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格子窓の月~江戸時代頃

お読みいただきありがとうございます。

この話はAI出力なく書いていた頃の話です。

母親は妾だった。

その妾の子として生まれ、最初から日陰の生活をしていた。

それでも、まだ母親が生きていた頃は貧しいながらも何とか暮らしてた。

妾ではあったが、金子は必要最低限しか受け取っていなかったようだった。

母親が流行り病にかかり、あっけなく逝くと跡継ぎがまだいなかった本家に、

自分は引き取られた。

しかし、母親が死んだ後からか、本宅に行ったからか、情緒不安定となっていた。

以前から狐が化けたり狸が化けたり、時には龍も視ていた。

それが更に慢性化し、死んだ人の姿等もかなりの数を視るようになり、

いつの頃からか、自らの体内に死者の魂が入りこむようになっていた。

そして父親や義母から狐憑きと言われ疎まれ、地下牢に入れられるようになった。


幽閉されてからの自分は牢の扉が開く時に食事の時間を知り、

外との境にある格子戸の向こうから差し込む光で昼夜を知り、

人との接触は食事のやり取りの時のみ、湯あみも七日に一度程度、

何かがあり、本宅に向かう時だけそれ相応の着物は与えられたが、

普段は服も新しい物は与えられず、誰かが使った物の襤褸ばかり。

食事はあるといっても薄い玄米粥と汁物と香の物程度だった。

啜る様な歯ごたえのない食べ物。

それでも食事が出来るだけまだ恵まれていた方なのだろう。


外に出ることも叶わなず、日の光を浴びることも出来ない。

粗食のせいもあり、細く、白い身体。

牢の中に何故か置かれていた青銅の割れた鏡で見る自らの姿は、

生気の感じられない風貌をしていた。

死者が動いていたらこのような感じなのではないかと、

そう思われても仕方ないような物だった。


人として唯一与えられていた物は、大量にあった書物。

その書物を読み漁る事を唯一の楽しみとしていた。

外に出られないが故に、外の世界を空想すること。

それがその時に与えられていた全てだった。


そんな人としてまっとうとも言えない、生活とも言えない物。

人との接触はほぼなく、自らの内面を抉り続け、

日々、死ぬ事ばかりを考えていたが、何故かそれが許されない。

舌を噛み切ろうとしたり、割れた鏡で手首を切ったりもしたが、

何故か死に切ることは出来ず、生き長らえていた。


人として人と接する事を拒絶された空間の中にいた年月は、

自らが人ではないと思いこまされるには、充分過ぎる時間であったのだろう。


感情がなかった。


喜怒哀楽という感情が殺されていたのも確かな事で、

人としての感情がない自分は生きているのに死んでいるような存在だった。

死んだ様なではなく、人としてはある意味死んでいた。


あの頃の自分は恐らく生まれた頃からそれなりの感覚があり、

時にこの世為らざる者を中に入れてしまい暴れる事もあった為か、

狐憑きとされていた。

あの時代の狐憑きと言うのは現代で言う所の多重人格者。

中に入れてしまっていたからそうなっていたのか、

自らがもとより持っていたものかは自分自身にも解らないことだった。

十になるよりも前辺りからか、その兆候はあった。

それ故に牢に閉じこめられるようになったわけだ。

ただ暴れるだけならばそこいらの子供とてよくしていた事だから、

別に幽閉されずにも済んでいたのだろうが、

憑いている、明らかに別の者となっているのが明白だったからだろう。


だが、何故殺さなかったのか。妾の子ならば殺しても問題は一切なかったはずなのに。

理由は簡単だ。ただの保険だ。本妻は子供が出来ない身体だった。

何度も子を生そうと試してはいたようだが、それでも流産を繰り返していた。

流産を繰り返す事で子供が出来ない身体となったのか、

最初から本妻には魂が寄り付かぬ身体だったのか。

それは知る良しもない。

寧ろ、始めから知りたくもないから見ようともしていなかったのが正しいのだが。


とあるきっかけがあり、本当に子が生せない理由が分かったが、

それを伝えるつもりも、何とかするつもりもなかった。

江戸の頃ではない。義母は前の世で人を幾人も殺してきていたが故に、

義母の下には魂が降りないようになっていただけのことだった。

人には必ず業があり、故というのが、そこから解るようになった。


たまに自分がいる地下牢のある別宅に父親が来ているのは知っていた。

その別宅は女を連れ込む為の所だったから、

父親と女が逢瀬をしているであろう声も聞こえてきていた。

牢と言ってもそんなには深くない場所だったから、無論睦み事の声すらも。

女の高い声が好ましくないと思い出したのは、これが原因だったのか、

義母が原因だったのか…。恐らくはこれが大元なのだろう。

不定期に父親は別宅に来ていた。その度に声が聞こえてくる。

何度か目にしたのは女の念なのか。

透き通った女の姿を目にすることが度々あった。

その頃には何度も人為らざるものを見ていたので、珍しいとも思わなかったが、

彼女らは誘惑をすることもあり、首を縊り絞めてくることもあった。

そして、恨み辛みをずっと俺に向けて語り続けていた。


…嫉妬…


…怨念…


…怨嗟…


決して自分の物に出来ない父親を思っている女達の念。

それが、常にその別宅にいる俺の元にきていた。

恨み辛みが父親に向けられないのではなく、

近くて分かる事が出来る自分が標的にされたのだろう。

だが、彼女らは標的にしたつもりは毛頭ない。

単に自分が引きつけてしまっていただけだった。

人としてではなく…死者として。

生者としてではなく、死人として。

そんな魂の思いにずっと接してきていた。


まだ、完全に幽閉が開け切らずにいた頃。

あれは二十歳になる前の事。

父親が危篤状態に陥ったと耳にしていた。

その頃の自分には見舞いに行ける手立てもなく、

そして、見舞いに行こうとすら思っていなかった。

父親の病状が悪化しだしたと耳にした辺りから、

女達の念が自分の所にくる回数は少なくなっていた。

大店の主だ。噂が巡るのも早かったのだろう。


別宅に来ることはあれど、俺が目にした事があったのは片手で足りる程度。

言葉を交わす事もなく、塵芥でも見るように侮蔑する眼。

そんな男に対しての感情など全く湧きもしなかった。

だから、亡くなったと言われた時も、


「そうか。」


と、何も感情を込めずに吐き捨てた。

監視の者達からは感情がないとか、父親に対する態度かとか、

散々な言われようだった。

それは幸せな家庭に育ってきたから言えることだろうと、

返したくも返す気力もなく、ただ言われるがまま、

言葉を受け入れることもせず、聞き流していた。

思えばその頃からだろう。


「若旦那には人の心がない」


と周囲の者から言われるようになったのは。

人を人と思わないわけではない。感情が向かないだけだった。


事実、父親が死んだ時も全く感情が向かなかった。

だが葬儀には出なくてはならなく、紋も付いていないような

質素な喪服を用意され、それを着ていた。

別宅は街外れにあり本宅からは距離があった事と、

何かの積み荷が届く予定が偶然その日にあり、別宅を通る予定があったのだろう。


葬儀に行く為、自分は積み荷の載った馬車に乗る為に別宅の前で待っていた。

時間が暫くかかるからと、握り飯を持ってきたのは別宅で

飯の支度等をしていた中年ぐらいの女性だった。


竹の皮に包まれた握り飯を手にしてはいたが口はつけていなかった。

久々の外の光に頭が真っ白になっていた。

太陽の神々しさに当てられたかのようだった。

何故か涙が出ていて、それを隠すかのように上を向いていた。

開けたままでいた竹の皮から握り飯が落ちた事にも気付かず。

だが、そこに人がきた気配だけは感じた。

長い幽閉期間の間、世間の知識は全くもたらされずにいて、

貧富の差があるという事すらも知らなかった。

気配の先を、何の感情もこもらない目で見た。

人から見れば一瞥したようにも思われて当然な目で。


その眼差しを見たであろう、気配の持ち主は少年だった。

自分よりは幼く見えるぐらいの少年は怯えたかのように、一目散に逃げようとした。

そこに荷物を積んだ馬車が到着したのがその少年の不運だった。

馬に蹴飛ばされたのか、それとも荷台にぶつかったのか。

土まみれとなり転がっていた。

周囲の者が焦っていた。自分は状況がよく飲みこめずにいた。

何かを従者から告げられると、


「治療を…」


と、一言伝えていた。自分は馬車に強引に乗せられ、その時に少年も一緒に乗ったのだろう。

別宅の者も全て葬儀で出払ってしまうからと、連れていった。


葬儀が終わるまで凄く気になっていた。

初めて会ったというのに気が気ではなく、葬儀の間中ぼんやりとしていた。


遺言には財産は本妻にと。

本妻に何かがあれば自分にとの父親からの書面が残されていたらしい。


そして、俺の幽閉を半幽閉とし、地下牢からは出すとの事だった。

だが、それを聞かされてもその時は頭に入っていなかった。


少年は本家の者が連れていき、飯炊きの女性が看護をしていたらしい。

確かその時は父親の治療をしていた蘭学医も葬儀にきていたから診てもらい、

脳震盪と診断されていたが、その他に栄養失調状態であるとの事だった。

数日してその少年が目を覚ましたが、その時はすぐに家を出てしまっていた。

何か急いでいたらしく、自分は何も聞かずに止める事もせずにいた。

口止めとか何も考えることなく、金子を手渡したのは恐らく気まぐれだ。


「若旦那。いいんですか?」


と言われたが、別段気にも止めて無かった。

恐らくまた戻ってくる事になるだろうと、何となく察していたから。

自分が少なからずとも、生者に戻れるきっかけがあると、

どことなく感じていたから、その時は止めることをしなかったのだろう。


父親が死んでから、義母からよく呼ばれるようになっていた。

繋がりを持つようになってから、あの義母の業を知った。

その業を知ったからなのだろうか…哀れみの目で義母を見ていた。

だが、それでもその中に恨みがあったのは確かなことだった。

俺のその目付きが気に食わなかったのか、酷く打つ事があった。

別宅に帰宅した時、痣だらけだった事もしばしばあり、

飯炊きの女性がよくその時は世話をしてくれていた。

彼女はとてもよくしてくれていて、自分が大成してからも

ずっと働いていてくれていた。


確か父親が死んだ辺りからは質素だった食事の内容も

大分変わったものになっていた。

恐らくそれまでは指示されるがままに作っていたのだというのが

垣間見れる程に、良い食事内容となっていた。


そんな彼女がある日、里に急用があり戻っていた時だ。

いつものように痣を作って帰宅すると、監視の者は

門にいた2名だけで家の中には、あの少年しかいなかった。

義母から受けた折檻の痣を目にして驚いていたようだった。

擦過傷もいくつかあっただろう。

流石に見かねたのか、薬箱を持ってくると治療をしてくれた。


その時に幽閉されていることを少しだけ話したと思う。

一々理由は言うことなく、ただ、そうだと告げただけだった。

驚いたような瞳をしていた。


受け入れてもらえなくて当然と考えていたから、その表情をされても

別段感情は生まれなかった…。いや、生まれなかったはずだった。

何故、あの表情をされて、妙に悲しく感じたのか…。


死んでいた感情が生き返りつつあったのだろうか。

与太話になりますが、いつか見た江戸の頃のお話です。

たま~に、色々と話が浮かぶので、浮かんだら、他の時代の話でも。

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