2話目-3部
本当に一日で着いた。
そこは一見森の中だが木々がまばらに生え適度な広さがある、離れてはいるが見える位置には水場もあった。
それにしても明るい--
「こんな場所があったなんて」
日が差しここがあの魔樹の森だとは思えないほどだ。程よい風が身体をなでる、魔獣の気配はないがセイが言うにはここには小物しかいないと言うそれなら餌を取るにも手間はかからないだろう、そう思い背伸びをする。
「う〜ん気持ちいい、セイって魔樹の森に詳しいの?」
「どうかな、僕はたまにここに来るだけだからな」
相変わらず自分の事ははぐらかすのね--まあいいわ少しは緊張感がほぐれたし私はこの場所の解放感からすっかり気が抜けていた、そう忘れていたのだここに来た本来の目的を・・
「じゃあまずは準備運動をするか」
「準備運動?」
そう言われて思い出した。そうだこの場所には修行をしに来たんだ--
私は頭からすっぽり抜けていた事を思い出し、気分が一気に下がった。
「あのさ、そんな直ぐに修行に入らなくても・・少しこの場所を把握するのも必要じゃない?ほら、地形とか魔物の出現場所とか、色々と・・・」
なるべくにこやかに穏やかに話をする、こいつの気を少しでも逸らす為に。
だって着いて早々準備運動とかありえないでしょ、こんなに開けた解放感ある場所に来てのんびり一息の休息もなしに修行とか
「この場所は知り尽くしてる、僕が先導するからナスカは付いてくるだけでいい」
あんたがよくても私はよくないんだよ!--
「いや、でもさ私はこの場所初めて来たし自分の目で見ておきたいかなぁって・・」
なんで私がこいつに気を使わなくちゃならないんだよ、それに自分が把握してるからって良いように言うな!
「その為の準備運動だ、この場所を知りたいなら尚更それが最適だ」
ニコリと微笑みを浮かべながら有無を言わせない雰囲気を醸し出す。もう何を言っても無駄だ、私は頭を下げ『分かった』と言うしかなかった。
何でこんな事になってるんだ、セイは準備運動と言っても軽い走りだと私を伴って開けた魔樹の森の中を猛スピードで駆け抜けていく、所々に生い茂る木々を避け時にはその木を蹴って木から木へと右往左往と飛びかけていく私は必死にその後を追った。黒い影が跡を引く一体どのくらいのスピードで走り抜けてるんだ、私だってスピードには自信がある体力だってそれなりにある、だがセイの言う軽い走りは限度を超えていた。
いつしかセイの姿は遠くに霞むほどになっている、このままじゃ離される一方だ私は負けたくない一心で人から本来の獣の姿へと変わった、その瞬間距離が一気に縮まる、セイを捉えた私は彼に並ぶように走り抜ける。
「ほう、それがナスカの本来の姿か綺麗だな」
「そんなこと言ってると追い抜くわよ」
綺麗と言われた事でちょっと動揺したが、本来の姿を晒したからには負ける訳にはいかない、私はセイを追い抜こうとさらにスピードを上げる。
木々の間をすり抜け岩などの障害物を打ち壊しながら突進する、その破片をセイは軽く避けていく、そしてまた私の前に出た。
「ナスカ、右手方向に魔物がいる彼等を刺激しないように避けられるか?」
「余裕よ」
私は木々を足場に上へと昇り駆け上がる魔獣を下に捉えその上空を私は飛び越えた、そしてセイは魔獣の隙間を縫うように駆け抜けていく、魔獣は気がつかないただ一陣の風が吹き抜けた程度にしか感じていないようだった。
なんてやつなの、あの魔獣の群れの中を気配も悟られずに駆け抜けるなんて--
二匹はスピードを上げて更に魔樹の森を駆け抜けていく
魔獣を避け障害物を避け木々をすり抜けて走り抜けるそれも目にも止まらぬ速さで、彼等の通った後には風が吹き抜け葉が揺れていたセイは楽しそうに顔をほころばせ走る、だがナスカは彼に負けじと全力で走った。
「どうだナスカここまでが大体半分くらいだ、魔獣もそんな脅威になるものはいなかっただろ?」
「ええ、そうね」
だがナスカは内心慌てていた、ここまでが半分ぐらいだと言われた事もそうだがこれまで遭遇してきた魔獣の中には本来の姿でも脅威になりそうな獣はいた。
それをこいつは何でもないという風に言ったのだ、遭遇した魔物の大半はランクがDかC人間の姿でも倒せる魔物だ、だが脅威となったのはランクがBかAだったのだ本来の姿でも倒すのは困難を極める。
私は息を整えながら背中に伝わる悪寒を払拭させていた。こいつ一体何者なんだこれだけ全力で走ったのに息一つ乱れてない、それに私は本来の姿にならなければこいつに追いつけもしなかった。
セイは辺りを見回すと水辺に足を向けた。
「喉が渇いてないか?水を飲んで食事をしたら元の場所へ戻るぞ」
「食事って、餌は獲ってないぞ」
あの全力疾走の中獲物を獲る余裕など無かった、それはセイも同じはず。もしかして今から餌を探して獲るつもりなのか?
「獲物ならここにある」
そう言うとセイはビックカーンを木の影から引きずり出した。
いつの間に--
こいつは本当に何者なんだ。
「おい、いつ捕ったんだ」
「ここに着く少し前だ、この前は気が利かなかったからな」
そうにこやかに笑って言うセイはナスカの思ってる疑問など微塵も感じていないだろう。
気を使ってくれたのは嬉しいが今はそんな事どうでもいい、こいつの走りは本当に速かった準備運動とか言ってたがそんな生易しいものじゃなかった、あの小さな身体なのにどこにそんな力があるのかと思うほどにこいつは軽々と走り抜けた、私は本当の姿を晒したのにそれでもこいつの後をついて行くだけで体力のほとんどを使ったそれなのにこいつは獲物までとる余裕があったのだ。
私に気づかれずに--
それほどまでに私はこいつに劣っている。そう実感せずにはいられなかった。
食事が終わり帰ることを考えナスカは息を飲んだ、またあの全力疾走をするのかと
本来の姿にならなければ追いつけないほどの速さを持つセイ、何者であれ負けっぱなしは悔しい。
空を見ると陽が少し傾いている最初の場所にいた時は真上まで登ってなかった、となると元の場所に着く頃には日が暮れる頃だと予想がつく。
こいつより早く着く--
「セイ今度は本気で走るからな」
「ほう、最初から飛ばしてくるのか?」
「そうだ、二度とお前に後れを取られないようにな」
ギッと睨みつけるとセイは嬉しそうに微笑んだ。
その余裕を剥がしてやる--
「それでは行くぞ」
二匹は最初の一歩目から力を込めた、瞬間的に姿が消えあとに残るは砂塵とかすかな風が吹き抜けていくのみだった。