1話目-1部
あれは私が出会った最強であり最弱な獣。
昔、私は放浪の旅をしていた。
荒野の森を果てしなく彷徨い何日も何日も歩き続けた、食べ物も残り少なく水はもう数日飲んでいない、果てにはこの森の魔獣の血でもいいから喉の渇きを潤したかった。
けどこれまで獣一匹遭遇してない--
そんな思いにかられていた時だった。
どこからともなく鳴き声が聞こえてきたのだ。
何かが争っている--
バキバキバキ、木々が割れる音。
「カフッ!」
「ドゥルルルル」
音と声を頼りに、気配を絶って移動するとそこには小さな獣と中型の獣の姿が・・
傷つき血を流している小さな獣、それを餌にしようとしているのか正気を失っている中型の獣、しかも相手は3対1・・
これはもう結末は見えている。
あの三匹が小型を倒したらあいつらは私の獲物だ。
私は彼らが戦い終わるのを待った。
小さな獣は血まみれで今にも死ぬ、だがボロボロになりながらもその小さな獣は最後の力を振り絞るがごとく立ち上がったのだ。
ふらつきながら威嚇するその目は強い眼差しを見据えていた。
あの子型、様子がおかしい--?
何かと思いよく見てみると森の木々の中に獣の子供の影が見え隠れしていた、その傍らには大型の肉食獣の横たわった姿が
親だろうか?ピクリとも動かない--
その身体には無数の傷がありまだ生々しい、先程まで闘っていたのかの様に戦闘の跡が残され血にまみれていた、私はその血肉に誘われるような高揚感を覚え喉の渇きが浮上してくる。
ゴクリと喉の奥が震える。
獲物だ--そう直感した。
だが小さな獣はその二匹を守るように立ち塞がっている。
我慢の限界を超えたのか、それとも小さな獣に苛立ったのか、中型の獣は唸り声をあげ飛び掛る、だがその時、小さな獣は身体から白いモヤのような気体を発すると見るよりも早くその姿を消した。そして次の瞬間ドサッという乾いた音が聞こえそれが襲い掛かってきた中型の胴体と頭という認識に至るまで数秒かかった。
私はその一瞬がまるで数分のように感じられたのだ。頭の片隅から喉の渇きや獲物だった大型の肉食獣の事を忘れてしまうほどだった。
綺麗だった--
ただその事が現実として認識した。黒い影に白線の筋、昼間なのに夜空の流れ星を見た感じがして一瞬呆けてしまった。
小さな獣は殺した魔獣を悔しそうに見つめている。
なんであんな顔をするんだ?
ふと疑問に思ったが、残りの二匹が大人しく引くとは思わなかった。
案の定、二匹は威嚇の唸り声を上げそして脇目もふらず小さな獣に突進する。
小さな獣は一瞬躊躇ったがまたもや白線の糸を残して残りの二匹の命も刈り取った。
気が抜けたのか小さな獣はその場にパタリと倒れ意識を失った。そして静寂が訪れる。
暫くすると森の木々の中から子供の肉食獣が小さな獣に歩み寄って来て匂いを嗅ぐ。
子供は小さな獣が動かない事を認識するとその獣の足を口にくわえズルズルと親元まで引きずって行った。
何だ?--私は一瞬戸惑った。
倒れている親の口元に運び終えた子供は親を起こそうと舐めまわす。そして肉食獣の子供は小さな獣を親の口元に押し当てた。
食べさせようとしているのか!--
「おい!」
つい声が出た。離れた木陰から隠れて見ていた私は立ち上がり肉食獣の子供の行動に、本能的に怒りが生じた、だがそれは獣にとって自然な行為でそれはある意味本能で生かされるごく当たり前の事、間違ってはいない。
だがその小さな獣はお前達を守ったのだぞ、それが私の頭を支配した。
野生の獣にとって弱い者や衰えた者は全て食事だ、むしろ私の方がおかしいのだ。
だが今の私の本能は喉の飢えよりも渇きよりもその小さな獣の生を選ぼうとしていた。
小さな獣と肉食獣の子供の元へ駆け寄りながら私はそんな事を考えていた。
「クルルルル」
肉食獣の子供は小さいなりに威嚇して私を遠ざけようとしている。多分親にこの小さな獣を食べさせて元気になってもらおうとしている・・
そんな事は分かっている--
私は親に近づいた。
生きていれば噛み殺されるのは必定、だけど・・
肉食獣の子供は後ずさって親の後ろへと身を隠しながら唸っている。
小さな獣は親の口元で乱れた呼吸を繰り返していた。
親の体に触れる。
だがその身体は体温が無く、死して数刻の時が経っているように思えた。
「あんたの親、死んでるわよ」
肉食獣の子供は私の言葉がまだ理解できないのか唸り声を上げている。
「死んでるのよ、分かる?もう亡くなってるの、息してない」
「クルルルル」
この森では戦えない子供は餌になる。
「ここで取り残されても生きていけないでしょうね・・・なら、今、楽にしてあげるわ」
私は手に力を込めて肉食獣の子供へ手刀の突きを放とうとした、だがその時だ!
〈待ってくれ・・〉
聞きなれない声に身体がびくついた。声は続く
〈母親からその子の事を守ってくれと頼まれた、だから殺さないでくれ〉
「何?!誰?!」
〈頼む、殺さないでくれ〉
視線を感じ死んでいる親の口元に目線が行くと小さな獣がこちらを見ていた。
「貴方なの?この声?!」
〈ああ・・・この子は母が死んだことをまだ理解できない、生きていると思い僕を母親に食わせようとした赤子なのだ〉
「貴方はそれでよかったの?この親が生きていたら貴方、食べられていたかもしれないのに」
〈母親は子供を産み落とした後衰弱していた、そこへ先程の獣に襲われ息絶える前僕に子供を託した、その子は母に甘える事も乳を飲む事もほぼできずにあの獣たちの餌になるところだった、でも僕はできたらあの獣に逃げて欲しかった、しかし極度の飢えと空腹で正気を失くしてしまっていた、だから仕方なく命を絶った・・・その子供は母の死を理解するには幼い、頼む母の死を理解させその母を弔って欲しい、頼む--〉
「は?あのねあなた何言ってるの?こんなところに獲物があるのに、弔えですって?!」
私の文句は彼の意識の外側に葬られた、目を閉じグッタリする彼はもう二度と目覚めないんじゃないかと思うほどに身体中ボロボロの血まみれだったのだ。
ウソでしょ--私は溜息を吐いた。
肉食獣の子供は唸り声をあげながら親の側から離れない、あくまでもその小さな獣を親に食べさせようとしている。
ただでさえ喉が渇いているのに--
私は今になってカラカラに乾いた喉の渇きを思い出したのだった。そして目線はあの小さな獣が倒した中型の獣へと視線がいく。