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今まで彼女ができても、自分の部屋に上げたことはなかった。
所詮はただの遊び相手を自分のテリトリーに入れるという行為が嫌で、そういうことがしたい時は相手の部屋でしていた。
だから初めてのお家デートで、彼女である里香が自室へと足を踏れるのを柄にもなく緊張しながら見つめる。
「青崎君の部屋綺麗だなあ。しっかり片付けてるし」
「……別に普通だよ」
キョロキョロと物珍しそうに部屋を見渡してそう言った里香に、ちょっと返事が遅れてしまった。
彼女にバレないよう小さく深呼吸し、緊張のせいで早鐘を打つ心臓を宥める。
「前に里香が気になってるって言ってた漫画置いてあるけど読む?」
「ほんと!? 読む読む!」
「そこにある本棚に入ってる。今出てる分全部揃ってるぜ」
「マジか! やったー!」
緊張を悟られないように気をつけつつ漫画を見せれば、ぱあっと明るい笑顔を見せる彼女に自然と笑みが浮かぶ。
漫画の話題が出た時にネットで全巻買い揃えてよかったと内心にっこり。
「里香ってゾンビゲームとかするか?」
「するよー。ヘッタクソだけど」
「じゃあやろうぜ。ちなみに、ゾンビーズハザードのシリーズ揃ってるけどどれやりたい?」
「マジでぇ!? え、青崎君結構なゲーマー?」
「まあまあ」
「マジかー! じゃあ漫画最新刊だけ読んだらやろやろ!」
「ポテチとコーラは?」
「いるー!」
そうして漫画を読んで、一緒にゲームをしていれば最初に抱いていた緊張は彼方へと消え去り、彼女が部屋にいるのが自然なことのように思えていた。
会話のテンポも合っていて、ふと訪れる沈黙も全然気まずいとは思わない。
それがとても特別なことのようで、心がふわふわとする。
好きな子と一緒にいることがこんなにも幸せなのだということを、今日一日でこんなにも感じる。
他にも置いてある漫画を読んだり、ゾンビを殺しまくった(里香は殺されまくってた)後は別のゲームで遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎて夕飯時になる。
せっかくだからと夕食を食べていかないかと誘えば、「青崎君のご飯美味しいし、今日家誰もいないから迷惑じゃなかったら喜んで!!」と、嬉しそうに言った。
そんな風に言われてしまえば、腕によりをかけて作らねばなるまいと、冷蔵庫にあった食材を頭の中でリストアップする。
それから里香のリクエストを聞いて、料理を作ることにした。
夕飯を作る時は里香も手伝ってくれた。若干手つきが覚束なかったが、そんなところも可愛いなぁと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。
そうしてできあがったのはペペロンチーノと、コンソメスープにオムレツ(里香のリクエスト、他はお任せ)、それとサラダ。デザートには昨晩作っておいたカスタードプリン。
食べる時は隣同士の席で、最近ハマっているアニメの話や、好きな漫画の話しをしながら和やかに食事をする。
その日の夕飯は、いつも食べる夕食よりもずっとずっと美味しく感じた。
夕飯を食べ終え、少し駄弁ってから里香は帰っていった。
また明日と、笑顔でそう言って。
ポツンと一人、広く静かなリビングで先程まで彼女と一緒に夕飯を食べていたテーブルを見下ろす。
自分以外には誰もいない。この後はテレビを見たりゲームをして適当に時間を潰して、シャワーを浴びて、明日の授業に必要な物を用意して寝る。
両親はまだ帰ってこない。今日も夜まで仕事で、夕飯は外で食べてくる。一緒に食べたことなんて数える程度。
会話をしないどころか、おはようもおやすみも言い合うことがない。どこまでも冷め切っている関係。
それが普通で当たり前。だから、なんとも思わなかった。今までは、家の中で一人になっても何も思わなかった。
自分以外誰もいないことを寂しいなんて、一度も思ったことは無かったはずなのに。
「……早く明日になんねーかな」
隣に彼女がいないことが寂しくて、一人この無駄に広い家にいるのは虚しくて、冷たい風が吹いているかのように胸の奥が寒い。
こんなにも自分は寂しがり屋だっただろうかと自嘲して、早めにシャワーを浴びて寝てしまおうと、リビングから出て着替えを取りに行った。