第二十二話 わたし今があってよかった!
バレンタインデーが過ぎると、二学期の期末テストの時期がやってくる。わたしは少し焦ってテスト勉強に取り組んでいた。学校では、期末テストの話題が飛び交い、みんなそれぞれ忙しそうだ。
「楓さん、勉強進んでますか?」
昼休み、安藤さんが少し心配そうに声をかけてきた。
「うん、なんとかね。梓も勉強忙しい?」
少し笑って答えた。
「はい。ちょっと気が抜けないですけど、頑張りますね」
安藤さんは静かに微笑んだ。その表情を見ていると、わたしも少し力が抜けて、勉強に集中できる気がした。安藤さんの存在が、なんだか支えになっている気がする。
期末テストは上位とは言えなかったけれど、なんとか乗り越えた。結果としては二学期の欠席の分、補習を受けることになったけれど、それでもホッとした気持ちでいた。
期末テストが終わり、しばらくしてから紗希が教室に入ってきた。わたしを見つけると、すぐに近づいてきた。
「お兄ちゃん、これから補習だけど、頑張ってる?」
紗希はちょっとからかうように言ったけれど、目はどこか真剣だ。
「うん、なんとかね。紗希の後輩にはなりたくないからね〜」
少しだけ苦笑いを浮かべて答えた。
「大丈夫だよ〜 お兄ちゃんはやればできる子だから」
紗希は笑って言った。
*
三月上旬になると、卒業式や入学式の準備が始まり、学校に来る日が少なくなった。
それでも、授業時間はしっかり六時間目まである。
わたしは補習でなんとか挽回しようと、頑張っていた。
「お疲れ様です、楓さん」
補習の後、安藤さんが声をかけてくれた。
「ありがと、梓。本当に助かってるよ」
安藤さんは補習の勉強を見てくれている。
その優しさに、素直に感謝の気持ちを伝えた。心の中では、もっと素直になりたいと思うけれど、どうしてもそれがうまくできない自分がいる。
そして、わたしは二年生に進級できることを担任の先生に告げられた。
補習を乗り越えたおかげで、なんとか進級できることが分かり、ホッとした気持ちでいっぱいだった。
「二年生かぁ……なんだか、ちょっとドキドキするね」
お弁当をみんなで食べながら、ふと呟いた。
「はい、わたしもです。でも、みんながいるから大丈夫ですよね」
安藤さんは少し安心したように言った。普段、あまり自分の気持ちを表に出さない彼女が、こんなふうに本音を口にするのは少し意外だった。
「そうだね。山崎さんや太田さんもいるし」
つられるように答えた。
すると、紗希がぽつりと呟いた。
「わたし、お兄ちゃんと同じクラスになりたいな……」
その声は小さくて、どこか寂しげだった。
「どうして?」と聞き返すと、紗希は少し目を伏せて言った。
「だって……同じクラスなら、もっと一緒にいられるし、何かあったときすぐにお兄ちゃんを助けられるでしょ?」
その言葉に、わたしは何も返せなかった。
*
「楓さん、次の一年も一緒に頑張りましょうね」
終業式を終えた後、安藤さんが少し照れたように言った。
「うん、そうだね。みんなで頑張ろう」
わたしはしっかりと答えた。安藤さんの言葉が、少しだけ胸に響いた。
三人で坂道をくだって黄金町駅に向かっているとき、ふと紗希が立ち止まり、わたしを見つめて言った。
「新年度も、よろしくね。おに……じゃなくって、お姉ちゃん!」
その言葉には、どこか不安げな響きがあったけれど、『お姉ちゃん』という呼び方を受け入れたように感じた。
その視線と言葉に少しだけたじろいだけれど、しっかりと答えた。
「うん、よろしくね!」
その瞬間、心がほんのり温かくなるのを感じた。紗希の言葉には、どこか安心感があって、自然と笑顔がこぼれる。
気づけば、安藤さんや紗希、みんなと過ごす時間が心から大切だと思えるようになっていた。
わたしは少しだけ深呼吸をしてから、紗希と安藤さんに向けて少し強めの声で言った。
「ありがとう、わたし今があってよかった!」
その言葉に、紗希も安藤さんも驚いたように目を丸くしていたけれど、すぐに柔らかな笑顔を見せてくれた。
新しい一年が始まる。紗希や安藤さん、そしてみんなとの時間は、これからもきっと続いていく。
自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。それは女の子としての自分を受け入れ、仲間や家族を大切にしたいと思う気持ち……それは自然の流れなんだろう。
わたし……いや、わたしたちの物語は、まだまだ続く。その一歩一歩が、みんなとの未来へとつながっていく。
Fin.




