2話目-1部
「にしてもあんた、何であんな自分より大型の肉食獣に堂々と話せてるのよ」
「?」
小さな獣は、何かおかしかったか?とでも言うような顔をして私を見た。
私達はあの後彼らと離れ魔樹の森を戻っていた、魔樹の森は相変わらず鬱蒼としていて少し薄暗い湿った感じもして離れた所には水溜まりなどが見てとれる。
「何よその顔、あんたねちょっとおかしいのよ」
「何が?」
全く意味がわからないと尋ねる彼は鬱蒼とした森の中をずんずんと進んでいく。その後を私はため息混じりでついて行った。
「あんな超大型の所にのこのこ出て行くなんて、本当なら片手で踏み潰されてたわよ」
「彼はそんな事しないさ」
「なんでそんな事分かるのよ」
私は口を尖らせて突っ込んだ。
「超大型、パンテラレオン種族は滅多な事では争いはしない。僕みたいな小型の魔獣に襲い掛かるなんて無いと踏んでいた」
それはそうかもだけど、でも確か--
「彼言ってたわよね、戦う事を予期していたとかなんとか」
「僕達が後をつけていたからそう考えていたんだろう」
なんか納得いかないわね--
「そう言えばあなた、あのリーダーにこのままなのかとか言われてたけど、あれはどういう意味?」
そう言った途端彼は押し黙ってしまった。ねぇと尋ねてもうんともすんとも言わなくなった、もしかして都合の悪い何かを聞いてしまった?とはいえ私は彼に関する事は何一つ知らないのだ、そう種族名から名前も人になれるのかさえ不明のままだ。私は今更ながらに思った彼と一緒に過ごしてきたここ何週間、私は彼の事を一度も聞かなかった。彼に関する事を何一つ尋ねなかったのだ。
だがここにきて今更聞いたとして答えてくれるんだろうか?
それを聞いたら--
「着いたぞ」
不意に小さな獣が言った。
「着いたって、ここあの沼の近くじゃない」
「ここに置きっぱなしにしていたからな」
「何を?」
小さな獣は木の影に隠していた大きな紙袋を引きずり出した。
「これは?」
「君が使えると思って買ってきたものだ」
私が使えるもの?--
なにかと思い紙袋を開けてみると、中には香辛料の調味料や鞄、靴や服などが入っていた。
「な、何なのこれ!?」
驚きを隠せない私は、香辛料はともかく服とか靴とかって一体なにを考えているんだと思った。
「君がいつも食べてる肉はただ焼いただけだ、だがこの調味料があれば美味しく食べれるだろ?」
「じゃあ、この服と靴は?」
「だいぶ汚れてきてたからついでに買っておいた」
「あんた、もしかして人間の町へ行ってたの?」
「ああ」
ああって--こいつが人間の町〜!?どうやって買い物したって言うのよ--
「あんたもしかして人間になれるの!?」
「だから買い物をしてきた」
こいつが人になって買い物!?--一体どんな姿なんだ。
私は好奇心に駆られた、こいつの人間の姿見てみたい。こいつは小型なんだから人間になってもせいぜいが子供の姿だと予測する、でも言葉遣いは大人っぽいしもしかしたら大人の姿になるんじゃないか?色々な空想が頭の中をよぎっていく。
「ねぇ、あんたの人間の姿見てみたいんだけど」
自分の中の好奇心に負けてそう口にする。
「済まないな、それは出来ない」
「なんでよ」
「人になった所で、君と会話ができるとは思わないからだ」
どういう意味なのか分からなかった。ただ小さな獣は悲しそうな瞳で私を見つめるのだ。何か理由があるのだろうか、私には言えない特別な理由が--そう思ったらこれ以上無理に聞き出すことも躊躇われた。
「分かったわ、あんたにはあんたの理由があるみたいだし、これ以上は詮索しないでおくわ、でも最後に名前くらい教えなさいよ」
「最後とはなんだ?」
小さな獣はキョトンとした目を私に向ける。
「あの子供も親元に返したんだから、もうあんたと一緒にいる理由がないでしょ?」
「あるぞ。君の修行の手伝いをする」
あ、忘れてた。穏やかな風が私達の身体を吹き抜けていく、だが私の背は嫌な汗が伝い下りていた、あの時言い逃れ程度の適当な言葉をこいつは覚えていたのだ。
ただの逃げる口実で言った言葉が、今まさにここで現実のものとなろうとしている。
「いや、ほら、あんたも自分の事があるでしょ、私の事に付き合わなくてもいいのよ」
内心焦りまくりだったが、なるべく落ち着いて話すように心がけながら言葉にする。本心はこのチビは身体に似合わず度胸はあるし、色々な事に落ち着いて対処できてるところがある、それにあの超大型との会話でなにやら秘密を隠してる点がある、それが何なのか分からないが、私の勘が警告音を鳴らしてる気がする。
ここは逃げるに限る--
「僕は別に用事は無いから大丈夫だ、それに折角調味料を買ったんだ、当分の食事は美味しく食べれると思うよ」
色々と思うことはあったが、逃げる要素を失ったようだ。私はため息混じりで、そうだなと頷くしかなかった。
修行に適した場所を探すため、私達は魔樹の森を歩いている。
小さな獣が買ってきてくれた物は鞄に押し込め持ち歩いている、有難いやら余計なお世話というか・・ある意味荷物持ちだな--
小さな獣の後を着いていくしかなくなった私は、さっき問いかけた事を再度聞いてみた。
「ねぇ、あんた名前はあるの?」
「ん?・・まあ一応はな」
「なにその曖昧な返事は?」
小さな獣は少し考えてから言い出しにくそうに話し始めた。
「ここずっとその名で呼ばれた事が無かったから忘れていたし、正直その名で呼ばれるのも久しいからな」
後ろ姿が恥ずかしさを隠しているみたいだった。
「なら、私が呼んであげるわよ。なんて名前なの?」
私は少しからかう様に顔をほころばせながら言うと、小さな獣はこちらを振り向き
「君の名前はなんて言うんだ?」
そう尋ねてきた。自分の事より私の事を先に聞いてきたわね、そんなに言うのが嫌なのか、それともただの照れ隠しなのか、私はジト目で小さな獣を見つめた。
「まあいいわ、私は狼狼族のナスカよ。これでも一族の中じゃ優秀だったんだから」
手を添えて胸を張って見せる。
「狼狼族はこの地より遥か東に位置する場所に集落があったな、魔樹の森よりはまだ大人しい魔獣の住処があると聞いたことがある」
「そうよ、その魔獣達の頂点にいたのが私達なの」
ナスカは魔獣の森で狩りの名手だった、獲物を見つけるとそれがたとえ大型であろうとも、打ちもらした事はほぼ無い、凄腕のハンターなのだ。
「君達の一族は有名な名だ、その一族の出なんだなナスカは」
「そうよ、どう私の事少しは見直したかしら?」
鼻高々と意気込んで見せる。私はこれまで自分の力を疑ったことなどない、いつも自信満々で狩りにも率先していくタイプだった。大型の魔獣に対しても臆することなくその身に付けた魔法の力と技術力で幾つもの狩りを成功してきた。
でも、この魔樹の森に来てその脅威度の高さに私は自信を無くしかけていた、見せかけの強さ、傲慢不遜な自信の高さ、魔獣は私の想像を超えていた。そんな中、この獣は余裕を持って戦っていた、いつでもどんな時でも小さな身体に対してその力はどんな魔獣もおよびはしなかった。
「でも、あんたには負けてる気がするわ」
「どうした突然?」
「あんたの戦い方よ、どんな魔獣でもランクなんて関係ないっていう風に倒してしまう、ましてあの超大型にも億さず話すなんて・・あんなの見せられたら私の自信なんて・・」
いきんでいた肩の力が抜けてく感じがした、強がったのはただの見せかけに過ぎない。それでも私は自分が負けた所なんて見せたくなかった、だから強がった。そのせいで余計惨めに感じるなんて、最悪だわ。
「君が落ち込むなんて珍しいな」
「落ち込んでないわよ!」
顔を上げて小さな獣を睨みつける。
腹立たしいわね--
「ただ、あんたに私の本当の強さを見せてあげるのが惜しくなっただけよ、私はね狼狼族のナスカよ!ここの魔獣だって私の本当の姿を見せたら皆ビビるんだから」
「それは楽しみだ」
小さな獣はニコリと微笑んだ、その微笑みがまた私の癇に障る。むうと顔をしかめて私は気合いを入れ直し、やってやるわこいつを負かしてギャフンと言わせてやるんだから。
見てなさいよ!--