第八話 物騒だね
【一章】 飲み会
「……ぜ、…ず…ぜ。涼風っ!!」
「……あぁ。どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ。大丈夫か?ぼんやりして。もしかして酒に酔ったのか?」
「酔ってませーん」
「あ、そう」
自分のほうが顔を赤くしているのによく言うよ、と思いながら私は水を飲んだ。神酒くんに言われて文化祭のことを思い出している間に、二人はその思い出について語り合っていたそうだ。今思い出すと、思ったより印象深い出来事が多かった。十年ほど前だが鮮明に覚えているものだと、自分でもびっくりした。
「で、結局あの時の文化祭がどうかしたの?」
私が文化祭の件について思い出すきっかけを与えた神酒くんに向き直る。
「えっ。あれだけのことあってまだ分からないのか?
あの時、おれとメイが火傷しただろ?その時、他のクラスメイトやお客さんは呆然と見つめてすぐには動けていなかった。
でも、愛夢は的確に判断して行動に移していた。おれからしたら、これは一種の才能だと思う。」
そう言った神酒くんはキラリと目を光らせた。私に話しかけつつ、近くにあった塩茹でされた枝豆を口に放り込む。
「その才能を、人を助ける医者として使っている愛夢はすげえかっこいいよ」
「!ふふっ。ありがとう」
医者になってからそんな言葉をかけられたのは初めてだったので、少し嬉しかった。
そんな調子で二時間くらい話して、左腕につけた時計に目を向けた。午後十一時すぎ。そろそろ時間的にも解散かと思われ、帰り支度を始める。ふと、店に置かれたテレビに流れているニュースに目を止めている綾川くんと神酒くんが目に入った。
「どうしたの?二人とも?」
そう言いながら私もそのニュースに目を止めた。
ここ一ヶ月ほど、東京都内で女性の遺体が発見される事件があります。今朝、東京都千代田区の路地裏から、何者かによって刺殺された女性の遺体が発見されました。これで五件目の被害者が出たこの事件を、警視庁は連続殺人と断定しており、被害者の共通点から次に狙われるのも二十代の女性と思われます。加えて、殺人を行う日に共通性がないため、特に女性は一人歩きをせず、十分な警戒を行い、無闇に外出しないよう心がけるようにと、夕方の記者会見で発表しました。
「へえ、物騒だね」
「「何呑気なこと言ってんだよ!!」」
二人がハモった。予想外の声量に驚いた私は、持っていたグラスを落としそうになり慌ててキャッチする。中学時代から彼からはよくシンクロしていたので、昔みたいだーなんて懐かしんだ。
「いやいや、何呑気な顔してんの?このニュース見たら分かるだろ?愛夢もその犯人に狙われる対象なんだぜ。もうちょっと警戒した方がいいと思うぞ?」
「そうだよっ!それに犯人の犯行周期が決まっていないから、なんなら今日殺人が行われるかもしれない。とりあえず今日はもう遅いし、送ってくよ。」
「あ、ありがとう」
二人の圧に押されて、流石に諦めた私は素直に家の近くまで送られることとなった。二人はとても心配していたがそんなに私って頼りないかな?ちょっと悲しい。
とりあえず、こうして今回の飲み会はお開きとなったのである。
二人と分かれてから、私は近くのコンビニに立ち寄った。今朝無くなってしまった歯磨き粉を購入するためである。
私はぼんやりとする頭を軽く振る。実を言うと飲み会が始まったあたりから頭がぼんやりとしており体に力が入りにくくなっていた。もしかしてお酒に酔ったか?と思いつつ、コンビニまで歩いていると、カバンに入れていたスマホから電話のバイブ音が鳴り響いた。スマホを取り出し画面を見ると、堀山先生と書かれていた。
「もしもし、涼風です。」
「おー、よかった繋がった。堀山だ。
すまないね、こんな夜遅くに電話をしてしまって……。」
「いえ、大丈夫です。それでご用件は?」
「いやねえ、今日やってもらった課題、明日にもやってほしいんだよ」
私は一般外科の先輩であり、上司の堀山さんにここ一ヶ月ほど、定期的に課題を出されている。堀山先生曰く、医師としてまだまだ新米の私が、良い医者になるための課題だと言っている。
「え、明日もですか?確か今日終わったと思ったんですけど……」
「それが、君が帰ってから確認したら、もう一つほど残っていてね、申し訳ないけど明日も引き続きやって欲しいんだよ」
上司の手前、文句を出しそうになった口を慌てて閉じる。堀山先生の課題は細かい指示が多く、準備も後片付けも大変なので結構面倒だ。それに、最近の堀山先生は何かと私のプライベートについて聞いてくる。正直、最近は堀山先生の相手にも疲れてきた。
あぁ、憂鬱だ。
そう心の中で思いつつ、堀山先生と電話で話しているうちにコンビニに着いた。
「分かりました。それでは失礼します」
「あぁ、すまないね。良い夢を」
私は長くため息を着いた。明日も課題かぁ。家に帰ってから準備しないと。うぅ睡眠時間が減る……。今日は一日かけて、やっとの思いで課題を終わらせ、気分ルンルンでお酒を飲んでいたのに、一気に気分が下がる。私はトボトボとコンビニに入って行った。
目的のものも買い終わり、コンビニを後にする。二分ほど歩くと、アパートが見えてきた。一人暮らしをするのにはちょうどいいと思い、警察病院に就職が決まってからはここに住んでいる。
居酒屋の熱気で少し熱った体に、最近冷たくなってきた夜風が心地よかった。秋から冬にかけたこの季節、夜は思いの外冷える。ブルリと身震いし、少し早歩きをしてアパートの自室の前まで辿り着く。
私はカバンの中に入れた家の鍵を取り出した。すると、家の中に誰かの気配を感じた。よくよく見ると、家を出る時に消したはずの明かりがついており、一気に指先が冷たくなる。
ここの家の鍵は大家さんと私しか持っていない。その大家さんも引っ越す前に調べて、信用のおける人物だと分かっているので、大家さんの仕業ではないはず。
鍵穴を見たが、無理やりこじ開けられた形跡はなく、扉付近にも荒らされた様子はない。周りを見渡しても誰もいない。私は深く息を吐き出して、ゆっくりと音を立てずに鍵を開けた。そしてゴクリと息を飲む。そして私は、ドアを一気に開けて部屋の中に入った。
「えっ……?」