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第十二話 微かな波紋

 翌朝、キッチンに行くと、紗希が朝食を摂っていた。まだ学校に行く時間ではなかった。


「お兄ちゃん、昨日電話してた?」

 その言葉に、一瞬息を呑んだ。安藤さんに電話していたことを隠したいわけではない。ただ、どう答えるべきか迷い、胸の奥で微かなざわつきが広がる。自分でもどうしてこんなに動揺しているのか分からないけれど、気持ちを整理しなければならない気がした。


「うん、安藤さんと少し話してた」

 紗希は一瞬黙り込み、それから静かに言った。


「……そっか。何か大事な話とかだったの?」

 その質問に心臓が跳ねるのを感じた。特に何もなかったけれど、あの電話がどんな内容だったかを聞かれるのではないかという不安が、胸の中にじわじわと広がっていく。けれど、できるだけ冷静に振る舞おうと、無理に声を落ち着けて答えた。


「別に何もないよ。ただちょっとした話をしてただけ」

 自分の声がぎこちなく響いているのが分かる。でも、紗希はそれ以上何も聞かず、ただ静かにうなずいて、黙って朝食を続けた。


「じゃ、行ってきま〜す」

 紗希は立ち上がり、手を振って学校に向かっていった。その背中を見送り、少しだけ安堵の息を漏らす。けれど、心の中ではまだ何かが引っかかっているような気がして、わだかまりが消えない。 安藤さんとの話は何でもない内容のはずなのに、紗希のどこか探るような視線を思い出すと、胸の奥にわずかな罪悪感が残った。



 夕方、勉強の合間にぼんやりしていると、スマホが鳴った。画面には安藤さんの名前が表示されている。少し迷ったけれど、結局通話ボタンを押した。


「もしもし?」 ちょっと緊張気味に応えると、安藤さんの明るい声が返ってきた。


『バイト休みの日って、何してるの?』 昨日の電話から、二人きりの時はだいぶフランクな話し方になった。最初はちょっと戸惑っていたけれど、今では自然に話せるようになってきた自分がいる。


「うん、勉強してた。で、ちょっと疲れちゃって休憩中」 短い沈黙が流れ、そのあと、安藤さんが柔らかい声で言った。


『なんかさ、ちゃんと休んでるかなって気になっちゃったんだ。無理してない?』 その言葉に少し驚いた。心配してくれるなんて、ちょっと意外だった。でも、安藤さんの優しさに嘘をつく必要もないと思って、素直に答えることにした。


「大丈夫だよ。元気だから」『そっか、よかった。それなら安心した』

 少し笑ったような声が聞こえた後、さらに続けて言う。

『でも、ちゃんと休むのも大事だからね』

 彼女の気遣いが、ふと自分に向けられていることに不思議な気持ちが湧いてきた。どうしてだろう、理由はすぐには分からないけれど、嫌な感じは全くしなかった。


「ありがとう」『じゃあ、また明日ね』「うん、またね」


 電話を切った後、安藤さんの言葉が頭の中をぐるぐると巡る。彼女の優しさに戸惑いながらも、どこか嬉しい気持ちが混じっている自分に気づいていた。


 その夜、一人で考え込んでいた。紗希の今朝の『……そっか』という言葉、どこか探るような視線。そして安藤さんの、自然に滲み出る優しさ。それらが頭の中を行ったり来たりして、どちらも無視できない自分がいた。


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