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第6話 帰宿

 月夜の下に軋む音が響き、開いた扉の隙間から蝋燭の明かりが漏れる。

 一人の人物が中に入ってくると壁の燭台に灯りをともした。

 部屋の中が月明かりと灯火に照らされて浮かび上がる。

 そこは戸外に作られた屋根のない小さな浴室だった。中央に置かれた水盤からは緩やかに水があふれ、足元に張られた板の隙間から外へと流れ出る。


 灰色のローブを脱ぐと黒髪が流れ落ちた。

 キャロルだった。

 少女はローブの下に着込んでいた革の胸当てや小手を外し薄い生地の下着姿となった。そうして水の掛からない場所に着衣をまとめると、その上に外した下着を重ねる。


 淡い月光と揺らめく炎が細身なキャロルの裸体を照らす。水盆の前に片膝をつくと、手桶で水をすくい頭から流しかける。黒髪を濡らした水は日に焼けた若い柔肌に弾かれ、玉となって小振りな乳房や美しい背中を伝わり流れていく。まだ春先の冷たい水であったが火照った体に心地よく感じた。

 キャロルの常宿は古びていたが元旅芸人の女将が経営しており、いつの時間帯でも水浴びが出来る事から女性の旅人に重宝されていた。


 指先が柔らかな頬に残る傷跡に触れる。キャロルは先程までいた屋敷での出来事を思い出していた。


 ――傭兵王に鞭の男、二人とも底知れぬ実力の持ち主だった……。ドワーフみたいな男も短慮だったが腕力だけならあの二人以上だろう。


 小さめの椅子に腰を掛けたキャロルは、健康的に色に焼けた手足を濡らした布で擦り汗と砂埃を丁寧に落とす。

 手桶に溜めた水をもう一度かぶり、黒髪の先から流れ落ちる雫を見つめる。


 ――それにしてもルドルフの狼狽ぶりは一体何だったのか? 商人とはいえこの地域の有力者だ。たかが奴隷一人に見せる態度ではなかった……。なにか裏がありそうな感じがするな。


 濡髪を丁寧に木櫛ですくと、厚めの布で髪の水気を取る。身なりの手入れや化粧については母親代わりの女性に徹底的に仕込まれていた。

 体が冷え切らないうちに濡れた体を拭くと、下着と身軽な麻の着衣を身につけ腰紐を結ぶ。


 ――これからあの少年のことをどう扱ったらよいか? ロアンヌの商家に生き残りがいれば、引き渡すのが手っ取り早いだろう。しかし、今回の件がオルシエール家の問題であれば、今後も命を狙われる可能性は高い。ならば、行方が分からないまま姿を隠したほうが本人のためになるかも知れない。ロアンヌの孤児院に預けても、あの年齢と性格では馴染める可能性は低いし……。


 泣き出しそうなレビンの顔を思い出し、思わず口元が緩む。


 ――しかし、あれは本当に泣き虫だな。


 実のところキャロルは口では厳しいことを言うが、年下の子供たちが多い環境で育った分、面倒見は良かった。ただ、そういった面をおくびにも出さないだけだ。

 キャロルは胸当てやローブを手際よく麻袋にしまうと、壁の明かりを吹き消して来た時と同じように明かりを手にして浴室を出ていった。



******



 レビンは暗闇の中で目を覚ました。

 最初、自分がどこにいるのか把握出来なかったが、意識がはっきりするにつれてキャロルの部屋にいることを思い出した。

 窓の外はまだ暗く、部屋の中も良く見えなかったが、キャロルがいないことだけは理解出来た。


 ――まさか、僕がいると面倒だから置いていかれた?


 慌てて部屋の蝋燭に火を灯すと、床に置かれたキャロルの荷物が目に入ってきた。


 ――良かった、外出しているだけみたいだ……。


 そっと胸を撫で下ろす。


 ――でも、こんな夜中にどこへ?。


 レビンがベッドに腰をかけながらそんなことを考えていると、小さな音を立てて部屋のドアが開いた。


「なんだ、起きていたのか?」


 右頬に傷薬を塗りながらキャロルが部屋に入ってきた。


「キャロルさん。こんな夜更けにどこ……、その傷は!?」


 キャロルの顔を見て驚きの声を上げる。


「あぁ、これか? 顔も商売道具の一部だからな、念のため傷薬を塗っただけさ。大した傷じゃない」


 キャロルは肩にかけた麻袋から小さな小箱を取り出すと、レビンに放り投げた。


「大切にしまっておきな。わたしは疲れたから寝るよ」


 そう言うと、レビンの腰かけているベッドに潜り込んだ。二人で寝ても十分な広さが有った。

 小箱に記された見慣れた紋章を見ると、レビンは慌てて小箱を開ける。

 箱の中からは書類と小さな鍵が出てきた。


「キャロルさん、これは!」


 レビンは思わず立ち上がりキャロルの方を見るが、少女はすでに毛布に包まって寝息を立てている。


 ――これは、僕の書類と手枷の鍵……。


 鍵を回すと手枷は簡単に外れて床に落ちた。金属音が静寂な室内に響き、レビンは慌てて手で抑える。

 手枷から開放された安堵からそのまま床にへたり込むと少年は大きく息を吐いた。


「キャロルさん、ありがとうございます……」


 レビンは自分の目頭をそっと押さえ肩を震わせる。

 窓の外では月明かりが木々を照らしている。

 夜明けが来るまでは、もう少し時間がありそうだった。

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