ってレニー。またはぐれると危ないから、一緒に歩こう」
そう言って手を繋いでくる。
「そうだな」
ミリオンと手を繋いで歩くなんて、小さい頃以来だな。
「ジルニトラ君も」
そう言って手を差し伸ばそうとするが、何故かミリオンに止められる。
「両手が塞がるのは危ないよ」
そうか。確かに転んだ時に危ないかもしれない
「まずは昼食にしよう。この間の大会のお礼に私に奢らせてくれ」
「ああ、わかった」
「この先にオムレツの美味しい店とケーキ屋があるよ、レニー」
オムレツにケーキか。とっても素敵だ。
日が沈むまで、めいっぱい楽しもうじゃないか
最近のミリオンは時間があればいつも紙を広げ真剣な顔で覗き込んでいる。
「最近何か熱心に取り組んでるけど新しい研究なのかな?」
ヘリットが興味を持っているな。ミリオンは自分のやっている事を他人に喋るタイプではない。なんでも出来てしまうために一人でこなし一人で解決してしまう。
「あんなに真剣に地図を見て……また発明でも作ってるのかな」
俺は理由も目的も知っているが喋ると奴に睨まれるので黙っている。
ミリオンが見ているのは学院周辺の街の地図。ここは首都からいくらか離れた土地だが王立学院があるお陰でそこそこ発展している。
ちなみにミリオンが使っている街の地図は三枚目で、最初の二枚はすりきれて使い物にならなくなっているのも知っているが、これも黙っている。
ミリオンの向かいの席に座る。だが向こうは気にすること無く地図を睨んで時折なにやら書き込んでいる。
「経路は決まったのか?」
「大体な。でも女の子が好きそうな店というのがわからない。お前知ってるか?」
ミリオンは真剣な目つきでこちらを見てくる。騎士科の練習よりはるかに凄みがあるな。
「俺も詳しくは知らないが……」
そう言いつつも持っていた冊子を差し出す。
「以前妹がこちらに遊びに来た際に持ってきた本だ。この辺りで女性が行って楽しめる類の店が紹介されている」
明るい色合いの表紙のそれについて詳しく説明してやろうかと、ページを開こうとする前にミリオンに奪い取られる。
「随分と必死だな」
「あたり前だ。レニーとのデートなんだから」
そのデートに俺も誘われているんだがな。彼女、単なる外出と思ってるみたいなんだが
言い出すとまた面倒事になりそうなので俺は黙ってミリオンの言動を見守ることにした。