第十八話 実行犯
【三章】 犯人
神酒は納得いかない、という顔をしていたが今は一分一秒を争う。そんなこと気にしている場合ではなかった。
「とにかく、もうその女性の会社まですぐそこだ。そこから、涼風の家もそこから近い。
女性も会社から出たかもしれないから、もしその人が道中にいたら連ら───」
話しながら、さっき撮影した女性の写真を見せようと助手席の方を見た瞬間、視界の先で、歩道をその女性が歩いているのがはっきり見えた。
「いたっ!!」
「えっ!?」
俺は左車線に入り、近くの路肩に車を駐車した。本当はパーキングに入れるべきなのだろうが今はそんな時間はない。俺たちは車を出て、その女性を追いかける。
「あの女性?」
「あぁ間違いない。神酒は涼風のところに向かえ!」
女性との距離はそこそこあったが、走ったらすぐに追いつく。そう思った瞬間、歩道を歩いていた女性が不意に路地裏に入っていった。その道はさっきの資料から会社からコンビニまでの最短ルートだ。人気が少ないここで犯行をするつもりなのか。
俺は追いかけるため走り出そうとしたが、後ろを振り返った。
「ついてくるな神酒」
「……。確かに、愛夢が心配だ。
だけど、だけど今は目の前にいる人を助けたい。
警察として、友人として、愛夢に胸張っていられるように」
神酒は泣きそうな顔しているだろうと思っていたが、意外にもその顔には決意の色が見えた。どこか全てを受け止めると言う覚悟を含んだ目だった。
その顔を見て、俺も覚悟を決めた。
「分かった。行くぞ」
「あぁ!」
俺たちは走って路地裏の前に辿り着き、一度深呼吸をした。お互い胸ポケットに入れてある拳銃を取り出し、手に持つ。
俺は、神酒の顔を見て、改めて覚悟を決めて拳銃を固く握り直した。
俺の指の合図で、神酒は先に路地裏へと入って行った。続けて、俺も追うようにして神酒に続けて路地裏へと入って行く。
神酒が左に曲がったその時、俺の目の前で血飛沫が飛んだ。曲がり角の死角によって神酒は見れなかったが、どさりと倒れる音がした。
俺は全力で駆け抜けて、角を曲がった。すると、手前には神酒がうつ伏せに倒れており、奥には首を掻き切られてぴくりとも動かない女性が地面に仰向けで倒れていた。
神酒は首を押えて止血を試みようとしているがうまく行かないようだ。俺はその目の前に跪き、神酒の傷をみた。
「ったあ……」
「!大丈夫だ。今止血するから安心しろ」
俺は神酒の首をハンカチで抑えて止血をした。傷が少し深く、止血するとに手間取ったが、何とか止血した。しかし、この状態では、またいつ出血するか分からない。
「よし、一旦これで大丈夫だ。頑張れ!
すぐに救急車を───」
呼ぼうと、ポケットから携帯を取り出そうとした瞬間、目の前に影が落ちた。前に目を向けるも誰もいない。まさか……
「上っ!!!!???」
振り向き上空に目を向けて、受け身を取ろうとしたが一瞬間に合わなかった。蹴りで携帯電話が投げ飛ばされ、俺は腹を思いっきり蹴られ、吹き飛ばされる。携帯電話が俺を蹴った人物の足元に転がって行き、連絡手段を失った。
俺は自身を蹴り飛ばした人物を見据えた。そこに佇んでいたのは、長い前髪とフードで目を隠し、体型も、大きめの服で誤魔化している男か女かも分からない人物だった。その姿はまさに、昨日見た殺し屋そのものだった。ごくりと喉がなる。
昨日取り押さえようとした時、二対一で挟み込んだのに簡単に逃げ出した人物だ。前回は逃げてしまったが、今回は逃げるつもりがないらしい。手に持っているナイフは俺たちにしっかりと殺意を向けている。
こんな時に、カイコウの言葉を思い出す。
あの子をこんな世界から足を洗って普通の生活を歩ませてほしい。
「こりゃ無理かもな……」
俺は小さく呟いた後、持っていた拳銃を構えるため、距離を取り体制を立て直そうとした。しかしそれすらも読んでいたのか、一瞬で間合いを詰められてしまった。
相手の左手にはナイフが握られており、一瞬でも気を抜いたら大怪我することを悟る。そのナイフが腹部に向かって吸い込まれていくのを間一髪でかわす。着ていたスーツが少し引き裂かれる。そうして接近された刹那、相手から鼻をスンとさせるような匂いがした。
しかし、今はそんなこと気にしている場合ではなかった。一瞬反応が遅れた俺に、そいつは足払いをかけて俺を転かした。そのまま俺を踏みつけてナイフを振り上げた。俺は、そいつに銃口を向けて威嚇のために一発撃つ。避けるために少し身じろぎした瞬間を狙い、俺は逆に踏みつけてきた右足を掴んで引っ張り膝をつかせようとした。しかし、左足で思いっきり手を踏みつけられ思わず手を離してしまった。俺の手から解放された殺し屋は少し俺から距離を置いた。
だが、すぐにナイフを握り直し間合いを縮めて来た。次々と蹴りや拳が飛んでくる。受け流したりかわしたりするも、そもそも俺は警察官内でも身体能力は本当に平均ほどしかない。神酒は俺よりも身体能力が高かったが、その神酒がこの有様だ。勝てる見込みもない。たが警察として、ここで引くわけにはいかない。相手の攻撃を受け流し、なんとか相殺してを繰り返しながら、少しずつ、飛ばされてしまった携帯まで移動する。
(このままじゃ完全にこっちが不利だ。
せめて逃げられた後、神酒と捜索するために写真を……!)
あと一歩で携帯に手が届くというところで、殺し屋が首に向かってナイフを突き出した。それをあえてかわさず前に出た。相手が驚き、少し軌道がそれたナイフが左肩を切り裂く。流石に避けなかったのは予想外だったのだろう、一瞬反応が遅れた相手の隙をつき、俺はフードを剥ぎ取った。そこにいたのは─────
──────────────涼風 愛夢だった。




