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第三話 アストラル製薬での検査

 研究所の車で移動中、父さんは電話で仕事の指示や相談をしなければならないので、運転はいつもの秘書さんではなく、なぜか山下さんが担当している。おそらく、彼が自分から申し出たのだろう。

「あたしは本当にお兄ちゃんかどうか知りたいんだから」と、紗希も当然という顔で同乗している。


 車が走り出してしばらくすると、後部座席――普段は父さんが座っている席――から、隣に座っている紗希がちらちらとボクを見てくる。

「やっぱり女の子のボク、気になる?」

 そう問いかけると、紗希はすぐに目をそらし、少し頬を赤らめて言った。

「べ、別に見てないし……」

 その様子が、どこかかわいくて、思わず苦笑が漏れそうになる。


 そのあと、紗希はいつものブラコンモードに戻り、話し始めた。

「いや……うん、気になる。目と髪の色は元のままだし、ちょっと癖があって短かった髪が、今はストレートのショートボブになってるし、女の子になっちゃったのに、いつも通り冷静なのは変わらないしね……ふふっ」

「なんだよ?」

「ううん、あのカッコいいお兄ちゃんがこんなにちっこくてかわいくなっちゃったなんて、まだ信じられないけど、中身はやっぱりお兄ちゃんだな〜ってさ」

「ありがと」

 その言葉に、どこか照れくさい気持ちがこみ上げてきた。

 紗希は、ボクの変化を少しずつ受け入れ始めてくれているようだ。これからは温かく見守ってくれると、心の中で感じた。


 出発前に山下さんから聞いた説明によれば、研究所へのルートは、首都高速神奈川一号横羽線、国道一六号、東名高速を経由し、御殿場ICから富士五湖道路を進み、山梨県南都留郡忍野村のアストラル製薬中央研究所まで――初めて聞く地名に少し戸惑ったが、約一時間半の長旅だということだけは分かった。


 うちの家族はめったに車で移動することがなく、普段車を使うのは父さんくらいだ。

 車酔いしないかな……車に乗り慣れてないから少し心配になる。この新しい身体――女の子――ではどうなんだろう。

 昨夜は途中で身体が痛くて目が覚めたせいで、少し睡眠不足だ。不安や緊張感もあるけれど……まあ、この高級車は揺れがほとんど感じないから、大丈夫だろう。



 途中、海老名サービスエリアでトイレ休憩。

 そういえば、朝からトイレに行っていないし、ボクは女子トイレに入っていいんだろうか……?

 男子トイレに入るのは問題だし、女子トイレに入るのは心理的にもかなりつらい。トイレを我慢するわけにもいかないし、どうしようかと考えていると、紗希が先に降りて、「トイレ行くよ、お兄ちゃん」と手を伸ばしてくる。

 気を利かせて、女子トイレに連れて行ってくれる。

 本当に、よくできた妹だ……。手を繋いで歩いている二人は、きっと周りから見ると、ボクのほうが妹に見えるんだろうな。


「トイレ終わったらペーパーをあてるんだよ。絶対こすっちゃダメだからね」と、小声で教えてくれる。

「え? あ、そうか……」

 納得した。身体的な構造のことを言っているんだな。


 なんとかトイレを失敗せずに済ませ、紗希と二人で男子トイレ付近で父さんと山下さんを待っていると、電話をしながら父さんが出てくる。

 時計を見ているから、おそらく到着時刻を伝えているんだろう。


 サービスエリアを後にして、再び中央研究所を目指して車が走り出す。

 道が次第に山間部に差しかかり、坂道やカーブが多くなってきた。周りは緑に囲まれ、木々の隙間から黄色い建物がちらりと見える。


「なんかここって、樹海っぽいよね」と、紗希がつぶやく。

「はい、中央研究所は青木ヶ原樹海の一部に位置しています。ちなみに、研究所への道は『ファナック通り』を通りますが、ここも樹海の一部なんですよ」と、山下さんが説明する。

「じゃ、そろそろ着くのね? もう疲れちゃった」と紗希が不満げに言う。

「もう少し先を左折すれば、すぐですよ」と山下さんが答える。

「疲れるの早すぎない?」軽く返すと、紗希はぷいっと横を向く。

「でも樹海って国有地なんじゃない?」と、ふと思い出して質問してみる。

 すると、父さんが答えてくれた。

「青木ヶ原樹海は富士箱根伊豆国立公園内だけど、私有地もあるんだ。そこにアストラル製薬中央研究所があるんだよ」と。


 話しているうちに、ようやく目的の建物が見えてきた。窓のない、三階か四階建てのコンクリート打ちっぱなしの建物だ。

「着きましたよ。お疲れ様です」と山下さんが車を停める。

「ご苦労様」と父さんが山下さんに声をかける。

「お疲れさまでした」山下さんが返す。

「あ〜肩凝った〜」と紗希が不満をこぼす。

「紗希、何にもしてないでしょ」呆れて言うと、紗希はぷいっと横を向いた。

「お兄ちゃんこそ、何もしてないで途中グースカ寝ちゃってたじゃん」と、紗希が反撃する。

「仕方ないだろ、この身体やたら疲れるし」

「それはたぶん、女子化するのに体力を使ったからじゃないかな」と、父さん。

「なるほど」と、妙に納得しみんなでエントランスに向かう。


 エントランスは二重ガラス扉で、内側の扉付近には無人の受付電話が設置されているだけだった。

 父さんが内線をかけ、しばらく待機していると、白衣を着た男性――おそらく医師だろう――が出迎えてくれた。

「久しぶりですね、北条さん」

「ご無沙汰してます、一条教授」と、父さんが笑顔で応じる。

「えっと、どちらが……」と、教授が尋ねてくる。

「あ、ボクです」と自己紹介する。

「息子の楓太と申します」

「その妹の、紗希です」

 紗希は「妹」を強調して自己紹介をするが、どう見ても――いや、どう見なくても――ボクのほうが妹に見えるよな、と思った。

 さすがに口には出さなかったけれど。



「では、しばらく控え室でお待ちください」と、一条教授に案内され、大きな革張りのソファに座った。


 十分ほど待っていると、教授が戻ってきて、「では、楓太さんだけついてきてください」と言った。

「え、ボクだけですか?」

「えっ?」紗希も驚いて声を上げる。

「申し訳ありません。ここは医療機密が多い施設ですので……」


「わかりました。楓太、行ってきなさい」と父さんが促す。

「は、はい」

 少し戸惑ったけど、一条教授の後後を追い無機質な廊下を歩く。

 なんだか妙に静かだなと思う。窓もなく、ドアが並んでいるだけの廊下が続いている。やがて、左手に『MRI室』の表示が見えてきた。


「楓太くんは見た目は女性だけど、医学的・生物学的にはまだ確認が取れていないんだ。今回はMRIで精密検査を受けてもらい、それが済んだら採血をするからね」

「はい……」


 検査で自分の身体が男か女か、はっきり分かるのだろうか。心の中では男だと思っていても、なんだか不安がぬぐえない。

「では、楓太くん、こちらへ」

 そう言われ、手前の更衣室に案内された。


 中には若い女性の看護師が待機していた。

「検査着に着替えてください。ブラとパンツは着けないでくださいね。あと、アクセサリー類も外して、スマホや貴重品は……あ、持ってないですよ。ロッカーに入れて、ナンバーロックで施錠してください」

「はい、大丈夫です」


 着替えると、ブラもパンツも着けていないせいか、なんだかスースーする。更衣室を出て、看護師さんに案内されてMRI室へ向かう。中に入ると、そこには大きな機械が待っていた。

「では、台の上に仰向けに寝てくださいね」と看護師さんが言う。

「はい」


 MRIの台に横になると、耳元のスピーカーから一条教授の声が聞こえてきた。

『では、検査を始めます。閉所恐怖症はありませんか?』

「はい」

『全身MRIによる検査で、所要時間は約一時間です。大きな音がしますが、痛みはありません。途中で息を止める指示がありますので、その時は従ってください』

「はい」

 大きな音がするらしい。まぁ大丈夫だろう。ちょっと緊張するけれど、耐えられるはず。


『緊急用のコールボタンを受け取ってください。気分が悪くなったり、咳が出たりしたら、すぐに押してください』

 コールボタンを受け取り、看護師さんが「リラックスしてくださいね」と言って退室した。

『では、検査を始めます――』


 しばらくすると、機械の回転音が工事現場のように響き渡り、耳元まで届く。予想以上に音が大きくて少し身じろぎしてしまったけれど、何とかじっとしている。


 それからおそらく一時間ほど、指示に従って息を止めたり、うつ伏せになったりして、検査は無事終了した。


『お疲れ様でした。ゆっくりと起き上がってください。気分は大丈夫ですか?』

「はい、大丈夫です」

 特に体調に異常はなく、しばらく仰向けに寝ていた。

 大丈夫そうなので、ゆっくりと起き上がった。

『では、看護師と一緒に別室へお願いします』

 きっと、これから採血だろうな。


 MRI室を出て、隣の小さな部屋に案内されてベッドに座るよう指示された。待っていると、看護師さんが「右手と左手、どっちの方が血管が出やすいかしらね」と、両肘の内側をじっと見つめる。

「あら、色白でうらやましいわね~私なんて地黒だから……あ、ここなら採血できそう。じゃ、左手の親指を中に握って、下に向けて二、三回グッパーしてね。はい、一ミリリットル採りますね。ちょっとチクッとしますよ~」

「はぃぃ~」

 注射は嫌いだ……。

「はい、終わり。じゃ、着替えて教授についていってね。忘れ物しないでね~」痛みも感じることなく、あっという間に採血が終わった。


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