第二十一話 バレンタインデー
バレンタインデーの朝、リビングには朝日が差し込んでいた。
紗希が差し出してくれたチョコは、小さなリボンで飾られた可愛らしい箱に入っていて、どこか家庭的な温かさを感じさせる。
「お兄ちゃん、これ。今年は特別だから」
「ありがと、紗希」
箱を受け取ると、ふと視線を上げた。すると、紗希が少し照れたように笑っていて、その様子がなんともいじらしかった。
「お兄ちゃん、これからも一緒にいようね」
その言葉に、嬉しさと少しだけ寂しさが混じった。これからも一緒にいられるはずなのに、なぜか心の奥が少しだけ揺れる。それでも笑って答えた。
「もちろん、ずっと一緒だよ」
*
放課後、学校からアルバイトへ向かう。
最近は安藤さんと二人でいろんなルートで研究所に行っている。今日は西戸部一丁目から市営バスに乗り、ぴあアリーナMMで降りる道順を発見し、行きのバス停まで歩いていた。
春とはいえ、夕方の冷たい風が頬を撫でる中、安藤さんが少し静かだと気づいた。
「これ、受け取っていただけますか?」
安藤さんは恥ずかしそうに小さな箱を差し出した。深い青色のシンプルな包装がされていて、紗希のチョコとはまた違った大人っぽい雰囲気だった。その箱を受け取った。
「ありがとう、梓さん。でも、どうして?」
安藤さんは顔を赤らめ、少し照れながら答えた。
「……恋人ですから、ちゃんと渡したかっただけです。でも、少し恥ずかしくて……」
安藤さんがチョコを渡してくれた時、わたしの手をそっと握って「楓さんと恋人でいられて幸せです」と囁いた。
その一瞬、心がふわっと軽くなって、「わたしも梓さんと一緒にいられて嬉しい」って自然に言えてた。
「大好きな人に渡すのって、こういう気持ちなんだなって初めて思いました。楓さんに渡せて、すごく嬉しいです」と梓は少し照れながら言った。
その言葉に、思わず笑顔を浮かべて箱を見つめた。安藤さんらしい控えめな気遣いが感じられて、胸が温かくなった。
「嬉しいよ、梓さん」
安藤さんは照れくさい笑顔を見せ、少し顔を背けた。そのあと、少しだけ甘えたように、小さい声で言った。
「もうわたしたち恋人ですから、梓さんじゃなく、梓って呼んでください」
その言葉に、わたしは胸が高鳴り、自然とうなずいた。
「うん、わかった。梓」
「それで……楓さん。紗希さんからチョコ、いただきました。ちょっと驚きました」
「え、紗希が?」
「はい」
「梓は紗希に渡したの?」
「ええ、渡したら喜んでもらえました」
安藤さんは優しく微笑んだ。その表情に、どこか安心感を覚えた。紗希も安藤さんも、二人とも大切な存在であることを改めて感じる。
紗希が喜ぶ顔を想像するとほっとする一方で、安藤さんの照れた姿を見ると、心が静かに揺れるのを感じた。
「わたしも、来年はもっとちゃんとしたものを渡したいな、と思ってます」
その言葉に、わたしは思わず顔を上げた。安藤さんがどんなものを渡すつもりなのか、気になったからだ。
「来年?」
「はい、来年もまたチョコを……しっかり準備しておかないと」
少し照れたような口調に、心臓がちょっとだけ早く鼓動を打つ。
二人と迎える来年のバレンタインは、どんなものになるのだろう――そんな想像がふと浮かび、心が温かくなった。




