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里香と付き合い始めてから、要は多くの元遊び相手たちとの関係を清算したし、彼女がいると知っていても告白してくる女子生徒たちにそう言うのはやめてほしいと伝えていた。
昔とは違って今要は大本命たる彼女一筋だった。だというのに、この前勘違い女の暴走でその彼氏に喧嘩をふっかけられたのである。
幸い里香が浮気を疑ってくることはなかったけれど、内心かなり慌てた。
校内で流れている噂の一部は本当なので、愛想を尽かされてしまったらどうしようかと。
こういう時、要は自分の容姿が嫌になることがある。
これのせいでストーカーみたいなのがいたこともあるし、髪の毛や血を入れた食べ物を渡されたこともある。
勘違いした女に彼女面をされて迷惑を被った回数は両手の指では足りない。
遊んだことのある女子たちが、「要はあたしのものなのよ!!」などと言って口汚く互いを罵り合いながら、拳が交差し合うキャットファイトを行なっている場面なんかも見たことがある。
人をモノ扱いするなと言いたかった。もちろんそんな遊び相手たちとは早々に縁を切った。
ただ目に付いて誘っただけの連中だったし、そもそも一日限りの関係だと初めから言っているはずなのにどうしてこう、後から面倒なことを言ってくるようになるのか。
そういう色々と面倒な連中のことを知っているため、要は里香の周りの女子生徒たちに対して警戒し、なにかしようものなら徹底的に叩き潰すつもりだった。
ある日の放課後。
里香は用事があるとのことで、日直だった要は仕方なく今日は別々で帰ることになった。
日誌を職員室に持って行き、さあ帰ろうと職員室から出て靴箱の所に行くと、靴箱の前で固まっている女子生徒にスマホを向けていた里香の幼馴染である木野由莉奈が、こちらに気がついて軽い調子で声をかけてきた。
「青崎じゃん。やっほー」
「お前なにしてんだよ」
「里香の上履きに画鋲突っ込んでる奴がいたから、証拠写真撮ってた」
「……もしかして、張り込んでたのか?」
「大事な幼馴染がいじめられそうになってるんだから当たり前じゃん?」
そう言ってくすくすと笑う彼女の姿は妖艶で、なんとも言えない色気があった。
女子高生が出していい色気じゃない。
由莉奈とは去年同じクラスだったけれど、いつもぼんやりと窓の外を眺めているイメージしかなかったので、初めて里香と一緒に歩いているのを見た時、まるで別人のように表情豊かだったので驚いた記憶がある。
里香曰く、彼女は身内に対してだけ甘いらしい。身内以外には基本塩対応だそうだ。
「わたしもちょくちょく塩対応されてますけどねー! でもそういうとこもいい! すき!!」と、時々嘆いているのか喜んでいるのか分からない反応をしていた。
けれど、言葉の節々に幼馴染のことが大好きだという気持ちが溢れていた。
その時のことを思い出し少し複雑な気持ちになった時、ハッとしたように先程まで固まっていた女子生徒が助けを求めるように要の方を見る。
「か、要くん! これは違うの! あたしはただその、その人が要くんの彼女の靴に画鋲を入れてるの見たから、それで画鋲を取り出してただけなの! 信じて!」
「普通に信じられねえんだけど。写真まで撮られてるくせになんでそんな言い訳できんだよ?」
「そりゃあ青崎が好きな子をいじめたら、嫌われるって分かってるからでしょ。……なのにこんなことするなんて馬鹿だとしか思えないけど」
「ほんとそれな」
見苦しく言い訳をする女子生徒に、由莉奈と共に冷ややかな眼差しを向ければ、女子生徒は顔を真っ青にして「ちがう、ちがうの!」と繰り返す。
それを綺麗に無視して、要は由莉奈に証拠写真を自分のスマホにも送ってくれと頼み、快く承諾してくれた彼女にアドレスを教えて写真を送ってもらう。
そして写真の中にあった目の前の女子生徒の悪事を捕らえた写真を見て、うわあと引いた声を出した。
「気持ち悪い笑顔浮かべながら画鋲入れてんじゃん。女子がしていい顔じゃねえだろ。きっしょ」
「動画もあるよー」
「マジかよ。そっちもくれ」
ピロリンと、手にしたスマホが鳴る。
送られてきたメールに添付された動画を開けば、「要くんの彼女になれたからって調子に乗ってんじゃないわよ」と言いながら、画鋲を里香の上履きに入れている女子生徒の姿がはっきりと映っていた。
「かなり距離近いな」
「夢中になって画鋲突っ込んでたからね。結構近づいても気づかれなかったんだよね」
「馬鹿じゃん」
動画を見ながらけらけらと笑えば、絶望しきった顔で女子生徒が膝から崩れ落ちる。
しかしその姿にもう一瞥もくれることなく要は由莉奈に礼を言って、証拠を提出する時は自分も連れて行けと約束させて、里香の上履きから画鋲を全て取り出し家に帰った。
それから数日後。
件の女子生徒以外にも複数人の女子生徒が転校、または不登校になったらしいと。そんな噂を耳にした。