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夏休みに入ってからようやく、里香は要が本気で自分のことを好きだと知ったらしい。
「なんか、ちゃんと好きで告白してくれたみたい……」
由莉奈の家に遊びに来ると、嬉し恥ずかしと言った様子で報告してくれた。
「よかったじゃん。これで晴れて両想いだね」
「うん、そうなんだけどね? なんか未だに夢じゃないかって思うわ」
「それ本人の前で言ったらたぶん大変なことになるだろうから、言わない方がいいよ」
「う、うん……」
首元からチラリと見えた赤い痕になにをされたのか理解しながらそう言えば、真っ赤になって首元を隠すように手を当てた。
そんな幼馴染の姿に、じくじくと胸が痛みだす。
喜ばしいことだ。祝福してやるべきことだ。だって、ちゃんと好きな人と想いを通じ合わせられたのだから。
そう思いはするけれど、油断すると泣いてしまいそうだった。泣いて、縋り付きそうになる。
私の方を見て、と。私の方を見てほしいと。
でも、突然泣いてそんなことを言えば彼女はきっと驚くだろう。
そしてもし勢いのまま抱えていた感情を全て吐き出してしまえば、気持ち悪いものを見るような目を自分に向けてくるかもしれない。
そんなことにならなかったとしても、今の関係に大きな亀裂が走ることは目に見えていて。
なによりも、可愛くて大好きな幼馴染を困らせたくなかった。
だから耐えなくては。
泣くのは幼馴染が帰ってからだ。
笑え。いつも通りに。大事な人のために、大事な人を悲しませないために笑え。
勇気の無かった意気地無し。
それだけでも最悪なのに、最悪だったのに、両想いになって幸せそうに笑う彼女の顔を曇らせるようなことをするな。
好きな人以前に、大切な幼馴染で妹分で親友なのだ。
誰よりも、それこそ自分よりも、幸せになってほしい人なのだ。
「にしても、ついに鈍ちんな里香にも彼氏ができたか。なんか感慨深いわー」
「ちなみに父さんに彼氏できたってカミングアウトしたら、持ってたお茶碗落として割ってた。母さんは「あらあらー」って笑ってたけど」
「おじさん里香のこと大好きだしね。結婚式になったら絶対号泣するよ」
「号泣はやめてほしいかな」
からからと笑う里香の姿に、私も泣くよと心の中で付け足す。
可愛い可愛い、大好きな幼馴染。
ずっと一緒にいた、大事な妹分。
愛おしい、初恋の人。
「もしも青崎に泣かされたら言いな。どこへだってぶん殴りに行ってやるから」
「やだ、うちの幼馴染様頼もし過ぎる。イケメン! 好き!」
「私も大好きだよ」
「!? 貴重なデレいただきましたありがとー!!」
いつものようにじゃれあって、笑い合って、飛びついてくる里香の体を受け止める。
普段よりも少し長めに抱きしめ続けたことには、きっと彼女は気がつかないだろう。
あんなにも好き好きオーラを出していた彼氏に気がつかなかったのだから。
じゃれるのをやめた後は、ゲームの話やアニメの話で盛り上がり、夕飯前になって帰っていく里香を見送って部屋に戻る。
部屋に入って扉を閉めて――ずるずると背中を扉につけて座り込む。
もう、耐えられなかった。
「っ……ぅ、あ」
ぽたぽたと、透明な雫が落ちてカーペットにシミを作る。
胸が痛くて、苦しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
「……り、か……」
初恋の人の名前を呼ぶ。
何度も何度も、みっともなく嗚咽の混じった声で。
好きだった。どうしようもないくらいに、好きだったのだ。
どんなに不毛で、報われない、辛いだけのものであっても。
木野由莉奈は、佐山里香という一人の女の子に恋していたのだ。
「すきだった、の……。すき……だったんだよ……わた、しも……」
もしも、もしも、もしも。
勇気を出して、一歩踏み出していれば何か変わったのだろうか。
一歩踏み出していれば、彼女の隣に立てたのだろうか。
あまりにも馬鹿馬鹿しいたらればが頭に浮かんでば消えていく。
結局、告白する勇気なんて持てなくて。嫌われたくなくて。今の関係が変わってしまうのが怖くて。
意気地無しで臆病者な自分が、好きな人に好きだと言えないまま終わってしまって泣くしかできない自分が、嫌いで。大っ嫌いで。
帰ってきた母親が、血相を変えて部屋に突撃してくるまで小さな子どものように声を上げて泣いていた。
そうして木野由莉奈の初恋は、想い人に届くことなく終わった。