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3話目-4部

「『彼女が話してなければ僕から話すことは無いな、ナスカには悪いが僕達のことは隠しておくとしよう』」

「セイは彼女の事知ってるの?いえ、知ってるのよね?!」

「普段、僕の知らないところで何かがされている事は知っているが、それを誰が関与しているのかは知らないな」

「ウソ、セイは知ってるはずよ!」

「ナスカが会った彼女がそう言ったのか?」

「・・違うけど・・」

でも確かに彼女は居たのだ。

だがセイは彼女の存在自体を知らないと言う、それは本心なのか隠しているのか分からなかった。

これは確率の問題だが、私は高確率でセイは彼女を知っていると確信していた。

だけどセイが隠したがっていることに不満を覚えたりしない、寧ろこの現状で話す方が駄目だろうと思う。

だって私はこれからもセイと一緒にいるかわからないんだから、そんなあやふやな状態で本音を語るなど愚の骨頂だろう。私だって隠していることがあるのだから。

私はセイに話を合わせることにした。

「そうよね、セイが知らないって言うならそうなのね、ごめん私の勘違いだわ」

謝るのは僕の方だ。だけどこれだけは言えないことなんだ、彼女にもそう念をおしておこう。

しかしなぜ彼女はナスカの前に現れたんだ?

ナスカに何かを聞こうとした?

ナスカには何か事情があるのは分かる、それを聞いても話してくれるかは分からない、いや寧ろ話さないだろと思う。これまでのナスカを見る限りナスカは強さを求めている、僕との模擬戦や戦闘訓練など本来音を上げてもおかしくないものだった、だけどナスカは僕が指定するものを文句一つ言わずこなしている《影では言ってそうだが》その根本には何かあるはずだ、ナスカは人間を毛嫌いしている、もしかして人間と戦おうとしてるのかもしれないな。

まぁ本人が言わなければ僕の感知するところでは無いかもしれないが・・

人間と何かあったのかもな。

「ナスカ」

「何?」

「ナスカはこれからどうしていきたい?」

「いきなりなによ」

ドキリと心臓が鳴る。

もしかして勘づいた?

「ナスカがここに来た理由が強くなる為だと言っていただろう?今だったらそれに見合う力をつけたと言ってもいいかもしれないがそれはここでの話だ、魔獣と戦い続けてきたナスカは技術も魔力もそれなりに上がっているだがそれは魔獣相手だからだもし他の奴と戦おうとしているならばまだまだ経験が浅い」

「だから何よ、私が何と戦おうが貴方には関係ないことでしょ!」

ナスカはセイの言葉にイラつきを覚え語尾の口調が荒くなる。だがセイは静かに語りかける。

「力をつける事に僕は否はないそれは自分の身を守る事に直結することだからだ、だが無闇矢鱈に力を誇示するのはいただけないと思ってるだけだ」

そんなこと分かってるわ、でも人間は私の敵なのよ!

「じゃあなんでセイは私に修行をつけてくれるの?」

セイの言葉の反発心からかナスカは疑問に思ってたことを口にする。

「初めてナスカを見た時、その目は慈愛に満ちていただから死なせたくないと思ったのかもしれない」

慈愛?!そんなもの初めから持ってないわ!

「そんなのセイの勘違いよ、私は私が強くなる事を願ってるだけ、それをここで成そうとしてセイと出会ったに過ぎないわ・・」

でも死なせたくないなんて誰にも思われたこと無かったのに、セイは私を見てそう思ってくれたのね。

そう思うとセイへの苛立ちが少し治まってきた。

ほんとお人好しというかなんというか、セイは何に対してもこんな甘っちょろい考え方をするのね。

「貴方って周りをあまり区別しないのね、何に対しても優しすぎるわ」

ナスカは悲しく微笑みセイに仕方なさそうに言う。

「そうとも限らないよ、僕だって間違いは起こす」

数百年前などはセイも人間や魔獣達に対して怒りの矛先を向けたことが何度もあった。

それこそ己の力を過信して暴れまくったこともある程だ。だからこその伝説なのだろうがそれをナスカに言えば怖がられるのは必定だろう。


数百年前--世の中は殺伐としていた。

どこもかしこも戦に戦争ばかりで平定など夢のまた夢のように荒ぶっていた。

国同士の戦いや、魔獣同士の争い、果てはその両方に血が流れてゆく。フェンリルことセイはその中で荒ぶる神のように戦いに紛れていた、身体は小さくとも力は上位種、なにより戦いの中でその姿を確認できるものはなく人間や魔獣が次々に倒れていくのだ。セイは戦争を止めるでもなく只々本能のままに暴れまくる。

人間を何人殺そうと魔獣を何匹屠ろうと一向に構わず命をもぎ取っていく。

「『こんなバカバカしい争いなど蹴散らしてやる』」

そんな思いでセイは戦いに身を置いていた。

それから幾日経っただろう、死体の山が積み上がるくらいの命を刈り取ったところで人間も魔獣も冷静になり始め戦いが膠着した。セイも身を潜めその成り行きを見守る。

人間の上官は己たちの死体の山を見つつ

「『この戦いは無意味だ』」

と悟る。その判断がもう少し早ければ今以上の犠牲は出なかったのにと上官は悔しさを滲ませた顔付きになるがそれは後の祭りだ。

魔獣達も多くの犠牲を出して今の状況を見据えた。

大型の魔獣や超大型の魔獣はそれぞれの縄張りが荒らされる事に懸念を持ちお互いに睨み合っている、それこそ今は三竦みの状態だ。その時

「ヴゥオォォォン!!」

と威圧感ある遠吠えがどこからか響いた。

「お主ら、これ以上争うなら我が全ての命を狩るぞ」

どこからともなく高圧的な声に誰もかれもが膠着した。その声には魔獣には本能的に逆らったら命を食われると思わせるほどの驚異があり、人間達には一瞬にして恐怖を叩き込んだ。そして誰もが察した・・これはフェンリルなのだと。

そしてこの数百年間そうした繰り返しがあったのだ。

その中にはフェンリルが国を滅ぼしたという言い伝えも伝承されている。本当かどうかは分からないが・・

そんな事がありセイは争い事を極力避けるようになっていた。それはセイの中にいる彼女も同じ思いであり、なるべく大きな町へは姿を現さず小さな町で時折見かけると囁かれるようになるだけだった。


「セイが間違いを起こすなんて、そんな風には見えないわね」

「そうかい?僕は長く生きてるから多少ダメなこともやってるさ」

苦笑いを浮かべて言うセイに私は今の言葉で疑問が浮かんだ。

「長くって、あんた何歳なのよ?」

「あれ?言ってなかったか?・・僕は千年くらい生きてるよ」

冗談ぽく軽い笑いでそう言い放ったもんだからかナスカは一瞬呆けた顔になる。

「は?・・『千年?千年って言った今?!いやいやいや冗談でしょ』あんたまた私をからかおうとしてるでしょ?千年生きられる魔獣って聞いたことないんだけど?!」

「『そうなのか知らなかったな、だが今ならまだ冗談で済みそうだな』ははは、少し驚いたか?僕はそういう・・」

「あんた何者?」

『ことも言えるんだぞ』と言おうとしたのに、ナスカは真剣な顔つきでセイの言葉を遮った。

あ、これダメなやつかな?と思いつつも何とか冗談に持っていきたくてセイは笑ってみせる。

「あははは、ナスカ僕が冗談も言えないと思ってるのか?はは--」

だがナスカは真剣な顔付きを崩さない。それどころか先程のセイの言葉に確信を持ってしまったかのように再び尋ねる。

「セイ、さっきの貴方は嘘や冗談を言うには真面目さが出てたわ、咄嗟に冗談って言いのけたけど私にはわかるわさっきの貴方は嘘は言ってないって、だからもう一度聞くわ、あなた何者?」

ナスカの真剣味を帯びた言葉はセイの中にある迷いを払拭させるのに十分だった、だがセイは口ごもる。

しばしの沈黙が続く・・

ナスカはジッとセイを見つめているだけ、彼から本当の事を聞く意志の強さを感じる。

はぁとセイの口からため息がもれた。

「わかった。正直に話そう、だがこれは僕とナスカの秘密にして欲しい。それと暫くは一緒に過ごしてもらおう、出来るか?」

セイは居住まいを正してナスカを見上げる。

「いいわ。貴方が何者であれしばらくの間なら一緒に行動してもいいわよ、それと秘密は必ず守るわ」

「・・話した後に約束を破れば僕はナスカを殺す。それでも聞きたいか?」

「・・聞くわ」

少し考えて頷くナスカは『そんな重大なことなの?』と心の中で呟いたが、セイの言葉の重大性から心拍数が上がっていくのを感じている。

私は知らなかったのだ。セイがこれまでどんな思いで生きてきたのかを、それを知ってしまう今、彼と別れるのが出来なくなりそうで怖かった。

なぜ怖がるのか、その想いが今の私には分からない。

それでも知りたいと思ったのだ。そして彼と旅がしたいと思い始めていたのだった。


セイが最初に語ったのは生まれて数百年後の自分の影、そう彼女の事だった。それから殺伐とした争い国落としや国家と魔獣との戦いなど壮絶な殺し合いをしてきた事など私が思っていた以上の壮絶な人生を送っているのが分かった。

「『えっ、これってたった一匹の魔獣が経験することなの?まさかと思うけど、まさかじゃないわよね・・」

そして彼は言う。

「僕はフェンリルだ」

「・・・・・・」

言葉をなくす。

只々唖然とした。セイが生きてきた壮絶な人生も然り、まさかと思ったことが本当になるとは思わなかったのだ。『フェンリルですって?!あの伝説としか伝わってない魔獣が本当にいた、それも私の目の前に』伝説のフェンリルと言うからには身体も大きいと思っていたのにこんなに小さい魔獣だったなんて・・

プッ--私の中で何かが砕けた気がした。肩を揺らして笑うのを堪える。

なぜ笑っているのかって?だって伝説のフェンリルのイメージとかなりかけ離れていてそのギャップにツボってしまったんだもの。

声を殺して笑う姿にセイはなぜ笑われるのか分からないと言った風だった。

「ナスカ、君は少し失礼な事を思ってはいないか?」

「ないない・・ププッ」

はぁとセイのため息がもれた。

「ナスカのような反応を返されたのは初めてだ」

「・・何?他にも誰かに話したことがあったの?」

セイが誰かに自分の事を話すなんて意外と思ったが、それは見当違いだった。いいやと首を横に振るセイ。

「僕の正体を話したのはナスカが初めてだ、だが中には雰囲気やオーラで分かるものも少なくはなかったからな、そんなもの達は明らかに僕との距離を離していてとうまきにされていたな」

と遠い目をしてセイが言葉にする。

「あー、でも何となくわかる気がするわ」

と私が彼等に同調の意見を言うとセイは渋面の顔をして私を見上げた。なんか納得いかない顔をしてるわね・・

「セイは自分がフェンリルだって知られて欲しくなかったのね」

「そうだな、強さの枠でいったらフェンリルがこの世界では最強とされている、そのフェンリルが僕なのだと知れれば人間はもちろんの事魔獣達も力を誇示させようとするだろう、僕の身体は小型だしオーラを解放しなければCランク以下に見えなくもないしな、倒そうと思えば倒せるだろうと勘違いするやつが多くなる、そんな中で僕がフェンリルだと知れれば大事になりかねない」

「確かにね」

セイはその事で色々苦労したんだろう、数百年前に彼女が現れなければもしかしてセイの強さにフェンリルだと知られていたかもしれないのだ、人間にも魔獣にも・・そして本人は知らぬまま囚われたモノに使われていたかもしれなかったのだ。まぁセイのこれまでの生きてきた話を聞けば、例え囚われていたとしてもそれを上回るほどの力を放って大暴れしていたに違いないとナスカは思った。


この森の中を歩き続けて数時間、いったいどこまで広いのよさこの森は!と小さな声で愚痴る少女は広大な森の中を魔獣を避けながら歩き続けていた。

嗅覚を頼りに進もうとするも、あちこちから魔獣の匂いが漂って目的の魔獣を探せずにいる。

「先生〜、ホントにこの森にいるのかなぁ・・まさか人間共に騙されたなんてないのよね」

ふぇ〜んと心細さに泣き真似の声を出すも、誰も見ていないのでスルーだがそんな事は少女には関係なかったらしい、とりあえず強大な魔獣は避けて森の中を突っ切る事にして少女は走り始めたのだ。


奥へ進めば進むほど、魔獣の強さがより分かる。気配や匂い圧迫感などが少女を包み込んで魔樹の森は静かに佇むのだ。

少女は微かに臭う先生の気配に集中した。そうしなければ先生に出会う前に他の魔獣の餌になりかねない、この魔樹の森は他とは違うことをその鋭い嗅覚で少女は悟っていた。

「先生の匂いは微かに漂ってるけど、なんなの、このムカつく感じは・・先生の匂いに混じって雌の匂いがするのよね!」

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