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第1話[退屈]

 魔王の手により勇者一行が倒され、世界は瞬く間に征服された。人々は逃げ惑いひっそりと暮らしながら、至る所で徘徊する魔族や魔王軍に怯えていた。まさに地獄と呼ぶべき世界。

そんな世界で、魔王は──


「グラディウス」

「何でしょう魔王様」

「暇だ」


暇であった。

豪華な玉座に腰掛けているのに、その一言で魔王としての威厳が全て吹っ飛ぶ。


「はぁ…」

「はぁ…ではない一大事だ。我が生きてきた中で最大級…は嘘だが、この苦痛がお前には分からないのか」

「そう言われましても」


 彼の側近であるグラディウスはまた溜息をつきながら、メガネを軽く上にあげる。後ろで手を組み直して、意味不明なことを言う彼に呆れている。

 そんな彼に気づいていないのか、はたまた気づいた上でなのか、魔王は目元に手を添えて主張を続ける。


「いやほんとまじでチョー暇。退屈すぎてマジぴえん。チョベリバ。テンションぶち下がり」

「なんですかその語録」

「ほんと世界征服してからもうなんかやり切った、全部終わってしまった。勇者もいない、争いもない、何も無い。お前は退屈だと思わないのか」

「毎日チェスや人生ゲーム、スポーツなど、クソ忙しい仕事の合間に魔王様の暇つぶしに付き合っている故、全く退屈ではありませんね」

「明らかに我への不満的なこと言ってないか?なんかすまん」

「…まあいい、とにかく皆が皆お前のような感覚ではない。少なくとも我は違う。我の名はなんだグラディウス」


 突然の質問にグラディウスは心底面倒くさそうな顔を浮かべる。そんな隠す気も無い態度に軽く息を吐きつつ、玉座に横向きに座って天井を見上げながら魔王は彼の返答を待つ。


「アイザック様にございます」

「だろう、我はアイザック。「笑う者」という意味だ」

「おや、そうなのですか。初めて知りました」

「は?お前、主の名前の意味も知らずに今まで付き従ってきたのか?」

「知らなければならないという規則でもおありでしたか?それにどんな意味があろうと、私がお慕いし付き従う魔王様に変わりありません。意味を知って改めて着いていく心が強くなりましたよ」

「グラディウス…!」


 アイザックは彼の返答に風貌に見合わないキラキラした目を浮かべる。そんな彼を見て分かりやすく嫌そうな顔を浮かべる。


「え、なんでそんな顔するの?」

「なんの事やら」

「こういう時だけ嘘下手だなお前」


「ゴホン…とにかく、アイザックの名を持つ我が「退屈」という名の見えない攻撃で死にそうになっているのだ。新手の冒険者たちは現れるが、城に来る前にいつも全滅だ。我を倒したいという意思が弱すぎる。実につまらん」

「ですが世界征服は完了いたしました。世界は魔王様のご意志のままに…」

「お前の言いたいことは分かっている。だが征服したあとのことを考えていなかった、そこが一番ダメだったな」


 頬杖を付いてどデカいため息をつく。過去の自分の計画性の無さを悔いながら、勇者一行との戦いを思い返す。思えば楽しかったのはあれが最初で最後だったような気がする。


「あの勇者一行が一番よかったな。なんだかんだ一人も欠けることなく、我の元までたどり着いた。結局敗れてしまったが、あの戦いがこの生涯の中で一番楽しかった」

「もう我を心から楽しませてくれる者はいない。まあいないと言うより、我が自らそれを壊してしまったのかもしれんな。自業自得だ」

「魔王様…」


 深く溜息をつきながら、玉座に寝転んで脱力する。魔王とは思えぬ醜態を晒しているのに、本人は全くもって気に止めていない。グラディウスは呆れて何も言えず、玉座の間に再び沈黙が訪れようとしている。

 しかし突如荒々しく扉が開かれ、その空気を一気にぶち破った。


「魔王様ー!グラディウスー!」


 入ってきたのは道化師メイクをした男。目がチカチカしそうな派手な衣装を身にまとい、動く度にチリンと鈴の音が鳴る。なんとも言えない空気の漂う空間に臆することなく、彼はスキップして剽軽に笑いながら、2人に近寄ってくる。


「ジェスター、扉は優しく開けるようにといつも言っているでしょう。声のボリュームを抑えるようにとも」

「聞いてよー!さっき森に行ったらめっちゃデカいオーガがいて!」

「聞いてますか?全く。ジェスター、今魔王様は傷心中なんです。すみませんが他を当たって下さい」

「傷心中?魔王様が?」


 興味津々な顔をしながら、ジェスターはアイザックを四方八方から覗き見て確かめる。アイザックは微動だにしない。道化師メイクをした顔が目の前にあったら、普通飛び起きそうなものだが…


「ウケるマジじゃん、てか魂抜けてね?」

「抜けてませんよ、変なこと言わないでください」

「でも実際魂はあっても覇気抜け切ってるよこれ。今ならオレでも殺せそ」

「ご冗談を」

「そう思う?」


 2人は互いの目を合わせる。流れるような軽い会話の中に潜む確かな思惑。それを片方は見逃さず、片方は包み隠さない。


「…勇者一行を倒し、世界を征服し終えたことで、何もやることがなくなってしまい退屈だそうです。ジェスター、なにかいい案を」

「えー、オレ?いつも通りグラディウスが相手してやればいーじゃん」

「嫌ですよ。ただでさえ業務が多いのに魔王様のお守りまでしたら、さすがの私でもいつか過労でぶっ倒れますよ」

「お守りとか言うなよ」

「新しい勇者を待つにしても、今の冒険者たちはそもそもここまでたどり着けない始末です」

「ふーん、じゃあ勇者育てれば?」


 ジェスターはそう言って頭の後ろで手を組む。適当すぎる返答にグラディウスがため息を着くが、その瞬間アイザックの目がカッと開く。


「それだ!!」


 枯れきっていたアイザックが、突如勢いよく起き上がって叫ぶ。突然の挙動に二人は身体を跳ね上げる。


「なぜ今まで思いつかなかったんだろうか、全く不思議でならん。そうだ、いないのなら作ってしまえばいいのだ。どこぞの馬の骨かも分からんような奴よりも、かつての勇者を知る最強の我が育てた方が何倍も良い」

「ま、魔王様…?」

「我は決めたぞグラディウス。我自らの力で、勇者を育てる!」


 アイザックの声が王座の間に響く。シワのよった眉間に指を当てる側近と、意図の読めない笑みを浮かべる道化師の姿は、その前代未聞の空気の中にどこか馴染んでいる。

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