木枯らしのリョウタ(ウタほたるのカケラ〈US〉出張版【サイズS】第4iS片)
また野球!
北の風親方は、部屋住まいの風小僧たちを、冬の街へと送り出した。
これでようやくひと仕事を終えたと、大好きな野球のウィンター・リーグを鑑るべくテレビをつけた親方だったが。ひとり、木枯らしのリョウタは街へと向かわずに、壁にひっついて座っている。
「リョウタ、どうした? 行かんのか?」
親方はテレビに目をやりながらも、優しい声で尋ねる。試合は6回で、あいて打線につかまりはじめたマウンドの先発投手が、そろそろ交替かとベンチへピッチング・コーチの顔を覗き込んでいるところ。
「おれ、行きたくないよ。
だって、おれに吹かれると木は葉を散らせて枯れちゃうんだもん」
そう言って、抱えた膝を崩さないリョウタだったけれど、親方は「ばかだなぁ、おまえに吹かれたって木は枯れたりしねえよ」と笑うと、そばに来ていっしょに試合を鑑るようにと手招きした。
野球に興味はないリョウタに、親方はテレビから目を離さずにに続ける。
「いいか、このピッチャーはもう限界だ。これ以上投げさせても、だれのためにもならない。
だから、ピッチングコーチが交替させてやるんだけれど、その判断は非情に思えるよな? とはいえ、この試合でマウンドを降りたって、べつに引退するわけじゃねえのさ。だからこそ、つぎに登板する試合もいいピッチングを見せてくれって期待しながら、引きあげさせるんだ」
野球に詳しくないリョウタにも、意味は理解できたものの、なぜ親方が今そんな話をするのかはさっぱりわからない。もしかして、単に野球の話がしたいだけなのかと疑いはじめたとき、親方はようやく顔を向けて、ぴったりと目と目をあわせた。
「わかるよな。おまえがピッチング・コーチで、おまえに吹かれた木がマウンドを降りるピッチャーだ。
冬のあいだじゅうまで葉を繁らせてないで、春まで休んでいいんだよって。
激しく吹きつけるんじゃなく、冷たく厳しくともそんな優しさもあるんだって、語りかけるように吹いてみろ。
そしたら、おまえが吹いて木の葉が散ることの意味が変わるはずだ——もう行けるな?」
頭をごしごしとなでられたリョウタは、「いや、何が言いたいのかわかんないし」と、戸惑ったままだったが、親方の伝えきったと満足そうな表情を見ると、悩む必要はないことだけは悟ったようだ。
ちいさく、「いってきます」と告げて街へと向かう。
親方は振り向きもせずに手をあげてそれに答えたが、すっかり野球の試合に夢中のようだった。




