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八月もあともう少しで終わる。それはつまり、夏休みももうすぐ終わるということ。
涼しい部屋の中、丸テーブルを挟んで対面に座る里香は必死で夏休みの課題と向き合っていた。
読書感想文と国語と世界史の課題はさっさと終わらせていたようだが、残りの教科は八月に入っても中々手をつけず。
あと残り十日で夏休み終了となったところで、ようやく本格的に手をつけだした。
里香ははっきり言って、あまり勉強が得意ではない。
一学期の中間と期末テストはギリギリ赤点回避を成功させていたが、平均点には届いていなかった。
そして現在、まだまだ夏休みはあるのだしと苦手な科目の課題を半分以上放置していた結果、今ひいこらと必死で課題を片付けようとしていた。
せっかく両想いの恋人同士になれたのに、ここ最近のお家デートは課題と向き合う里香の助っ人に徹している。
おかげで彼女が自分の部屋に来ているというのに、甘い雰囲気なんて一切無い。けれどもまあ、これはこれで楽しい。
ちなみに要は夏休みの課題は七月中に終わらせている。彼女の幼馴染である由莉奈も八月の初め頃には終わらせていたそうだ。
「二人に裏切られたー!」と里香は嘆いていたが、別に裏切ってないしなんなら課題は早めに片付けた方がいいんじゃないかと、助言はしていた。
助言はしていたが、まあそれできちんと片付けられるような人間ならば、毎年同じような状況に陥っていないだろう。
「里香、そこの計算式間違ってるぞ。それはそっちを使うんじゃなくて、こっち使って解くんだ」
「まじ? えっ、じゃあこれもここも間違ってるぅぅぅぅぅぅ!」
「あと、ここも間違ってるしここも違う」
「わぁ……ぁ……」
「泣くな泣くな。泣いたって課題は終わらないぞ。始業式まであと八日。残りの課題は科学と英語と」
「やめてぇぇぇぇ……言わないでぇぇぇぇぇぇ……」
ひんひん泣き言を言いながら、指摘した問題をやり直していく姿はなんとも哀れで可哀想だったが、可愛くもあった。
可哀想なのに可愛いと思うのは何でだろうなと、自分の心の矛盾に首を傾げながら課題に取り組む彼女の手助けをする。
そうして里香が要の家に来てから二時間が経過した。ようやく数学が終わり、やっと英語に手を出せる状態になったが、ちょうど昼時になりついでに彼女の腹の虫も盛大に空腹を訴えてきたので一旦昼休憩に。
「昼飯何食べたい?」
「甘いもの……」
「フレンチトーストとパンケーキどっちがいい?」
「パンケーキ……アイスクリームあったらアイスクリーム乗せで……」
「はいよ。フルーツも適当にある物乗っけとくな。それと飲み物は紅茶でいいか?」
「のっけてぇ……。紅茶はミルクティーにしてぇ……」
「じゃ、作ってくるからちょっと待ってろ」
リクエストを聞いた後キッチンに行ってパンケーキを焼き、アイスクリームとキウイやブルーベリーにオレンジその他数種類のフルーツをたっぷり乗せ、ミルクティーを淹れる。
トレイにそれらを全て載せ、部屋に運んで昼食となった。
「おいしぃ……おいしぃよぉ……甘さが染み渡るぅ……!」
「明日はフレンチトーストにするか?」
「お願いしますぅぅぅ!」
「めっちゃ食い気味に返事するじゃん」
「要君が作る料理もお菓子も美味しいのがいけない」
「そうか。ありがとう」
ちょっと涙目になりながらも幸せそうにパンケーキを頬張る彼女の姿に、釣られて笑いながら少し溶けたアイスクリームの乗ったパンケーキを口に運ぶ。
昔は甘い物はそれ程好きなわけではなかったが、里香があんまりにも幸せそうに、美味しそうに食べているのを見ていたら、いつの間にか自分も甘い物を好きになっていた。
彼女といると、好きな物が増えていく。
料理もお菓子作りも彼女のためを思って作ると楽しくて、好きになって、今やもう趣味と言えるレベルにまでなっていて。
彼女と、里香と過ごしていると、好きな物が増えていく。
楽しい時間が増えて、会えない時間が寂しくて、些細なことで喜びを感じて、何気ないやり取りに嬉しい気持ちになって。
全部、全部、初めてだった。
こんなにも幸せな気持ちを抱くのは、抱かせてくれる人と出会ったのは、初めてだった。
「ごちそうさまでした! お皿洗いやらせていただきやす!」
「おそまつさまでした。大人しく課題と向き合え。ジュース持ってくるわ」
「ひんっ」
彼女と出会ってから、ずっとずっと埋まらなかった何かが埋まっていくのが分かる。
ずっと寒いような、冷たいような感じだった胸の奥底が温度を取り戻していく感覚があって。
きっともう自分は、彼女無しでは生きていけない。
「そうだ、夏休みラストまでに課題終わったらどっか遊びに行くか?」
「えっ、行きたい! めっちゃ行きたい! 今年海は行ったけど川には行ってないから川遊びしたい!」
「んじゃ、頑張って課題終わらせような。じゃないと遊びに行けないぞ。マジで」
「………うす、頑張りやす」
けれど、それでいい。それで構わない。
だってこの先彼女以上に好きになれる人も、愛して大切にしたいと思える人も、きっといないだろうから。