「深淵」
「まもなく列車が参ります。黄色の点字ブロックの内側までお下がりください。」
駅で待つ人を次々に照らしながら、列車はホームへと向かってくる。
「列車が到着します!危ないので下がってください!下がって!」
怒号とクラクションの中、私はスマートフォンを片手に待っていた。
時刻はもう19時。ホームの上では人の波が入り乱れている。
軽快な音楽と共に扉が開く。その中から弾けるように押し寄せる波。
離岸流のように1人、また1人と最後尾から飲まれて、離されていく。
そんな阿鼻叫喚の日常を尻目に、空っぽの扉の先へと足を進める。
扉から1番遠い場所。誰かの座席の真ん中で仁王立ちをする。その場所を追い求める間に、車内は大海のように満たされてしまった。
列車は人の波を揺らしながら4駅ほど走る。そろそろ、スマートフォンにも飽きてきた頃だ。
ふと、視線を外してみる。そこには、熱心に覗かれるスマートフォン。
私もその画面を覗く。
そこに映し出されていた物は私の顔だった。
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