1話目-4部
ここ、魔樹の森に肉食獣の子供と過ごすようになりなり数週間が過ぎていた。
その間、小さな獣は常に肉食獣の子供と会話してるような仕草をしている。
もしかしてあれか?頭の中に声が聞こえてきたあの言葉で話してるのか?
でも、狩りの時はちゃんと話してるよな?
そんな視線が気になったのか、不意に小さな獣が私の方を向いた。
「この子はまだ言葉が上手く話せないから表情や目を見て雰囲気を読み取って会話をしてるだけだよ」
ニコリと笑顔を向ける小さな獣。
「へぇ〜そうなんだ・・・って!私の考え読んだのか!」
「いや、念話は使ってないよ。君がこちらを見ていたから何となくそうかなと言ってみただけだよ」
当然のように当たりをつけたと言ってのける小さな獣が微笑みを浮かべ私を見る。だがその笑顔より、気になる事があった。
「ねんわ?何それ?」
私は聞きなれない言葉を繰り返した。
「念話はお互いの頭の中で会話が出来る能力の事だよ」
「なんだその便利な能力は?!」
「君は使えないのかい?」
「使えるわけないだろ?!--でもさ、それって私にも出来るようになる?」
聞いただけで楽しそうな事だと思った私は食い気味に身を乗り出す。
「簡単な事ではないけど練習すれば君にも出来るようになるさ」
「へぇ、どうやるの?」
「先ずは相手の事を認識する、そして相手の魔気を感じ取り自分と同調させリンクさせる、そしたら相手の頭に話かけるように話せば会話ができる、簡単に言えばこんな感じかな?」
本当に簡単に言うな--そう思いながらふと気になったことを尋ねた。
「魔気って何さ?」
「魔気とは、個々が持ってる闘気みたいなものだよ」
何となくは分かった気がするが、ほぼほぼ意味不明--
とにかく私もやってみる事にした。相手を認識し魔気を感じ取る、私と同調させリンク・・そこまで考えて又ふと思いたった。
「ねぇ、リンクってどういう意味?」
「ハハ、やるのかと思ったらそこか」
彼は吹き出すように小さく笑った。
「ちょっと人が真面目にやろうとしてるんだから、笑わないでよ!」
顔を赤くして訴えると、ごめんごめんと言いながらも彼の顔は笑っている。
「えっと、リンクだったな、リンクは繋がるとか相手と絆を結ぶって意味だよ」
絆を結ぶ??--彼とむす・・いやいや何を考えてるの私は--
自分の思った事に恥ずかしさを覚えてプルプルと頭を振った。
「どうしたんだ?」
私の仕草を見て彼は不思議そうに尋ねる。
「な、何でもないわよ!それよりリンクね、リンク・・」
さっき彼が言ったことを心の中で復唱して、私は意識を集中させる。
「「・・・」」
う〜ん--
「身体に力が入りすぎてる」
いつの間にか両手拳を握りしめ身体が固くなっていた事に言われて初めて気がついた。
「身体は自然体に、意識を相手に集中させるんだ」
言ってることは分かる、分かるけど・・出来る出来ないで言ったら出来る気がしない。それでも私は何度でも挑戦するのだった。
出来ない事が悔しい--その思いだけで。
それから彼は私が悩む度に優しく声を掛け丁寧に教えてくれるのだ。だが時がそれを許してくれない。
「そろそろ終わりにしようか」
「えっもう?!」
「子供が飽きてしまっているからな」
言いながら彼の視線の先にある肉食獣の子供へと視線をやる。するとムスッとした顔の不貞腐れてる子供の姿があった。
「『ああ、夢中になりすぎたか』すまない、悪かったよごめんね」
頭を撫でながら謝ると、肉食獣の子供は可愛い尻尾をフリフリさせて一鳴きした。
食事も済み私達は再び魔樹の森を歩き始めた。深く広い魔樹の森ーー
所々に小さな荒野らしき場所はあるが、そこには毒素が溜まって木一本生えない毒草の場へと変化している。そして水辺もだ、毒草の水はここの生き物にとっては貴重な水だ、しかし他の水辺と違い毒が異常に高い。耐性が強いB級やA級もしくはそれ以上の魔物なら飲んでも中和させてしまうが、C級以下は状態異常を引き起こすかもしくは死ぬ。
だから私達はその場所を避け森の中を進んでいた。肉食獣の子供はまだ大量の毒に耐性が弱く、あの水を飲んだらたちまち生命の危機に陥るだろう、そう考えての回避行動なのだろう。
「ねぇ、一体どこに向かっているの?」
私は小さな獣に声をかけた。彼はその言葉に穏やかな横顔を見せ
「この子の仲間のところだよ、もしかしたら父親が居るかもしれないからね」
そう言ってまた前を向き歩き続ける。
「場所わかるの?」
「彼女の匂いは覚えている、母親が歩き続けた痕跡を辿ればとも思ったが彼女の匂いと同じ匂いは別方向から匂って来ている」
そう言い鼻をクンクンさせる。
ふ〜んーーこんな毒素が充満してるような所なのに大型の肉食獣の匂いがわかるなんてーー
こいつ身体に対して結構な強さだけど、どのくらい強いんだろうか、もしかして私以上?!--
そんな事を考えながら、私達はただひたすらに森の中を歩き続けた、獲物を狩り食事と喉を湿しながら魔樹の森を子供の親を追いながら突き進むのだった。
子供が大きくなるのは早い。
数週間前まで小さな獣より、二周りくらいの大きさだった子供は今や五倍の大きさまで育っていた、もう一人で狩の真似事くらいは出来そうな感じもするが、未だに小さな獣に頼っている始末、まぁ私も人の《獣の》事は言えないけど・・・そして今小さな獣は狩ってきた獲物を肉食獣の子供の前に差し出すとトンと前足でその身体を叩いた。すると息絶えていたと思われた獣がゆっくりと動き逃げはじめたのだ、小さな獣は肉食獣の子供に視線を向け
「練習だ、自分で狩ってみろ」
そう言葉を告げると肉食獣の子供は意味を理解したのか、遅い足取りで逃げる獣を追い始め何度もトドメをさそうと試みる。何度も失敗しながらようやく首元をがっちりと口にくわえると、ズルズルと引きずり意気揚々と獲物を見せに来た。
「もっとしっかり噛め、生殺しは生き物を苦しめるだけだ」
「フグゥ?」
肉食獣の子供は足を止めこちらを見た、そして彼の言うように獲物に噛みついていた口の力を込め、獣の喉を噛み砕く勢いで牙を立て締め上げた。獣の首がダランと力無く横たわる。
「それを忘れるな」
小さな獣はただ一言そう言い、肉食獣の子供に今日の餌を食べさせた。
残りは私達。喉も渇いていたので私は生で肉をほおばった生き血が良いように喉を湿してくれる。生臭さもあるが、生きる為には仕方ない多少の我慢は必要だ。
人の姿でいる私には生の血肉は少し臭い。獣に戻ればそれほど気にならないが、皮を剥ぐ手間を考えると人の姿の方が幾分やりやすい。だからこの隣にいる小さな獣にも皮を剥いだ生肉を差し出すのだ。小さな獣は文句を言うでもなく差し出されたものをいつも食べている。
ほんと物分りがいいのか、文句を言うのが面倒なだけなのか、何も言わない。
「あんた、私が出すもの何も言わずに食べるけど、好き嫌いないの?」
「命を食うのだそれに対して文句はない」
「達観してるわね、あんた何者?」
「今更それを聞くのか?」
グッ・・・そりゃここ何週間か一緒に行動して過ごしてるから今更だけどさっ
そんな風に言わなくてもいいじゃない、全くーー
と私は小さなため息をついた。
「今度の狩りは練習ではなく、本番だ」
肉食獣の子供を見ながら小さな獣が言葉を発した。
「クルル」
肉食獣の子供は嬉しそうに大きなシッポを振り小さな獣へと体を擦り寄せた。獲物を狩る楽しさに目覚めたんだろうか?それとも小さな獣の言葉が普通に嬉しかったのか?そもそも言葉を理解しているのかさえまだ不明なのに、小さな獣は当たり前のように肉食獣の子供へと話しかける。さも理解しているかのように。
人間で言うと赤子ではないにしろ、まだ小さな子供の部類だ、と言うかまだこの肉食獣の子供の親には会えないのだろうか?
行き当たりばったりで進んでいるんじゃないにしろ、早く親元に届けてこの旅を終わらしたい私はそう思っていた。
だって子供の世話は本当に厄介なのだ。目を離せばすぐにどこかに行ってしまい無邪気に遊びまくる、時には魔獣に遭遇して追われたり、巣穴をつついて噛まれそうになったり、厄介なことばかりしてくれる、それで迷惑がかかるのはいつも私なのだ。小さな獣はただ微笑ましく見ているだけで何もしようとしない、いや、正確には命に関わること以外は手出ししてこないのだ。
大抵の事は肉食獣の子供と私だけで処理している《肉食獣の子供は遊んでいるだけだが、後逃げ回っているだけ》ほんとに子供というのは疲れる。だから早く親を見つけて欲しかった。
「なぁ、この子の親元へはまだ遠いのか?」
「向こうも移動しながら進んでいる、匂いが近くなってもすぐ離される、多分警戒しているんだろうな」
「何それ!一向に近づけないじゃん!」
「近づいてはいる。だが風向きによって匂いが流れるんだろうな、僕らの匂いから付かず離れずの距離を保っている」
「呑気に言ってないで、何とかしなさいよ!」
「そう焦るな、近づいてはいる」
私は溜息を吐いた。
まだ親元には会えないのか--と
そのまだ見ぬ親元へ会えるのを夢みながら私達は歩き続けるのだった。
しばらく歩くと不意に小さな獣が歩みを止め
「少し用事を思い出した、ちょっと離れるがいいか?」
と聞いてくる。
「用事?親はどうすんのよ、このままじゃまた離されるわよ」
「心配ない、今に着くからな」
「ならいいけど、何よ用事って」
「大した事じゃない、すぐ戻る。ここら辺で待っていてくれ、子供を頼む」
「分かったわ」
そう返事を返すと、小さな獣は踵を返しどこかへ走っていった。
肉食獣の子供に目を向けながら、私は木にもたれて腰を下ろした。
早く帰ってきてよね、この子ってばホント予測不可能な事ばかりするんだから、私の苦労分かってんのかね〜--
そう思い空を仰ぐ、目を瞑ると心地よい風が肌を撫でた。
「あ〜、ずっと気が休まらなかったからちょっと休めて嬉しいかな」
今、この近くには危険な魔獣の気配もないし少しゆっくり出来そう--
子供を見ると、飛んでる蝶と戯れている。
「私の近くに居るのよ、分かってるわね!?」
彼がいつも子供に話しかけてるのを見ていたせいか、私も普通に話しかけていた。
「クルゥ?」
理解してるのかしてないのか不明な返事だが、私と子供は久しぶりにのんびりとした時間を過ごす事になった。
「いらっしゃい、これなんか安いよー」
「美味しい肉の串焼きがあるよー」
ここは人間たちが住む町の一角、人並みはまばらで少しの賑わいだが小さな町にしては活気が見える。その中にフードを目深に被った人間が町中をうつむき加減で歩いていた、この町にしてはちょっと浮いた感じだ。
「あ、あの、この調味料を売って貰えませんか?」
「ん?あんた見かけねぇな、この町のもんじゃないだろ?冒険者かい?」
「いえ、ただの旅の者です」
店の店主は、フードを目深に被ったいかにも怪しそうな人物に疑いの眼差しを向ける。
「あんた、金持ってんのかい?」
「は、はい。以前魔石を買取してもらったので、少しは持ち合わせがあります、ですが足りなければ今持ってる魔石と交換して貰えたら・・」
店主の目がさらに怪しい者を見る目付きに変わる。
「旅の者が魔石をねぇ・・冒険者でも無いのに魔物を狩ったのか?」
「・・・」
その人物は押し黙ってしまった。
「まぁ、魔石も現物を見てからだな」
「では、これを下さい」
「これは銀貨三枚だ」
その人物は懐からお金の袋を出し、銀貨三枚を取りだし店主に渡す。
「はい、まいど」
怪しいとは思っても金を出した以上客である、それは間違いないので店主もそれ以上詮索はしなかった。小さな町でゴタゴタが起きると厄介なのだ、怪しいからと言っていちいち騒ぎ立ててたらこの町ではやってけない、暴れる輩は別だがただの買い物客に騒ぎはしないのだった。
商品を受け取ると、その人物は別の店へ足を向ける。
「なんだか不気味だな」
店の店主はそう呟きながらもその人物を目線で見送った。
フードを被った人物はそれから店を転々とし、色々な物を買い漁っていくそして両手一杯の紙袋を胸に抱えて、小さな町を後にするのだった。
「ん・・」
心地よい風に吹かれて私は目を覚ました。
「あ、やばっ寝てたわ」
木の幹にもたれかかってた身体を起こし辺りを見回す。しかし魔獣の気配は何処にもないそれがわかり安堵した瞬間だった、ふと周りを見渡すと子供の姿が無いのに気づいた。
「いない!」
私は慌てて起き上がり周囲に気配を向ける。
どこ行った?!--
「やばい!あいつに怒られるかも・・」
別に怒られても、と思ったが子供を頼むと言われた以上想定外の事が起こったら何を言われるか分からない、そう思ったら少しだけ腹が立った。嗅覚を頼りに辺りを散策する。人間時の嗅覚ではそれほど正確には分からない、だがある程度なら嗅ぎ分けられる。
微かな匂いを頼りに辺りを探すと、肉食獣の子供の尻尾が見えた。
いた!ーー
肉食獣の子供は身をかがめ尻尾をフリフリしてなにかに狙いをつけてるようだった。
次の瞬間、何かに飛びかかった肉食獣の子供はバシャンと沼にのめり込んだ。
「コラッ!何やってるんだ!」
沼に足先が浸かり泥まみれ顔も泥できっちりと汚れていた。肉食獣の子供が狙っていた獲物はガザッと音を立てて木陰の森の中に姿を消してしまったようだ。
本当にため息が出る。
仕方なく肉食獣の子供の体を掴もうと沼に足を入れた途端、ズブッと足先が沈み浮遊感が足元を襲う。
ヤバい!これ底なし沼だ!ーー
肉食獣の子供は足をばたつかせるが、それが余計に泥沼にハマっていくズブズブと体が沈む肉食獣の子供。
「クルルルル」
まるで助けてと言わんばかりに子供が鳴き始めた。だが私も片足が沼にハマり抜け出せない、力を込めると余計に沈んでいく。
どうしよう・・どうしたらいい?!ーー
風魔法で子供の体を浮かす?いや、これだけハマってたら風魔法では抜け出せない。なら、土魔法で泥をかきあげるか?!--
私は今思いついた方法を試すことにした。
片方の手で太い木の枝を掴んでもう片方の手に魔力を込める。
彼女らの頭上に魔法陣が描かれ光を発するとその瞬間泥沼が少し盛りあがった。
重い--
腕を上げようと力を込めるが泥沼が思ったより持ち上がらず腕が震える。
まだ!まだいける!--
魔力を最大限に振り絞り力を込める。だかその間にも肉食獣の子供の身体はズブズブと泥沼に落ちていく、それもそのはず子供は必死に這い上がろうともがいていたのだ、それが逆に身体を沈めていくことになっているとは思わないだろう。
泥沼は小さな盛り上がりを見せた後一気に沈みこんだ。
「ダメ、魔力が切れたっ!」
息を吐き出し片腕が下がる。
肉食獣の子供の身体は魔力切れとともにさらに沈んでいき首元まで泥沼にハマりこんだ。
「ダメ!」
こんな時に、あいつはどこ行ってんのよ!--
私は身体ごと腕を伸ばした、さっき魔力を使ったせいで腕の力が無い、だがそんなことを言ってたら子供は底なし沼に落ちていく、私は必死に肉食獣の子供へと腕を伸ばした。その勢いで沼にハマっていた片足がさらに沈んでいく、それでも構わず思いっきり肉食獣の子供へと手を伸ばす。徐々に沈みゆく肉食獣の子供、泥沼から埋もれかけた顔を必死で上げる。
「クルゥ、クルゥ・・・しゅけ・てま・・ママ〜、たしゅけてぇ!!」
「えっ、言葉?!」
「ママー!!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。その時だ、ドンッという轟音と共に沼が半円状に押しつぶされくぼみができた、だが肉食獣の子供や私にはその圧はなく喉元まで埋まっていた肉食獣の子供の身体は一瞬にして全身があわらになり、首元を何かに咥えられその場を抜け出したのだ、私は片足の拘束が取れそのままくるりと身体が回転して地面へと降り立った。
ふと見ると小さな獣が、咥えていた肉食獣の子供の首根っこを離すところだった。
「大丈夫か?」
「ママー!」
「もう心配ない」
呆気にとられて声も出なかった。
一安心したのか、全身の力が抜ける。
「良かった」
小さく呟きが溜息とともに漏れた。