第十五話 復学の朝
年が明け、明日から三学期が始まる。
復学の手続きを済ませるため、父さんの運転で一緒に学校へ向かった。
新学期が始まる前に、担任の先生や学年主任、生活指導の先生と顔を合わせるためだ。
まずは事務室に向かう。
「楓太、ちょっと待っててな」
父さんがそう言い、『わたし』はドアの前で待つことにした。
少し不安を感じたけれど、どうすればいいのかよく分からない。
父さんが手続きを進めている間は、少し離れた場所で待っていた。
学校の雰囲気は懐かしいけれど、どこか違う感じがして、落ち着かない。
そのあと、父さんと一緒に担任の先生がいる職員室へ向かう。
扉を開けると、先生がこちらを見て、驚いた表情を浮かべた。
「えっと、楓太くん? だよね?」
担任の先生は少し戸惑い、そして言葉を選んでいる様子だった。
「はい、今日からわたしは、『楓』です」と答える。
少し緊張し、そう言った。
「そうか、楓さんか……」
先生は少し驚いたように見えたけれど、すぐに話を切り替えて、
「それで、年末にお聞きしていた復学のお話ですね?」
と、父さんと話し始めた。
父さんが簡単に状況を説明すると、先生は「なるほど、わかりました」と言い、少し笑顔を見せてくれた。
次に学年主任の先生と生活指導の先生に会う。
学年主任の先生は、わたしを見て「おかえり」と言ってくれたけれど、少し戸惑っているように見えた。
「復学できてよかったね。でも最初はちょっと大変かもしれないね」と、生活指導の先生は優しく言った。
「はい、ありがとうございます」と答える。
その言葉がどう響くのかは分からなかったけれど、少し落ち着いた気がした。
「楓さん、これからしばらくはクラスで過ごすのは難しいかもしれない。身体が男から女に変わったこと、それによって他の生徒への影響も考えられるから。あなたの状況を考慮して、保健室で過ごすことにしましょう。無理せず、少しずつ慣れていきましょうね」
その言葉を聞いた瞬間、少し安心した。
自分のペースで過ごせるというのは、やっぱり大きな安心感だった。
それから、出席日数が足りないことや勉強の遅れがあるかもしれないことについても話された。
「補習を受けて、無理なく進めていきましょう」と先生が言った。
これからのことを考えると、不安もあったけれど、少しずつ慣れていくしかない。
「これから、無理せずにやっていこうな」
父さんがそう言って、背中を押してくれるように微笑んだ。
そのあと、手続きを終えて教室を出ると、まだ実感が湧かないまま、明日からの復学を迎えることになった。
*
新しい制服に袖を通し、わたしは鏡の前で息を吐いた。
緑のリボンに緑チェックのスカート、紺色のブレザー。
制服のスカートはなんだか落ち着かないけれど、そのうち慣れるだろう。
まだ肌寒いので、紺のセーターをブラウスの上に着る。
校則違反だけれど、ソックスはオーバーニーソックスにした。
「お兄ちゃん、似合ってるよ。あたしとおんなじ格好でかわいい」うしろから声が響く。鏡に写った紗希を見ると、笑顔で見つめてきた。
「ありがと。でも、なんかまだ慣れないね」
鏡の中の自分が、他の女子と比べて頼りない気がして、少し不安になる。
紗希はわたしの肩に手を置き、真剣な目で見つめてきた。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんなら、絶対うまくいくから」
その言葉に、少しホッとした。不安が完全に消えたわけじゃないけれど、背中を押してくれるような感覚が心に広がった。
「でもな〜、復学できたけど、お兄ちゃんが後輩になるの、すこ〜しだけ楽しみにしてたんだけどな……ちっちゃくて、かわいいしぃ〜」
紗希は少し楽しそうに言って、わたしの反応を伺っている。
「冗談はそこまでにしろ〜」
軽く返すと、紗希はクスッと笑って、すぐに言った。
「な〜んてね。うっそだよ〜 それから、お兄ちゃん、相変わらず女の子っぽい話し方できてないし……まあ、その声だからツンデレキャラでもいっか〜」
「べ、別に紗希の性癖に合わせてるわけじゃないけど、練習するわよ!」
思わず強く返したけれど、内心では少し照れくさくて、顔が熱くなった。
「『わよ』は必要ないし〜」紗希は笑いながら、わたしの頭をぽんと叩いた。
「いて〜な」
「ほら、また女の子らしくない!」
そして二人で新学期を迎える。
*
七時半に家を出て、みなとみらい線の元町・中華街駅から横浜駅へ向かう。
エスカレーターを乗り継ぎ、中央通路へ出る。朝の通勤・通学時間帯の横浜駅は相変わらず混雑していて、足早に歩く人々の波に流されそうになる。聞き慣れたアナウンスや足音が心地よく響く。夏休みから休学中はバイトばかりで、この時間に来るのは久しぶりだ。何だか落ち着く。
京急本線のホームへ向かい、到着した急行逗子・葉山行きに乗る。黄金町駅で降りると、周囲には変わらない街並みが広がっていた。
初音町交差点を三春台方面に向かう道が正門へのルートだけれど、黄金町から来る生徒は誰もそこを通らない。前里町一丁目交差点を目指し右に曲がってまっすぐ進み、お寺と墓地の間にある階段を登るのが近道だからだ。一段ごとの奥行きが微妙に広く、普通に歩くと歩幅が合わないから昔はよくつまずいたけれど、もう慣れた。中学から通っているので、もう四年になるからかな。
紗希にくっついて、見知った生徒に出会わないように隠れて歩く。階段を登りきると、目の前に東門が見えてくる。ここが実質の正門だと言ってもいいくらいだ。
振り返ると横浜の街並みと港が一望できる。遠くにベイブリッジの白いアーチが霞んで見える。久々に見る眺めだった。
右手には附属小学校のグラウンドが広がり、正面の体育館と中学の校舎の間を抜ける。さらに階段を登りきり、プールと講堂を通り過ぎると、やっと高校の校舎に到着する。
校舎の入り口で紗希と別れ、わたしは教員室に向かい、先生方に挨拶をする。
*
ホームルームの予鈴で、担任の先生と一緒に教室に入ると、教室の空気が一瞬、静まり返った。
先生がみんなに、わたしのことを伝える。
「北条くんが復学することになりました」
その言葉に、教室の空気が少し重くなった。
クラスメイトたちはわたしをじっと見つめ、何かを話し始める。
「じゃあ、改めて自己紹介を」と言われたので、深呼吸してから、ゆっくりと口を開いた。
「えっと、ボク……あ、わたしは今日から北条楓です。実は去年の夏休みに研究所の実験で事故に遭って、身体が男から女の子に変わってしまいました」
その瞬間、教室内はざわつき始めた。
「えっ、あの楓太くん?」
「北条くん、女の子になっちゃったんだ……」
「すごく背が低くなったよね」
「髪の色は前とほとんど同じだけど、ショートボブかわいい……」
「なんで?」
クラスメイトたちは驚きの声をあげ、顔を見合わせてささやき合う。
その反応を見て、恥ずかしくなったけれど挨拶を続けた。
「こ、これから、よろしくお願いします。まだ女の子として慣れてないことばかりですけれど、頑張ります」
そのあと、担任の先生から「じゃあ、北条さんはしばらく養護教諭のところで過ごすことになるから、何かあったら声をかけてね」と言われ、保健室へ向かった。