1話目-3部
肉食獣の子供は何故か小さな獣に懐いている。親の後を追うようにその獣の後をひょこひょことついて行くのだ。子供の足並みに合わせてかゆっくりな歩調で歩く。
傍目からは子供の後を親が追っていると見えるだろうな--
なにせ肉食獣の子供よりかはこの獣の方が小さいのだから、肉食獣は子供と言っても小さな獣からすれば二倍以上の大きさだ。もちろん成獣ともなればその大きさは言うまでもない。
「ここら辺で食事にしようか」
「えっ、食事って餌はどうするの?」
「もちろん狩るさ、あの魔獣を」
彼の見る方向に視線を向けると、遠くに魔猪と言われるエルトボアが見える。
木々の間を縫うように移動しているエルトボアの群れ。体格はかなり大きい、これだけ離れていても姿形がハッキリ見えるんだから。だが、こちらにはまだ気づいていない。
「分かるかい?あれが魔猪と言う獣だ」
「クゥ」
「ここに住む魔獣達はみな凶暴性を秘めている。気づかれない為には風向きと気配を絶って静かに移動する、よく観察するんだ」
「クル」
「こんな子供に言って分かるの?」
「言葉は理解せぬとも、目を見て話すことで分かることもあるさ」
ニコリと微笑む小さな獣。
うっ・・やめてよねその無防備な感じの笑顔--
火照る顔を見せない様に私は顔を逸らす。
なんで私はこんな態度を取ってるのよ、たかが笑って見せただけじゃない、なに動揺してんのよ--
エルトボアをまじかに捉えた私達は足を止める。
「ここから見ているんだ、狩りを観察することも重要だよ」
「クルル」
そう言うと彼は一匹で魔猪に近づいていく。身を低くし足音を立てない様に慎重に、魔猪はまだ気づいていない。
そして獲物との距離を見定めると彼は走り出した、突然の急襲に魔猪達は四方八方に逃げ出して行く。
「あー割れちゃった、これは無理だね〜逃げていく奴らも四方に散らばってるし、追いかけるには困難だよ〜」
「クゥ?」
「私だったら木の上から飛び掛って一発で仕留めて殺るのにさ、残念ご愁傷様」
と思ったのに彼は真っ直ぐに走り込んでいく、最初からその獲物に狙いを付けてたかの如く、彼はボスの横に居た古傷を幾つもつけた勇猛な魔猪に飛び掛った。
鼻をうねらせ襲い来る小さな獣にその鼻を叩きつける、それを避ける小さな獣そして地を蹴り魔猪の喉元に噛みついた、それと同時に身体を捻って魔猪を横倒しにする。
ドォォォンと強烈な音が響く。それと同時に他の獣が攻撃してこない様に鋭いにらみと威圧を解き放つ。近くにいたボスは地を蹴って見せていたが仲間が息絶えるのを見て、ブルルと身体を振るわせ嘶き声を上げ仲間を呼び戻すと、最後はボスが小さな獣をひと睨みして去って行った。
私は自分が見たものを疑った。
いやいや、ボスの横にいる奴って腹心だよね・・力で言ったら二番目に強いやつだよね・・なんでそんな奴狙うの?エルトボアってランクはCだけどボスクラスはBに近いのに・・いやいやいや訳が分からない・・・
そんな事を考えてると、獲物を引きずりながら小さな獣が戻ってきた。
「いいか、狩りは弱い者から仕留めていく、その目を養うのも重要な事だ」
子供の近くに餌を置いてこれが正しい狩りの仕方だと言い始めたが、ちょっと待てと言いたい。
「おい!こいつは弱いのか!」
「?」
「いや、弱い部類に入らんだろ!どう見ても強いだろ!それをなんだ、弱いとか言ってあんな無謀な攻撃して、横にいたのボスだろ、めちゃくちゃ怒ってたじゃないか、あれが反撃してきたらどうするつもりだったんだ!あんな群れの最前線で戦って生き残ったのも奇跡だろ!それになんだ一噛みで息の根止めるって、どんな強靭の顎なんだ!」
ハアハアハア・・息が切れた。
突っ込みどころ満載で一気にまくし立てた。
分かってるのかこいつ、自分がどれだけ無茶な狩りを行ったのか・・あんな逃げ場のない力場の中心地に突っ込んで行ってそれを平然とした感じでこれが正しい狩りの仕方だって?!子供に教える狩り以前の問題だっての!
「心配してくれたのか?」
「心配以前の問題だよ!」
「何を怒っているのかわからないが、僕はこの子に必要な事を教えたまでだよ」
「どこが?!何が必要だったの?訳わからない--普通はさ、群れの中にいる力の弱い者とか子供とかを狙わない?!あの中にはそういうのも居たよね?私があんただったら迷わずそっちを狙うけど、私の言い分間違ってる?」
「間違いではないが、正しくもない」
はぁ?正しくないってこの子はまだ子供なのよ、あんな強烈なのをいきなり見せられたらいくらなんでも戸惑うでしょ--
目線は肉食獣の子供へと向かう。子供は小さな獣が持ってきた獲物の匂いを嗅ぎながらいなくなった魔猪を見つめ不思議そうにしている、多分理解が追いついていないのだろう。
まあこんな子供のうちから今のを理解しろと言っても無駄だろうけど・・
「僕はこの子の母から頼まれたこの子を助けてやって欲しいと、それには生きる術を教え生き抜く力を身につけなければならない、母を失った今頼れるのは僕等だけだ」
「だからって、出来もしない事を見せつけられたって分不相応じゃない」
「見る事が大事なんだ、出来る出来ないは二の次だよ」
「どういう事よ」
彼は言った。僕らはこの子にいつまでもついていてやれるわけじゃない、親が見つかるまでの短い期間でどれだけの事を吸収できるかそれがこの子の命を救う。この子の親は多分超大型のパンテラレオンという種族の子だ、この超大型は数が少なくとても希少な生き物だ、彼等は生き残るため独自の発達をしてきた、それに必要なのが視覚と嗅覚、嗅覚は言うまでもなく数キロ離れた所からでも獲物を見つけられる、そして視覚はその中から適切な獲物を見定める事が出来る目利きそれは子供の内から培われなければ生き残れない。この森では果てしない生存競争が行われている、その頂点に立つと言われているのがこの子の親なんだよ。超大型の狩りは群れのボスが指示を出す、その指示が適切でなければ獲物は取れないしその一族は死に絶えるとも言われているほどだ。この子もいずれ群れを率いるかもしれない、その時に狩りが出来なければこの子とその一族は死ぬ、そうならない為に僕は彼等の狩猟のやり方を真似てこの子に見せているそれだけの話だ、これはこの子にとって重要不可欠な事なんだよ。
「僕が狙った獲物はあの群れの中で多分二番目に強い魔獣だ、だがそれ以前に一番抵抗してこなさそうだったのがこの獲物だった」
抵抗してこなさそう?--
「攻撃してきたじゃない」
「だけど、あっさりトドメをさされただろ」
「あれは、貴方の攻撃が強かったからじゃないの?」
小さな獣は首を振る。
「この魔獣は元はボスだったはずだ、だが年で衰えあの若い魔獣にボスの座を譲った、いずれは死ぬ運命にあった。その証拠にこの魔獣には無数の傷がある、長年群れを率いて戦い抜いてきた証だよ」
そう言われればこの獣には無数の傷がある、それにどことなく年老いた感じだ。
「あんたそこまでわかっててあの戦いをしたの?でも今のこの子にそれが・・」
いや違う、今は分からないかもしれないけど、コイツの餌の取り方を見てればいずれ獲物の重要性と需要性が分かってくるはずだ、何が必要でどれが最適かを--
「分かった。ごめん余計なこと言って、これからは少し気をつけるよ」
「そんな顔をしないでくれ、僕は君と話せて嬉しいんだから」
整った顔立ちから漏れ出る笑顔は私の心をくすぐる様に撫でる。
だからその笑顔はやめろって--
顔が赤くなる以前に、脈が速くなって体温が上昇している感じだ、こんなこと初めてで意味が分からない、身体がおかしくなってしまったのか?
私は果てしなく動揺していた。