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第2話 旅の準備

今宵の宿は馬車の止まっている小屋の二階にある広間だった。

 出国の手続きを終えた二人は馬車まで戻ると一旦荷物を受け取り街の市場へと向かった。

 キャロルは日持ちがしそうな乾燥したパパンと干し肉を手早く購入すると馴染みの楽器店へと歩みを進めた。

 レビンは市場の中を物珍しそうに見回しながらキャロルの後ろを付いて歩く。

 楽器店の店先には動物の皮を張った太鼓や弦楽器がいくつか並べられていた。

 キャロルは店の前に来ると振り返りレビンに問いかけた。


「貴族の家にいたのなら、お前も楽器は弾けるんだろ?」


 レビンは突飛な質問に戸惑った表情を浮かべてキャロルの顔を見つめる。


「聞かれたらすぐに答えなさい」


 キャロルは少し強めに声を上げる。


「あっ、はい。よく妹とロルートを奏でながら英雄譚とかを歌ったりしていました!」


 レビンは背筋をピシッと伸ばしてキャロルの質問に答えた。


「そう、なら丁度いいや。しばらくの間、わたしの演奏見習いで付いてきてもらうから、適当な楽器を買っていくよ」


 キャロルはそう言うと店主に声をかけて楽器をいくつか見繕ってもらう。


「えっ? 僕が演奏ですか?」


 レビンは今一つ状況が飲み込めていないようだった。


「まさか、わたしがただで面倒見るとでも思っていたの?」


 キャロルは店主から受け取ったロルートの弦を鳴らし音色を確かめる。


「出来ることなら、今日からでも酒場に通って、これを弾きながらお金を稼いできて欲しいところだけど……」


 キャロルがレビンの方を向きロルートを弾くと、十一本の弦から少しもの悲しい音色がこぼれた。


「これでいいか。ロルートの代金は貸しておくからしっかり稼いで返してよね」


 キャロルは代金の支払いを済ませると、麻布に包まれたロルートをレビンに手渡した。


「いきなり酒場で歌えとは言わないよ。まずはわたしが踊るときに演奏出来るようになってからだね」


 キャロルはそう言うと足早に楽器店を離れる。

 急な話に理解が追い付かないレビンは、遠ざかる少女の背中をぼうぜんと見つめていたが、慌ててキャロルを追いかけた。



 ******



 二人の姿は市場の外れにある食堂にあった。


「今までのおさらいと、これからの事をまとめておこう」


 キャロルはこの地方名物のホロウ鳥の丸焼きを手際よく解体しながらレビンに話しかける。


「あぁ、その前に」


 キャロルは胸の前で手のひらを合わせ、水をすくうような仕草をすると呪文を唱えた。


音の精霊(アトイ)よ、我に力を貸したまえ。雑音ルイード


 呪文が終わるやいなや、二人の周囲の雑音が高まる。


「周りの話し声が急にうるさくなった?」


 レビンは不思議そうにあたりを見渡す。

 しかしながら二人の会話だけはよく聞き取ることができた。


「これは精霊魔法のひとつで、周囲の声を反響や重複させる効果があるのさ。近くの人間が聞き耳を立ててもわたしら二人の話し声を聞かれることは無いよ」

「そうなのですか……。精霊魔法は初めてみました。オルシエール家に出入りするドワーフ達でも精霊魔法を使う方々はいなかったので……。でも、何故そこまでする必要が有るのですか? 聞かれて困るような話はしないと思いますが?」


 キャロルはため息を付きながらレビンの顔を見た。


「まず、お前は警戒心が無さすぎる。貴族の生まれだから人を疑わずに育ったんだろうけど、世間はそんなに甘く無い。まず情報は金になる、どんな情報でもタダでやる必要は一切ない。それに、お前のような無防備な貴族の人間がウロウロしていたら人さらい達に格好の獲物にされる。人さらいでなくとも、スリや追いはぎは金銭の気配に敏感だから直ぐに狙われるぞ。そもそもオルシエール家を追放された身分なら、その名は二度と名乗らないほうがいい」


 キャロルは今まで溜め込んでいた思いを一気に吐き出した。


「そうですね……」

「それに、鉱山で邪魔されたのは誰かの指金じゃないのか? お前を跡取りから排除して得をする人間がいるはずだ」


 踊り子の少女は一番聞きたかった質問をレビンにぶつける。

 レビンは食卓の一点を見つめたまま動かない。

 しばらくそのままの状態で考え込んだ後、重い口を開いた。


「僕には実の妹と異母姉がいます。オルシエール家は男子継承なので、僕がいなくなったら家督継承権は異母姉の幼い息子に移りますが……。まさか異母姉が?」

「詳しい事情は知らないが、家督争いが原因ならその可能性は高いだろうね」


 キャロルは無造作にホロウ鳥のもも肉をかぶりついた。


「そんな……。異母姉は僕たち兄妹に優しく接して下さったのに」


「もちろん他の理由かも知れない。だが現状では知る由も無いし、分からないものを悩むほど時間の無駄遣いは無い」

「はい……」


 レビンは大きく肩を落とした。


「いま考えるのは、これからどうするかだよ。これからロアンヌへいって大店の店がどうなったのかを確認する。主人が無事なら、ルドルフの屋敷から盗ってきた書類の内容を問いただす。もしも確認が取れなければ、お前のことをラファの家か孤児院へ連れていく。あそこにはお前と同年代の子供たちもいるから、身を隠すには丁度良いさ」


 まったく食事に手を出さないレビンに代わり、キャロルはホロウ鳥を切り分けるとレビンの皿に半身を乗せた。


「ロアンヌにはたくさんの孤児院がある。大半は貧民街の捨てられた子供か、ラファの娘たちが産んだ父親の分からない子供たちが身を寄せ合って生活している。わたしが育った孤児院にもたくさんの弟たちがいるからすぐに受け入れてくれるよ。ただ、レビンぐらいの年齢だと、もう物売りか盗みをやって日銭を稼いでいるのが大半だけどね」

「そんな、僕なんかには無理ですよ……」


 盗みと聞いてレビンは顔をひきつらせる。


「だから、演奏でお金を稼ぐのさ。さっきのロルートはそのために買ったんだよ。後で腕前を見せてもらうからね」


 キャロルは手に持ったホロウ鳥の骨でレビンの足元にあるロルートの入った麻袋を指した。


「まぁ、いきなりロアンヌで放置することはしないさ。冗談抜きで死ぬかもしれないしね。しばらくはわたしと一緒に各地を回りながら演奏の補助と荷物持ちをしてもらうさ。いいかい? その条件が飲めないなら、ここでお別れだよ?」

「……分かりました。ロアンヌで何も手がかりが無ければ、もうオルシエールには戻れませんから……」


 うなだれるレビン。

 少しきつく言い過ぎたかと一瞬キャロルは後ろめたさを感じたが、ロアンヌで生き抜くためには必要なことだと自分に言い聞かせた。


 そう、ロアンヌの街では強くなければ生きていけないのだ……。


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