第三話 飲み会
【一章】 飲み会
「せ〜のっ」
「「「かんぱーい!」」」
掛け声と同時にビールのジョッキを合わせる軽快な音が鳴り響いた。
しかし店内の盛り上がりには負けてしまい少し物足りなさを感じた。私がそんなことをぼんやり思っていると知らずに、二人は特に気にした様子もなく他愛もない会話をしていた。まぁ、気にするだけ無駄か。私の目の前にはキンキンに冷えたビールがあるのだから、それを飲まない方がおかしな話だろう。そう思い、私はビールに口をつけた。
私はけっこうお酒には強い方だ。二人はどうだか知らないが、乾杯後、二人が一気に一杯目を飲み干したときの様子を見て、私よりは弱いだろうと踏んだ。
三人で世間話を話しながらつまみとビールを交互に飲み食いしていると、案の定二人の顔は三杯目くらいからほんのり赤くなっていた。
「そういえば、愛夢は今どんな仕事してんの?」
「私?」
突然そんな話題を振って来たのは、神酒 創。私の同級生で、綾川くんと同じく六年間同じクラスだった男の子だ。私と綾川くん、神酒くんの三人はそれもあって仲が良く、学生時代はよくつるんでいた。
大学進学と同時に、お互い忙しくて連絡が取れなかったので、久しぶりの再会を噛み締めたくて綾川くんは連絡を入れたのだろう。
「私は今、警察病院の一般外科医をしてるの。そういう神酒くんは?」
「おれ?おれはトップシークレットだ!俺の正体は国家が秘密裏に管理していて、もしおれの正体が流出したら……」
「あぁあぁあぁもう良いって分かったから。その厨二臭さが今でも健在してて私は安心しましたーー」
神酒くんは髪はショートカットで眉毛が太く、目はキリッとしている。一見誠実そうな彼だが、中学時代からこういう厨二まがないなことが好きで、昔は頻繁に、殺し屋はいるのか!?テロが起こるかもしれない!この右腕には絶対何かが潜んでやがる!!なんて完全自分ワールド作って盛り上がっていた。その影響で、クラスメイトに若干引かれていた可哀想な人物である。私は見てて面白いから好きなのだけど……。
「じゃあ綾川くんは?
あっ、さっき言ってたか。確かフリーのライターだよね?」
神酒くんの相手をしても時間の無駄だと思った私は、ジョッキを片手に話を聞いていた綾川くんにシフトチェンジして聞いてみた。今日治療したばかりの右手首の包帯が少し痛々しかった。
「え?ああ、そうそう。基本的にはネットに小説書いてるだけだから、本格的なものではないんだけど、最近ちょっと調子が良くてフォロワーさんも増えてさ。」
「へえ、すごいね!昔はそんなに小説興味ないみたいに言ってたのに。
将来どうなるかって本当に分からないよね。」
「た、確かになあ。」
綾川くんは返事をしてから、つまみをモグモグと口に含んだ。私は六杯目のビールを飲み干し、店員さんにお水を頼んだ。お酒には強いが、家に帰れなくなっても困るので、今回はこれでストップすることにする。
「もう終わりか愛夢?」
「うん。酔って家に帰れなくなっても困るし。」
「それもそうだな。
ってか久しぶりに会ったけど、愛夢ってやっぱ昔から変わんないな。」
「え、そう?」
自分のことなんてあまり深く考えたことがなかったので、言われて少しびっくりした。
「確かに。真面目で責任感あって、いざって時頼りになる」
「あーわかる。でも意外にノリいいから面白いんだよね」
分かる分かると互いに言い合って激しく連呼している。なんか他人が自分のこと、こんなふうに思っているのかと想像すると少しむず痒く感じる。
「どういうところにそう思うの?」
単純な疑問だった。綾川くんと神酒くんは二人で目を合わせて少し考えるそぶりを見せた。すると神酒くんの方が先に声をあげた。
「高一の時の文化祭!あの時、執事喫茶やっただろ。その時だよ!」
そう言われて、私は当時のことを思い出した。
約十年前
「それでは、多数決の結果、私たち高校一年二組の今年の文化祭のテーマは“執事喫茶”です。」
クラスの文化祭実行委員の河内さんが、黒板に書かれた、文化祭のテーマの案の中で執事喫茶の文字に赤いチョークで丸をする。
今年で入学してから隼ヶ丘学園、略してハヤ学の文化祭四年目を迎える私たちは、ただの模擬店だけじゃつまらないだろうという意見から、男女問わず執事となってお客さんに接待をする執事喫茶をテーマにすることになった。
正直、こういうものは物語の中でしか見たことがなかったので、実際にやるとなって結構びっくりした。私は一応学級委員長なので、クラスの行事には積極的に参加しているつもりだ。だからテーマが何になろうが割り当てられた役割をこなせば良いと思っていた。
そもそも実行委員なんて、みんなの意見をなるべく批判なくまとめて、全員の顔色を伺いながら無難な案を提案しなければならない。
それはもう私にとって超がつくほどめんどくさ……ん”ん”。えー大変な仕事を自ら進んで行っていらっしゃる河内さんは本当に素晴らしい方ですわよ!みなさん拍手しなさい!と心の中で一人訂正し、みんなに声をかけた。……なんか虚しくなってきた。
なんだかんだと私が心の中で考えているうちにいつの間にか話が結構進んでいた。
「では、食品を販売する時の注意事項は以上です。終礼前、今話した内容は皆さんに紙媒体でお配りします。
急で申し訳ありませんが、明日までに販売する食品を考えてきてください。」
私からは以上です。そう言ってペコリと頭を下げた河内さんは、それでは先生お願いします。と言って自分の席に戻って行った。
さっきまで教室の後ろからみんなを見ていた多田先生が大股で教壇まで歩いた。多田先生はいわゆる体育系の熱血教師だ。生徒が実現したいことや希望を真摯に受け止め、それをどうやって実行するかを一緒に考えて支えてくれる頼れる先生。しかし、人間関係について、割と大雑把なところがあるので相談が出来ないのが玉に傷だとよく聞く。が、私は人間関係や家庭事情に踏み込んでほしくないタイプなので、むしろありがたいと思っている。
教壇に立った先生は、みんなの顔をぐるりと見渡して口を開いた。
「みんな、これが高校初めての文化祭だ!我が校は中高一貫校だから、中学生見本となるような素晴らしい執事になってくれ!!」
素晴らしい執事になれってなんだよ!!!
クラス全員が心の中でツッコミを入れた。
……おそらく。
どこか他人とズレた思考回路を持っていて面白いと思う反面、先生の価値観が読めなさすぎてたまに怖い。
その後もなんだかんだと言っているが、私はさっきの“素晴らしい執事になってくれ”発言が地味に面白く、一人心の中で笑いを堪えていたので、先生の話の内容が入って来なかった。
まぁとりあえず頑張れということだろう。先生の話が終わった後、終礼が始まり河内さんが言っていたプリントが配布された。先生からその他連絡事項を告げられ、その日は解散となった。
私は帰りの荷物をまとめながら何を販売するか何となく考えていた。そもそも、執事喫茶って何販売するんだろう。気になってポケットに入れていた携帯を取り出し、検索サイトを開いた。
「……。紅茶、……クッキー、ケーキかぁ。
あ!タルトとかも美味しそう。……フルーツも文化祭で食べれたりしたら良いだろうなあ」
一人でぶつぶつ呟いていると、後ろに気配を感じた。
「わあっぁあ!!」
っくりしたあ……。私は予想を上回る声量に驚き、思わずビクッと体を揺らした。後ろの気配に誰だろうと振り返ったのと、背後に立っていた人物が私を驚かそうと声を出そうとしたのが丁度被ってしまったみたいだ。
私が振り返るのは予想外だったのか、その人物の驚かそうと出した声が上擦ってしまった。私は不覚にも驚いてしまったことが恥ずかしく、それを隠すようにその人物を少し睨んだ。
「びっくりしたなぁ。何の用?神酒くん」
私を驚かそうとした人物、神酒くんは少しバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。その様子を見て、深く息を吐いた。
彼に悪気はないんだからそんなに不満気にしてもしょうがないか、と気持ちを落ち着かせた。
「いやあ、ごめんごめん。まさか振り返るとは思わなくって。つい大きい声が出ちゃった」
「もう。声かけるなら普通にかけてよね。」
「ごめんって〜」
両手を合わせてごめんというサインを私の前に突き出す。
「いいよいいよ。怒ってないから。
それより、どうしたの?何か用があるから脅かしたんじゃないの?」
すると神酒くんは、すごく真剣な顔をして私を見つめた。一変した雰囲気に圧倒されかけ、私何かやらかしたっけ、と今日一日の行動を瞬時に振り返る。
しかし、特に神酒くんに何かやった覚えはない。一体何なんだ?頭の中でさまざまな考えが広がる……。
「愛夢ってさ───」
ゴクッ
「もしかして、俺と同類なのか……?」
「……は?」
マジで何を言っているんだコイツ。無意識に眉を顰めて少し体を引いた。
「いや!皆まで言わなくていい。さっき携帯を見ながらぶつぶつと呟いていた見ていた。もしかしなくても、闇の組織と連絡を取っていたのだろう?すまない。そんな大事な瞬間を見てしまって」
「えぇっ……。ちょっとまっ──」
「大丈夫だ!このことは誰にも言わない。
いや……まさか、おれが愛夢の秘密を知ってしまったから愛夢が闇の組織に命を狙われるのか!?
クッ……。おれの考えが甘かった。」
「いや、ほんとに待っ───」
「安心しろ!何があってもこのおれと、大犀が守って────いてっ!!」
完全に自分ワールドに入り暴走しかけていた神酒くんを止めたのは綾川くんだった。神酒くんの背後から忍び寄り、見事頭にチョップをかました。神酒くんは少し涙目になりながら叩かれた頭を撫でて頭の容態を確認している。何だかどっちが被害者でどっちが加害者か分からなくなってくる。
綾川くんはチョップした右手を腰に当てて、呆れたように神酒くんを見た。
「お前いつまで厨二病拗らせるつもりだよ。もう高一だぞ?高・校・生!そろそろ卒業しないと本気でヤバいぞ」
そう言い放った綾川くんの隣で、私は激しく同意するように首を縦に振った。
そんな私と綾川くんの様子を交互に見てからそれはもう不満気に、
「……善処する。」
と言った。それはもう不満そうで消え入るような声だった。まあ、この様子じゃしばらくは厨二病は封印されるだろうが、不満気な様子からいつかこれは爆発するだろうなーと心の中で思った。
「で、何の話してたんだ?」
「文化祭の出し物調べてた時に、私が呟いてるの見て同類だと思ったんでしょ。」
「なーるほど。」
私が綾川くんに状況説明している間に復活した神酒くんはバッと顔をあげた。
「おれ、焼肉がいい!!」
「「執事喫茶と合わなさすぎるわ」」
見事に私と綾川くんの声が被った。
「そもそも“喫茶”なんだから焼肉はないでしょ。」
「コーヒーとか紅茶とかを茶菓子と一緒に提供するのが喫茶店だろ?コーヒーと一緒に焼肉食うかお前?」
「ぐぬぬぬ。」
「コーヒーと焼肉かあ。でも実際食べてないから正直不味そうとも言えない……。
というか、そもそも神酒くんコーヒー飲めないじゃん」
神酒くんが、私の発言に雷を打たれたような衝撃を受けた、と言わんばかりに、目を見開いた。そして、ビシッと私たちを指さした。
「そういう二人は何かいい案あるのかっ!?」
「「……。」」
「ないのかよっ!!」
馬鹿にしやがって〜!と叫びながらポコポコと綾川くんの頭を叩く。
完全八方塞がりになった私たちは唸りながら考える。教室にはまだ数名雑談をして残っているクラスメイトが数人いたが、その子たちには、一つの机を囲い、頭抱えて唸ってる異様な集団に見えただろう。私なら近づきたくない。あーなんか考えてたらお腹空いてきたなぁ。今日小テストのせいで昼ごはん食べる時間なかったし当然と言ったら当然なんだけど───
「あ。」
「どうした!?」
「何か名案を思いついたのかっ!?」
「考えて思いつかないなら、実際に行けばいいじゃん。」
「「天才かよ……。」」