第十二話 殺し屋O
【二章】 公安と情報屋
「この事件には犯人が二人いるの。一人は実行犯。そしてもう一人は計画犯。計画犯というよりは実行犯の依頼人と言った方が正しいかもしれない。
実行犯はプロ中のプロ。裏の世界では最強の殺し屋と謳われているほどの人物。
その通り名は“死の天使”。コードネームはアルファベットの“O”。読み方は普通に“オー”だけど、私は呼びにくいから数字の0に見立ててレイって読んでるわ。
この暗殺者は主に依頼人の指示で殺人を行う。それ以外での戦闘はほとんどしない。するとしても自衛のためだけ。」
「その殺し屋、Oっていうのは政府は知っているのか?」
「えぇ。世界的に見ても有名な殺し屋だからおそらく。」
なるほど。だから、今回の事件は公安に回って来たのか。これほどの危険人物を一般警察官に任せるわけにはいかないので、捜査がほとんど進んでいない状態でこちらに回ってきたのだろう。
それに、思いのほかニュースの内容が薄かったのは、政府から規制をかけられたのだろう。確かにそれほど危険人物なのならば、公安に回ってくるはずだ。下手したら国の中枢人物が暗殺される可能性があるのだから。
「ここからが本題なの。そのOという殺し屋は私の昔からの同業者でね。あの子が殺し屋、私が情報屋としてしばしば手を組んでいるの。あの子には本当に殺しの才能がある。でも、人一倍優しかった。転んだ子どもを見かけたら泣き止むまで一緒にいてあげるくらい、良い子なの。そんな子に殺し屋を続けさせたくないの。
だからどうか、どうか。あの子をこんな世界から足を洗って普通の生活を歩ませてほしい。
……いや、これは私のエゴなの。あの子を本当に望む形で生きさせてほしい。」
お願いします、とカウンターから出てきてわざわざ俺たちに頭を下げて来た。正直予想外だった。まさかそこまでするとは。それに、その殺し屋についての情報を伏せるために性別がわかる三人称をわざと使っていなかった。それほど彼、あるいは彼女のことを大切に思っているのだろう。その人の情報をなるべく公安に漏れないようにするために。まあ、そもそも上層部に警察関係者の情報屋を使ってないとバレた時点でこっちが罰則与えられるから、他の公安に言うつもりもないが……。
「計画犯についてなんだけど、詳しくは知らないの。レイも私には教えてくれなかった。
大体、レイの依頼はほとんど私を経由してるんだけど、今回は依頼者が自力でレイに辿り着いたみたい。相当頭が切れる人物みたいね。」
カイコウは申し訳なさそうに言った。
「とりあえず、今回の情報は、計画犯と実行犯。そして、その実行犯である殺し屋の情報ってことで。
対価はレイを助けるってことでよろしく〜」
「えっ!?本当に計画犯について何も知らないのか?」
「知らないって……。」
「えぇーー。」
「文句言っても無いものは無いから、それ行け〜〜!」
そう言ってカイコウは満面の笑みで俺たちをバーから放り出した。情報に対しての対価が大きすぎないか?と思っだが、致し方ない。俺たちは早速、事件の調査を始めたのだった。
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二人がいなくなったバーに穏やかなBGMが流れている。私ことカイコウはくるりと後ろを向き、特定のワイン瓶を決まった場所に置き、ワイン瓶が入った棚を横にスライド移動させた。その奥には、バー店内の半分ほどの大きさの隠し部屋があった。
真っ暗な部屋にはモニターが複数あり、そのモニターにはバー店内の様子が映し出されている。モニター前にはサイズの合わないパーカーとズボンを履いていた人物が座っていた。
こう見るとやはり男か女かも分からない。こっちの世界で活動する殺し屋としては相手に自分の年齢、性別、身長、体型、裏の社会での立ち位置、人間関係などの情報をいかに与えないかが鍵である。
例えばナイフ使いの殺し屋がいたとしよう。その殺し屋と対峙する時に、ナイフ以外にも巧みに拳銃を扱うことが出来ることを隠していたら、不意を突いて攻撃を喰らうかもしれない。このような一発逆転の切り札が相手の隙をつくかもしれない。だからこそ、どれだけ相手に情報を渡さないかが鍵になる。
そんな情報戦のこの世界だからこそ、情報屋は貴重な存在であり続ける。
キャスター付きの椅子の上で軽くあぐらをかき先ほどの部屋での一部始終を見ていたレイは不意に声をかけてきた。
「何のつもり?」
「……何って?」
椅子を回転させてこちらをに目を向けた。モニターが逆光になり、顔が見えなかった。
「惚けるつもりか?なぜ私の情報を彼らに売った。しかも、あんなくだらない報酬で」
「誰にどんな情報を売るかはこっちの自由でしょ。」
「お前のこと信用していたのに残念だ。」
レイはそう言いながらスッと椅子から立ち上がった。フードを深く被っておりやはり表情が見えなかった。
「レイ、私は───」
「余計なことをするな……。」
すれ違いざまに耳元で囁かれたその声は低く、少し怒気を含んでいた。私は少し怯んだが、深呼吸をして、バーの出入り口の取っ手に手をかけた、死の天使と呼ばれる殺し屋の背を見つめた。
「ねえ。本当に辞めないの、殺し屋?」
「辞めないよ。もう私の両手は血に染まってしまった。今更普通の生活を求めることは出来ない。」
レイは冷たくそう言い残し、颯爽とバーを出て行った。その後ろ姿を見つめて、私は手をギュッと握りしめた。
(約束はちゃんと守ってよ……!)
心の中で、先程まで話をしていたあの公安二人組に喝を入れた。




