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魔法使いの年越し蕎麦

作者: きり

 ここはどこかに存在する魔法使いの里。

 ここに一人の魔法使いがいた。この魔法使いは年末の作業が終わらず、永遠と作業を続けていた。


「あー終わらない。早くコタツで年越し蕎麦を食べたい……」


 愚痴をこぼしながら魔法使いは今年の空気をビニール袋に詰めて保存しラベルを張る作業を繰り返している。

 この作業は繊細さと魔力の絶妙な力加減が必要な作業で、使い魔には任せられない。


「というわけで、今日の年越し蕎麦はよろしく」


 魔法使いは、使い魔に調理を丸投げした。


「私のエビ天はプラス一個多めに貰いますね」

「私より多いのは卑怯」

「美味しく作るので許して」


 そんなやり取りをしながら、黙々と作業をつつける魔法使い。


-----


 空気を詰める作業が終わり、時計を確認する魔法使い。

 気付けば、時刻は11時を回っていた。


「もうこんな時間、早く年越しそばを食べないと年が越えちゃうな。もう出来てる、年越し蕎麦?」


そう言って使い魔の方を見る魔法使い。

そこには、真っ白に燃え尽きた使い魔がいた。


「どうしたの?」


 使い魔は自分の顔をゆっくりと魔法使いの方に向けた。


「落ち着いて聞いてください。年越しそばを作っていたら……別の食べ物になってしまいました」


 ぎこちない笑顔を浮かべる使い魔。

 哀愁を漂わせた魔法使いはか細い声でつぶやいた。


「どうして」


「安売りしてた魔界産の食材が良くなかったような気がします」


 魔法使いは使い魔が買い物で使っていたビニール袋を確認する。

 そこには長髪にクチバシ、体にウロコ、3本の足の生命体の痕跡があった。


「エビが売ってなかったからアマビエを買いました」

「どうして」


「迷う理由が値段なら買えっていうんじゃないですか」

「時と場合によるよ」


 魔法使いは悩んだ。この使い魔にもう一度年越しそばの食材を買いに行かせてもいいのかどうかを。また違う食材を買って来やしないかと。


「今から買いに行けばワンチャン……」

「安心してください。三度目の正直って言うでしょ?」


 膝から崩れ落ちる魔法使い。

 生まれたての小鹿のような動きを見せる魔法使いの肩にそっと手を当てる使い魔。


 笑顔の使い魔を見て、魔法使いは考えるのを辞めた。


-----


 魔法使いは改めて時計を見る。時刻は11時20分を過ぎていた。

 今から、買いに行っても間に合うはずもない。ならば今ある素材でいい感じの年越しそばを作るのがベターだと考えた。


「蕎麦ってちょっとぐらいは残ってる?」

「残ってません!」


 絶望が全身を駆け巡る。


 魔法使いは考える。今年中に年越し蕎麦を作れる方法を。


 その時、脳裏に一つの可能性が流れ込んだ。


「時を戻すか……」


 時を戻す禁術。この界隈では使っただけで怒られてしまう魔術が存在する。

 しかし、人とは時に過ちを犯すもの。

 そして罪を背負った者は1年間、罪悪感に苛まれるもの。


 だが今年は残り僅か。今このタイミングであれば、今年の過ちは過去に葬り去ることができる。


「それでこそ、ご主人」

「勝手に頭の中を覗き見ないで」


-----


 時戻しの禁術。生き物の時間を逆行させることができる。

 老人は赤ん坊に。手羽先はニワトリに。

 料理に使えば、調理前の姿に変えることができる。


「今回使った材料は?」

「そば、長ネギ、油、アマビエ、てんぷら粉、めんつゆです」

「もう蕎麦だけ戻してかけそばを作ろう。古文書を持ってきて」

「分かりました」


 使い魔は言われたものを探しに別の部屋へと走り出した。

 使い魔がモノを探している間に、魔法使いは自分の机に向かう。

 引き出しの中から羽ペンとスクロールと呼ばれる古い和紙を取り出す。

 そこに綺麗な円を描く。


「ご主人持ってきました」

「ありがとう」


 魔法使いは使い魔から受け取った古文書の目次を確認する。

 目線の先には「デメリット無し!誰でもできる簡単禁術その4・時戻り」と書かれていた。


 魔法使いはページに書かれている魔法陣の文字と模様を確認しながら丁寧に模写する。

 模写の作業の間、使い魔は二人分の年越しそばをおぼんに乗せて魔法使いがいる部屋に戻ってきた。

 おぼんから年越しそばをスクロールの上に乗せる。


「これで作り直せばギリギリ間に合うはず」


 スクロールの上にある年越しそばが輝きだす。


 そこには長髪にクチバシ、体にウロコ、3本の足の生命体がいた。


「うぇぁー戻しすぎた!?」


 現れた生命体はパニックに陥ったように部屋中を駆け回る。


「そっちに行った!?捕まえて!」

「分かりました」


 生命体の前と後ろに陣取る二人。


「観念するんだアマビエ。今ならご主人から恩赦がもらえるぞ」


 そう言いながら少しずつにじり寄る使い魔。


 すると追い詰められたアマビエは目の前にいる使い魔に強烈なタックルをくりだした。


 吹き飛ばされる使い魔。


 この瞬間、魔法使いは0時に間に合わないと確信した。


 割れたどんぶり。飛び散る蕎麦の残骸。汁をたっぷり吸った古文書。


 あまりの理不尽さに魔法使いは念話を使って呟く。


「もしもし、今から出前のお急ぎ便って可能ですか?」

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