第十九話 想いの交錯
翌日、アルバイトの作業が一段落し、休憩していた。窓から差し込む夕焼けの光が、研究室の中を紅く照らしている。まだ立春前で外は寒いけれど、夕日で部屋は温かく、つい眠気に誘われて少しぼーっとしていた。
ドアをノックする音がして、誰かが入ってきた。
「楓さん、休憩ですか?」
その声を聞いて少し驚いたけれど、眠気が一気に飛んだ。顔を上げて、うなずく。
「うん、ちょうど休憩してたとこ」
安藤さんが部屋に入ってきて、少し立ち止まった。わたしは、昨日のことを思い出し、心の中で整理をつけて話を切り出した。
「昨日、紗希と話して、自分の気持ちを整理してみたんだ。やっぱり、安藤さんのことが好きだって気づいた……その……恋愛対象として」
安藤さんは少し目を輝かせた。
「楓さん、そう言ってくださるのを待っていました。私も、楓さんのことが好きです。支えるという気持ちだけではなく、恋人として一緒にいたいと思っていました」
わたしがそう言うと、安藤さんは少しだけ近づいてきて、手を握ったまま目をそらさずに見つめてきた。その距離が、なんだか恋人らしいって感じて、胸がぎゅっと締めつけられた。安藤さんの気持ちがしっかりと伝わってきて、ようやく心の中で整理がついた気がした。少し照れくさいけれど、その気持ちを隠すように微笑んで、言葉を続けた。
「ありがと、梓。これからも、ずっと一緒にいてあげる」
その言葉に安藤さんは少し顔を赤くし、嬉しそうに微笑んで手を伸ばしてきた。
「はい、ずっと一緒にいさせていただきますね……でも、楓さんはちょっと照れ屋さんですね」
その言葉に、わたしは思わず顔を赤くし、手を握り返す。
「う、うるさいな……」
わたしと安藤さんは、夕焼けの光に包まれた研究室で、静かな時間をともにした。
*
次の日の昼休み。
いつものように山崎さんと太田さんとお弁当を広げていると、安藤さんが教室に入ってきた。
「楓さん、こんにちは。お昼、ご一緒してもいいですか?」
安藤さんが控えめに声をかけてきた。
「いいよ〜」と答えると、安藤さんは軽く会釈して、わたしたちの席に加わった。
四人でおしゃべりしながらお弁当を食べていると、山崎さんがちらっとわたしと安藤さんを見て、ニヤリと笑った。
「ねえ、楓さん。梓さんと、なんかいい感じじゃない?」
「えっ、そ、そんなことないよ!」
慌てて否定するわたしに、山崎さんは腕を組んで得意げに言った。
「いやいや、バレバレだし〜 二人ともなんか雰囲気が違うもん。それに、わざわざ楓のところに梓が来るなんて、絶対付き合ってるよね〜?」
「女の子同士だけど、楓さんと梓さんってほんとラブラブだよね」と太田さんが笑った。
「うん、二人見てると癒される〜」と山崎さんも頷いて、百合カップル認定モードになった。
わたしは顔が熱くなってきたのを感じた。どう返事をしたらいいか迷っていると、安藤さんが少し照れながら、落ち着いた口調で言った。
「はい、楓さんとお付き合いさせていただいています」
その一言で、山崎さんと太田さんの目が丸くなり、ぱっと笑顔になった。
「うわ〜、お似合いじゃん! 楓さんと梓さん、ほんといい感じだよ!」
「楓さん、かわいいし、梓さんは優しいから、絶対素敵なカップルだよね!」
太田さんも興奮気味に話す。
そんな二人の反応に、わたしと安藤さんは顔を見合わせて、苦笑いするしかなかった。
周囲の生徒たちが気づき始め、ちらほらとこちらに視線を送ってきた。
「え、楓さんと梓さんって付き合ってるの? すごいニュースじゃない?」
「でもさ、楓さんって元男子で、えっと……紗希さんのお兄さんなんでしょ?」
「うん。それにたしか梓さんって、女の子が好きって聞いたような……」
「それで楓さんとカップルって、なんか特別感あるよね」
「うんうん。でも楓さんって、今めっちゃかわいいし、梓さんも美人だから、普通にお似合いじゃん!」
「たしかに。見てるだけで癒されるカップルって感じだよね」
ざわざわとした雰囲気が広がる。
廊下を歩いていた紗希が、わたしたちの教室をちらりと覗き込む姿が視界の端に入る。
トイレから戻る途中だったのだろうか。ざわめきに気づいた紗希は足を止め、じっとこちらを見ている。
その表情には、一瞬だけ複雑な色が浮かんだように見えた。
わたしと目が合うと、紗希は眉をひそめ、何か言いたげな様子だったけれど、結局そのまま教室に入ることなく、すっと自分の教室へと戻っていった。
そのうしろ姿を見送ったけれど、何とも言えない胸のざわつきを覚えた。
「紗希、見てたね」と山崎さんが気づき、小声でわたしに耳打ちしてきた。
「もしかして、お兄ちゃんのこと、心配してるのかな?」
「そ、そうかな……」とわたしはぎこちなく笑って返したものの、紗希の視線が胸に突き刺さった気がして、思わず目をそらした。何か言いたげな様子の表情が、どうしても気になってしまう。
安藤さんは紗希に気づいた様子もなく、わたしにだけそっと目を向けた。
「何か気になることがあるんですか? 無理はしないでくださいね」
その柔らかな声に少し気持ちが和らぐ。
「うん、平気」と小さく答えると、安藤さんは一瞬だけ考えるように見つめてから、ふっと微笑んだ。
昼休みが終わるチャイムが鳴り響くと、安藤さんは静かに立ち上がり、「では、また後で」と軽く頭を下げて、自分の教室へ戻って行った。
紗希の複雑な表情と、安藤さんの穏やかな声を思い返し、胸の中のざわめきをどう整理すればいいのか分からないままだった。