第十一話 情報の対価
【二章】 公安と情報屋
カクテルを俺たちの前に並べた女性は、カウンターの向こう側にある椅子に腰掛け、足を組んだ。俺たちと対面する形となり、女性はようやく答え合わせを始めた。
「よく分かったわね。
実は、ここのバーに“行くまで”の情報は簡単に入手できるの。この情報屋のモットーは“来るもの拒まず、去るもの追わず”だからね。それに情報っているのは多ければ多いほどいいし。
だから、いろんな人から情報を得るために、バーの場所は積極的に公開しているわ。一見普通のバーだから、警察の人間も証拠不十分で特に手出しして来ないし。
でもね、ただ情報が多すぎるってのも良くないの。多すぎる情報は混乱を生み、主観が入り混じって正しい情報を見失ってしまう。
情報は量より質。重要な情報を正確に入手し、擦り合わせることによって真実に近づき、正解に繋がる。私はそういう考え方で生きてきた。
でも、特に重要性のない情報であったとしても確信を保つためには必要よ。だから私の正体に気づがなかった人はお酒に酔わせて情報を吐かせるの。私からは情報は提供しない。女や酒に簡単に堕とされるような人間に情報なんて渡しても世間様に混乱しか生まないわ。
とりあえず、そうやってここは成り立って来たし、それを成り立たせる力が私にはある。だからこそ成り立っている情報屋でもあるわ。
回りくどいやり方かもしれないけれど、やり方なんて人それぞれなんだから別にいいでしょ。それに、効率性を重視しすぎると考えが凝り固まってしまうわ。実際、私のような情報屋はたぶん世界中探してもいないでしょうね。」
少し自慢げに彼女、情報屋・海溝は喋り終えた。
「改めまして、私は情報屋の海溝。カイコウって呼んでもいいし、たまに“うみ”っていう人もいるわ。まあ好きにしてくれて構わないわ。
どーぞよろしく。」
そう言って差し出された右手を握り握手をした。すると、横から少し拗ねたような声が聞こえて来た。
「……えぇ。さっきから俺のことガン無視じゃん。なんだよ、二人だけの世界に入っちゃってさー。仲間はずれかよ。おれだって分かってたのに」
「あぁ。ごめんなさい!よろしくね、創さん。」
拗ねた神酒にカイコウはオロオロしながら、慌てて両手を差し出し握手をした。お互い軽い自己紹介を終えて、カイコウから俺の携帯電話を返してもらう。それを今度こそポケットに確実に入れてから、本題に入った。
「自己紹介もそこそこにして、そろそろ本題に入りたいんだけど」
「そうね、いいわよ。何かしら?」
カイコウはバーカウンターを挟んで向かい合わせの形で座った。
「“二十代女性無差別連続殺人事件”って呼ばれている事件は知っているよな?」
「えぇ。ニュースではそこまで詳細な内容は流れてなかったけど、被害者は全員二十代の女性だったわね。だけど、証拠がほとんどなくて全然解決していないらしいじゃない」
公安警察もお手上げとはねー、なんて言いながら爪をいじるカイコウに少しイラっとしながらもグッと堪えた。
「そこで、犯人に繋がる情報を洗い出して欲しい。」
「なるほどねえ」
話を聞き終わったカイコウは少し考えてから口を開いた。
「情報屋ってのはね、大体二つのタイプあるの。
ただ、そういう情報が好きで集めている人とお金儲けのために情報を集めている人。
前者の場合、偏った情報しか集まらない分、自分が知りたい情報を詳しく知ることが出来る。こういうタイプの情報屋は大体、情報を提供されたらこちらも情報を提供しなければならない。
後者の場合、幅広い情報を持っており、広く浅く情報を俯瞰することができる。こっちのタイプの情報屋は情報が自分のところに舞い込んで来ることがほとんどないので自身で情報を集めなければならない。その分お金を請求する。
この二つが情報屋のタイプよ。」
俺は少し嫌な予感がした。それとは対照的に、カイコウは満面の笑みを浮かべてこちらを見据えていた。
「さて!ここで問題です。私はこの二タイプのうちどちらでしょう!!」
人差し指と中指をピンと立てて、俺と神酒の前に見せつけた。。
カイコウは、お金を集めて情報を集めるタイプではない。現にさっき情報の収集方法を話してくれた。俺と神酒は顔を見合わせた。
お互い、答えは分かっているが、それが現実になることが怖くて言い出せない。
「分からないー?むずかしいかな?じゃあ特別にお姉さんがヒントを与えてあげましょう!ヒントはさっき言った通り、“情報を提供する人を選別する”だよ!分かったかなー?」
俺と神酒は頭を抱えた。二人ともこんな殺人、つまり人の命が関わってくることの情報の対価となる情報をとてもじゃないか持っていない。情報を持っていなかったら、させられるのはおそらく情報収集。この女のほしい情報のためにどっかの施設に潜入させられるのだろう。
俺たち二人の反応を見たら絶対に取り引きに使えるような情報を持っていないと分かるはずなのに。そんな俺たちの姿さえも楽しんでいます、とでも言いたげな顔でこちらを見ていた。ニコニコと満面の笑みで見つめるカイコウには、情報の対価を渡すまでは逃がさない、という圧を感じる。だが、渋っても仕方がないので、俺たちは観念して素直に言った。
「「前者です……。」」
「せいか〜〜い!!」
ハモった俺たちの声をかき消すが如く正解の宣言をしたカイコウはそれはそれは嬉しそうにこちらを見ていた。
「あれ、あれあれ〜?もしかして持ってないの?情報持ってないの?それじゃあこの情報は渡せないなあ……。残念だなあ。でもしょうがないよね。持ってないものはしょうがないもの!」
「あぁぁ!!もうっ!なんだよ!俺たちは何をしたらいいんだよっ!」
ヤケクソになった俺はカイコウに言い放つ。対してカイコウは、少し真面目な顔をした。
「……私にはあなた達にお願いがあるの。それが今回の情報の対価」
急な改まった様子を見て、本当に真剣なのだと理解した俺たちは少し前屈みになって話を聞いた。
その様子を見て満足したのか、カイコウが口を開いた。




