第六話 いざ文化祭へ
【一章】 飲み会
文化祭当日。ハヤ学の文化祭が無事開会式を迎えた。ハヤ学は金曜日と土曜日にかけての二日間で文化祭が行われる。
部活の出し物や、体育館で劇の公演、売り上げ順位が張り出されたり、学校全体を使ったスタンプラリーなど、各クラスの出し物以外にも楽しめるイベントが盛り沢山。その影響は思いの外すごく、外部から入学予定の小学生や地元の中学生、高校生、地域の方や有名私立校の視察としてくるお客さんなど、いろんな人がひっきりなしにやってくる。
当然、うちの喫茶店も予想以上にお客さんがやって来たので、みんな大慌てでコーヒーを淹れたり、アイシングクッキーの準備をしている。私は文化祭で他クラスを回ったり、劇を見にいったりしないので、ほとんど教室でシフトをこなしていた。急にシフトを交代してくれと言われたり、時間になっても来ない子がいたので、河内さんには何回も感謝の言葉をもらった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
にっこり笑顔で会釈をしてお客さんを席まで誘導する。注文を聞いて簡易的に作った厨房にいるクラスメイトに注文内容を伝えて、次のお客さんのところへ。お昼時ってこともあるのでお客さんが多い多い。軽くパンクしそうな頭をなんとか動かして仕事をやり切る。
やっとお客さん少なくなって来たと思ったけど、時間を見たら忙しくなってから一時間ほどしか経っていなかった。体感二時間ぐらいだったので驚きつつも、まだまだ来るであろうお客さんのために気を引き締めた。
私は今店内にいるお客さんからの注文を全て終えて厨房に顔を出す。
「あ!すずちゃんやっほー!」
「やっほー。さっきまでお客さん多くて大変だったでしょ?大丈夫だった?」
「うん!みんなで協力したからバッチグーだせ!」
屈託な笑顔をこちらに向けながら、メイはコーヒーを淹れ始める。
「あっ……。お湯が足りないや。沸かさないと。そーくんお湯沸かしてくれる?」
「むぐっ」
「ちょっと何してるの神酒くん?」
「あー!そーくんクッキーつまみ食いしてるー!!」
「後で払うから許してくれよ〜。さっきまで忙しかったせいで昼ごはん食べ損ねたんだからさ」
神酒くんはごめんごめんと謝りながら、クッキーを咀嚼している。
「それはみんな同じなんだから我慢してよ。全く仕方ないな。」
「マジでごめんって。お湯だよな。すぐ沸かすよ」
そう言って、神酒くんは水のペットボトルを開けて電気ケルトに注いだ。スイッチを淹れてお湯を沸かす。神酒くんは元々接客だったが、厨房の人手が足りなかったので、こちらへと回って来ていたのだ。
今更だが、メイは人の名前を彼女独特の呼び方で呼ぶ。私の場合すずちゃん。神酒くんは名前が創で、音読みだと“そう”となるのでそーくん。一瞬誰を呼んだか分からないけど、彼女のセンスはクラスの仲が深まるこの時期ぐらいから浸透し始め、クラス替えする頃には半分ほどがメイの呼び方に影響されている。毎回その様子を見るのは個人的に面白くて好きだ。私は特に影響されなかったけど。
「すずちゃんどうだった?執事として実際に接客してみて!」
メイは目を輝かせて私を見た。厨房は机を四個ほど横に並べて、それを人が二人ほど通れるほどのスペースを空けてもう一つ設置して作った。片方の机はアイシングクッキーを皿に盛り付け、コーヒーを淹れるスペース。もう片方はアイシングクッキーとインスタントコーヒーの粉が個包装で大量に入っている箱と水のペットボトルをこれまた大量に置いたスペースとなっている。
狭いスペースでコーヒーを淹れたり、クッキーを盛り付けたりするので、火傷や食品の落下を防ぐためにみんな細心の注意を払っている。衛生面を考えて全員マスクとビニール手袋をしていた。
「思ったより上手くいったよ。お客さんにも好評だった」
「そっかぁ〜!よかったね!」
紙コップにインスタントコーヒーの粉を入れつつ私の方を見たせいで粉が少しコップからこぼれていた。
「あちゃ〜。片付けないと……。
うーんビニール手袋のままじゃうまく粉取れないや。」
「ゴミ箱とってくるよ」
私は近くにあったゴミ箱を机の近くに近づける。その間、ビニール手袋のまま、なんとかコーヒーの粉を集めたメイはごめんなさい、と言いながら、ゴミ箱に粉を捨てる。
「一応机拭いた方がいいかもね。あとビニール手袋も変えた方がいいかも。」
「そうだね。」
「メイ!お湯沸いたぞー」
「はーい!」
メイは神酒くんの片手にある電気ケルトを軽く振った。メイは少し迷った後、ビニール手袋を手につけたままケルトを受け取った。
「きゃあっ!!」
「うわっ!!」
ビニール手袋についたコーヒーの粉のせいで手が滑り、お湯が床にぶち撒けられる。私はメイと神酒くんの手首を掴み素早く厨房から引っ張り出した。一刻も早く沸騰したお湯から離れさせるためだ。
不幸中の幸いか、厨房にいたのは私を含め三人だけだった。二人の状態を確認しつつ、周りの状況を見渡す。接客に回っていたクラスメイトが一瞬呆然としたが、瞬時に状況を把握し、近くにいたお客さんに席移動をお願いしている。
お湯は多く沸かしていなかったので、厨房にちょっとした水たまりができただけで済んだ。
(メイの注意を削がなかったら、こんなことにならなかった)
心の中で舌打ちをしながら、厨房から引っ張り出した二人の状態を見ることに専念した。メイの方は両足が濡れているのでおそらく両足に火傷をしているのだろう。私は素早くメイの上履きと靴下を脱がせた。アイシングクッキーを保存するための保冷剤を箱から取り出し、メイの両足に当てる。メイは涙目になりながら自分の足の様子を恐る恐る伺っている。
「神酒くん!靴下脱いで!保冷剤足に当てて!早く!!」
神酒くんは片足だけが濡れていたのでなんとかできるだろうと思い声をかける。神酒くんに保冷剤を渡すと自分の足に当てはじめた。
「ごめんメイ。お湯が沸いたか確認するために蓋開けて、閉めずに渡したからこんなことになっちまった。本当にごめん。」
「私もごめんなさいメイ。コーヒー淹れてたのに注意を削ぐように話しかけちゃって」
「え、え!二人ともそんなに謝らないでよ!私だって不注意で落としちゃってごめんね。そーくんの足、大丈夫?」
それぞれがそれぞれのことを思い合って自分を責めていると、騒ぎを聞きつけた河内さんが先生を連れてやって来た。
「みなさんっ!大丈夫ですかっ!!!???」
そこには息切れ切れで髪を振り乱した河内さんがいた。いつも冷静沈着で私たちをまとめ上げる河内さんの代わりように、私たちは緊張が解けて思わず笑ってしまった。
「へ?何笑ってるんですか!?あぁ!火傷してるじゃないですか!」
河内さんがあわあわしながら、私たちの前にしゃがみ込む。先生も心配そうにこちらを見ながら言った。
「後片付けは先生とみんなでやっとくから、お前たちは保健室に行きなさい!」
はーいっと返事をした私たちは立ち上がって保健室に向かおうとした。すると、これまた騒ぎを聞きつけた綾川くんがやって来た。
「大丈夫か!?!?」
綾川くんは私に、慌てて近づいて聞いた。
「ちょっ綾川くん落ち着いて。私は火傷してないから。火傷したのは神酒くんとメイの二人」
私は後ろにいる二人を指さした。綾川くんは少しホッとしつつ、二人の状況を確認して安心したのか大きく息を吐いた。私はちょうどいいと思った。
「綾川くん、保健室に行くから神酒くんに肩貸してあげて。メイは私がおんぶするから。」
私はメイをヒョイっと背負うと、スタスタと歩き出した。その後ろを慌てて二人が追いかけて来た。綾川くんが神酒くんに肩を貸しつつ、神酒くんの歩幅に合わせて歩いてくる。
「なんだか後ろの二人、二人三脚してるみたいだね」
「ふふっ。そうだね!」
後ろを見ながら私たちはくすくすを笑った。