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3話目-1部

「『やったわ、オーガの群れを倒せた』」

息も切れ切れにその場に座り込むナスカ

「やれたようだな」

セイは満身創痍のナスカを見て微笑むのだが、その笑みにホッとしたのか身体中の力が一気に抜けてナスカは気を失ってしまった。


また、夢を見た。

月明かりに佇む一人の女性、その銀の瞳には悲しげな眼差しが称えていた。

だが夢と言うには現実すぎているようで目をパチパチさせナスカは静かに起き上がりその女性に気づかれないように側に近づく。

「起きて大丈夫なの?」

女性はナスカの気配に気づいていたかのように落ち着いている。

初めて言葉を交わすが何だかこれが初めてじゃないような感じも受け思わず問返す。

「あなたは誰?」

女性はこちらを見て微笑みナスカの問いには応えなかった。ただ森の木々から差し込む月の光を見続けるその様相があまりにもか弱く心許ない感じがしてナスカも言葉を発せずにいた。

「『この人は誰なのかしら?それにこれは夢?・・

でも夢にしてはなんだか・・』」

現実とも夢とも思えない妙な感覚を感じてはいるが、怖さも恐怖もない、例えるなら森に住む精霊か何かのような純粋で蠱惑的な雰囲気を醸し出している彼女だ。

「セイは貴女の力になってるかしら?」

「セイの事知ってるの?!」

彼女からセイの名を出された事に驚きを隠せず逆に問いただす形になってしまったけど彼女はそんな事は気にもとめずに言葉を発する。

「セイはねずっと一人だったの、誰かと一緒に放浪するなんてこれまでなかったのよ」

ふふふと彼女が笑う。それは嬉しいのかからかい混じりの笑顔なのかナスカには分からないだけど彼女にとっては何だか楽しそうな感じを受けた。

「セイの事知ってるのね」

もう一度ナスカは彼女に問いただす。

「知ってると言えば知っているし、知らないと言えば知らないわね」

ナスカの方に顔を向けて笑顔を見せそう言葉にする彼女は何だかセイに似ている気がする。

初めて彼女を見た時は本当に夢なんだと思った、だから気にすることも無くこれまで誰にもセイにも言ってなかったことだ、だがこれは夢じゃないそう実感できたのは彼女の気配がややセイに似ているところがあったからだ。

「貴女何者?」

暫しの沈黙の後、彼女はゆっくり口を動かし囁くように言った。

「私はセイの影・・セイも知らないもう一つの姿」

聞こえるか聞こえないかの声音だったが、ナスカは人の姿とはいえ魔獣だ、この声が聞こえないわけはない

「貴女がセイだって言うの?!」

「ふふ、そう聞こえたのかしら?」

『今自白したわよねこの人、からかってるの?!』

彼女を見ればずっと微笑みを絶やさずニコニコとしてるだけ本音を語ってるのか分からずナスカは彼女を訝しげに睨みつける。

「私はねいつもセイを見てるわ、貴女もそうじゃなくて?」

少し思い当たるところがあったのか、一泊の間を置いて頭の中で反論した。

『・・そんな事ないわよ、まぁただ時折見せるセイの笑顔にはちょっと・・』

と考えると、彼女の言葉で顔に熱が集まる。

「わ、私は別にセイの事そんな風に見てないわ」

ツンとした顔を見せたが、次の彼女の言葉にナスカは顔をさらに真っ赤にさせられたのだ。

「そんな風?」

「!!」

自分で言った言葉だがなぜか彼女の言葉には含みがあるように聞こえてナスカは急いで反論した。

「違うのよ!セイを特別視してる訳じゃなくて、あいつの強さがあまりにも身体の体格と合ってないからそこんとこ不思議に思って見てるだけで!変な事は思ってないわよ!!」

「セイもねナスカの事は気にしてるみたいな感じだと私は思うんだけど、私もセイの全てを知ってる訳じゃないから期待は持たないでね」

彼女の笑みは悲しげでありそんな顔をされるとまるでセイ本人からその眼差しを受けているような感覚に陥る。彼女の言葉にナスカは少し胸の痛みを覚えたがそれを慮るよりも聞きたいことがあった。

「そういえば貴女、セイのもう一つの姿って言ってたけど、どういう意味なの?」

彼女は上を見上げ木々の間から見える月をその銀の瞳でしばらく見続けた。そして軽く息を吐き

「これからも貴女はセイと一緒にいてくれるの?」

それはまるで私がセイと離れればその答えは言えないって言ってるのと同じだ、だからナスカはこう答える。

「分からないわ、今は修行中だから一緒にいるけど私の本当の目的はここで強くなり人間を滅ぼすことにあるもの」

キュッと口をつぼまして眉間に皺を寄せて話すナスカはどこか辛そうで苦しんでいるように見えた。

「貴女はセイとの修行を経たらどうするつもり?」

分かりきっている答えをあえて言葉にして答えさせようとしているのか彼女はナスカを見て言う。

「セイに頼ろうなんて思ってないわ、本当なら修行さえなかったはずだもの、あれは私のただの思いつきで言った言葉だったもの」

「・・・」

「でもセイは覚えていた。あんな些細な逃げ言葉を真に受けるなんて、なんて馬鹿なのかしらって最初は思ったわ」

ナスカは淡々と言葉を連ねていく。

「でもセイと修行をしてからは力の使い方とか魔力の流れとか色々コツを覚えたりして、段々強くなっていくのがわかってきたのよ」

「・・・」

彼女はナスカが最後まで言い終わるのを静かに待っている、ナスカの真意が知りたい--それは彼女の思いであって決してセイの思いとは違うものだ。それでも彼女はナスカの言葉を待つのだ。

「だから私、セイに追いつきたいって今は思ってるわ」

「セイが貴女の生き方を拒んだらどうするの?」

「その時はさっき言った通りよ、一人でも人間共を倒しに行くわ!」

「ナスカにはナスカなりの理由があるみたいね、でも今日はここまでにしましょう」

彼女はナスカの眼前へと手をかざす、すると突然眠気に襲われ急激に瞼が重くなっていく。

「えっ、な、なに?急に・・眠く・」

ことんとナスカの頭が彼女の肩へと落ちた。

彼女はナスカの頭を撫でると囁くように呟く。

「セイ、ナスカを一人にしないでね。ナスカ、良い夢を・・」

魔法でナスカが元いた場所に戻すと彼女の身体が光り輝き、小さな小型の獣に戻ったそれは確かにセイだったのだ。

彼は知らない彼女の思いを、彼に寄り添い続けて千年近くなる。彼は自分の中に誰かがいるとわかっているが、実際に見たことはないそれは当然でセイが起きている時には彼女は出て来れない、だからお互いに喋ったことは無いが羊皮紙に書かれた文面を見て彼は彼女を知ったのだ。それはいつのことだったか・・・


気がついた時には一人だった。

小さい身体は多くの獲物を誘き寄せ食べ物に困ることはなかった。ただ何故こんなに強い力があるんだと言う疑問が浮かんでくる。

「僕はいったい誰なんだ」

記憶が無いとはいえ生きるのにそんなに困らない、ただ困惑するのみなのだ。どこで生まれどう育ったのかいっこうに記憶がない、父も母もいないそんな状況なのに僕はほぼ落ち着いていた。

お腹を空かせた魔獣たちが襲いかかる。

僕は冷静に見つめ掛かってくる獣を一匹一匹と確実に仕留めていく、獣の中には怯え逃げ惑う奴らがいたがあえて追うことはしなかった。

こんな日々が数ヶ月続くとこの森の中では誰も僕に襲いかかってくることは無くなり、餌の確保が出来なくなって僕は仕方なく隣町の森へと移動をした。

町を抜け隣の森へと入った瞬間これまた絶好の餌だと思われ狙われる日々が続くがここでもまたすぐに餌の確保が難しくなる、それは数週間から数ヶ月単位で変わるがそれは森の大きさにもよった。

時々人間の町にも行った、それは情報を集めるのに必要不可欠なものだから・・

人間の町ではある噂がよく耳に入る。それは昔から言い伝わってる伝説みたいなものだ。

黒髪銀目の可愛い少女が最強と呼ばれるフェンリルを従えているのではないかと言う噂だ、旅をする中でセイは何度もその話を耳にしている、最強種と呼ばれるフェンリルはなんでも知っておりこの世界を見ているのだと人間達は話す。

セイも噂を聞く度にフェンリルに会いたいと思うようになって探し続けた。しかし黒髪銀目の少女もしかりフェンリルにも会えたことは無い。

セイが行く町々ではかの少女を見たとか森の中に消えていったとか話が盛り上がるが、いくら探してもフェンリルのフェの字も少女の影すらも捉えることは出来なかった。

「僕が行くところに現れるみたいだけど、そんな気配はこの森では感じられない、いったいどこにいるんだその少女とフェンリルは?!」

森をさまよい魔獣を倒しながらセイは旅を続けた。そして時は何十何百年と過ぎていく、セイの行くところに黒髪銀目の少女とフェンリルはついてまわるがセイ自身と遭遇したことはない。

フェンリルとの遭遇を諦めかけた頃僕は疲れて眠ってしまって目覚めた時、誰が置いたのか分からない羊皮紙の紙が数枚置かれていた。

それはこう綴られ書き記されて・・

「『初めましてセイ、貴方が生きてきて何百年たったかしら?貴方の影として生きてきたけどもうそろそろ人間達の噂が伝承で伝わり始めて貴方の存在が露見するのではないかと思いここに真実を話します。

その前に、私が誰なのか話さなければならないでしょう、私は貴方の影同じ名を持つもう一人の貴女、セイは知らないでしょうけど貴方が眠ってる時に私は顕現できる存在、たまに人間世界で目撃されてるのは私の事なの」

「何だこれ?なんの事を書いてるんだ?!」

セイはその羊皮紙に書かれている文章に釘付けになっている。

「そしてセイ、貴方の正体は魔獣フェンリル・・何千年かの周期で生まれるこの大地から生を受けて一個体で生まれくるフェンリルそのもの、けれど決してその正体を明かしては駄目、なぜなら人間達に囲われてしまう可能性があるから、フェンリルはこの世界では最強種と謳われていても貴方の今の実力では人間が構築する魔法に囚われる可能性があるから・・だから今はまだ自分がフェンリルだと言うことは誰にも秘密にしていて欲しいの、そして私の事も」

紙に書かれていたことは衝撃的だった、自分がフェンリルだってこともしかり、それに僕のもう一つの姿があの噂の少女--初めはなんの事だが頭に入ってこなかった、だが何度も繰り返し読む度僕が行った町や森その他の行動まで事細かに書かれていた事に正直驚きを隠せなかった。

「これは本当の事なんだな」

僕がフェンリル・・あまり実感はなかった。いや実感がないではなく受け入れ難い事柄でどう処理していいのか分からずにとにかく僕は何度もその文を読みふけってこれからどうすべきかを考えていた。

この世界ではフェンリルは最強種、だが今はまだ隠し通さなければならないその為に別の種族名が書かれていた、その名はヴァナルガンドこれは彼女のいた世界でのフェンリルの別名を意味しているらしい。

今知っている事は彼女は僕のことを知っていて、僕自身は彼女の事を知らないどうして僕の影なのかもう一人の自分と言われてもピンと来ない、それに僕は男だ。彼女は女性でなぜ性別が違うのにもう一人の自分だと言えるのだろうか、と言う疑問が湧き上がる。

彼女は僕の寝ている間だけ姿を顕現できて、たまに人間の町へと繰り出して僕が狩ってきた魔獣の牙や毛皮などを売って資金を作っていたとあった・・

「『そういえば時折魔獣の部位が無くなっていたことがあったな、あれは彼女が町で売ってたからなんだな』・・いやいや今それを考えるべきことじゃない、これからどう彼女と接したらいいのか?いや、接触は出来ないのか、ならどうやって意思疎通をこなせばいいんだ?」

僕はなぜかあさっての方向へと変に考えてしまっていたらしい。この時点でかなり混乱している・・


フェンリルの寿命がどのくらいなのか分からないが、とりあえず僕がフェンリルということはわかった。

しかし今まで生きてきた中で最大限に衝撃的だった内容だ、確かに身体の成長もなく力だけが増していくその事になんの疑問も持たず生きてきた訳だが

「僕は随分と間抜けだな、日々魔獣との戦いを過ごしていたが僕自身の事に余りにも関心がなかったようだ、これでは僕の影としての彼女も心配するだろうな」

僕のもう一人の僕--

いや彼女とは全くの別人、別個体なんだ。

紙にもそう書いてあった彼女と僕とでは考え方も思いも違う、しかし彼女は僕の知らない僕の姿を知っているような内容だったな・・・聞いたら答えてくれるだろうか?

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