春の終わり
「それで、結局レビンのことはお前が連れて歩くことになったって訳かい?」
カタリーナは長く煙を吐き出すと煙管で香炉を叩いた。
部屋の天井に白煙が漂い消えていく。
品のある深く赤い壁紙に絨毯。ここはロアンヌにあるカタリーナの居室だった。
これまた赤く染められた革張りのソファに腰掛けた美女がキャロルの事を見つめている。彼女とキャロルの間には木彫りの装飾が施された長机が一つ。
「そう。サンタローサの屋敷に留まるよりも、各地を転々と移動していたほうが敵に見つかり難いだろうからってね」
キャロルは結局は最初の通りよ、と肩をすくめてみせた。
「まぁ、前と一緒と言っても、今度は護衛が付くから問題は無いでしょうけどね」
キャロルはふぅと少し不機嫌そうな表情を見せる。
レビンの件についてルドルフからいくつかの提案と条件が出されていた。
一つ目は、移動用に幌馬車を用意するのでそれを使用すること。
二つ目は、定期的にルドルフの商会から活動用の資金提供が受けられること。
三つ目は、護衛としてクロード、ロス、セッツの三人が同行することだった。
ルドルフからはロアンヌの孤児院についても資金面の援助が出る事になった。これはキャロルが白銀として盗みに入ることを防止する意味合いも含まれていた。
「お金に困らなくなったのは嬉しいけどね」
銀貨の詰まった革袋をキャロルは小気味よく回して見せた。
「なるほどね。それでレビンの出自については秘密にするってことで良いんだね。ウチで気が付いていそうなのはイザベラとジュリアぐらいだろうね。イザベラは自分と似たような空気を感じているようだし、ジュリアは私と同じで男を見る目が鋭いから気がつくかもね。二人には私から釘を差しておくよ」
「そうしてもらえると助かるよ」
カタリーナは煙管をゆっくりと揺らしながら、嬉しそうにキャロルの顔を見上げる。
「何だか、だいぶ顔つきが優しくなったね。お前はいつも張り詰めた糸みたいだったから、少し心配いていたんだよ」
「えっ、そうかな?」
思いがけない母の言葉にキャロルは戸惑いの表情を浮かべる。
「ふふっ、まあいいさ。気を付けて行ってきな。それと、旅の一座にするんなら座長とは別に責任者の《《舞台長》》を決めないといけないねぇ。お前が兼任でやるのかい?」
「そこはね、もう決めてあるの。ちょうど暇そうな適任者がいてね」
母親の問いにキャロルは不敵な笑みを浮かべた。
******
キャロルがカタリーナの部屋を出て店先まで来るとクロードが女の子たちに囲まれていた。
「いやぁ、クロード様。もうお別れなんて、ジュリア寂しくて死にそうですぅ」
いや違った。
正しくはクロードに絡んでいるジュリアを、イザベラとホセの二人が引き離そうとしているのだった。
「クロード、用事は終わったよ。ほらほら、ジュリアも離れなさい」
三人がかりでジュリアを苦笑いの傭兵王から引き離す。
「あぁん、キャロル姉さまだけズルいですよ! こんな素敵な方と同じ馬車で旅をするなんて! ジュリアも一緒に行きたいです」
「ジュリア。別に遊びに行くわけじゃなくて、仕事なんだからね。いい加減諦めな」
可愛い妹をたしなめるキャロル。
「ずるーい」
ジュリアはふて腐れるように口を尖らせた。
その背にはホセとイザベラの二人が羽交い締めのように張り付いている。
ホセはまだ小さな傷が残っているが、日常生活が送れるぐらいにまで怪我の具合は良くなっていた。
「いい? 三人ともよく聞いて。ジュリアはお店に出る準備をしっかりすること。ホセはいなくなった二人の代わりにしっかり店の手伝いをしてね。イザベラは踊りの練習をするのと、たまにでいいから孤児院の様子を見てあげてね。わかった?」
「「「はーい」」」」
三人は声を揃えて敬愛する姉の言葉に返答した。
「じゃあ、商業ギルドに行って旅芸人の一座の登録をしてこようか?」
クロードに声をかけるとキャロルは振り返り、三人に行ってくるよと手を振った。
三人はキャロルたちの姿が見えなくなるまで、店先で手を振り続けた。
******
キャロルとクロードは連れ立ってロアンヌの街の第二層にある商人街へとやって来た。商業ギルドは商人街の中央にあり、三階建に塔屋がある目立つ形をしていた。
「登録と言っても一座の名前、それに構成員の名前と職業を登録して、証明書を発行してもらうだけだから簡単よ」
キャロルは受付から受け取った羊皮紙を手に取るとクロードへ手渡した。
「ん? 何だ?」
「文字書けるでしょ? わたしは読めるけど書けないから代わりに書いて」
「ああ、そういうことか。まかせろ。まずは一座の名前だな、もう決めたのか?」
「一座の名前は『風の音に舞う乙女』にするって決めていたの」
「『風の音に舞う乙女』か、いいんじゃないか?」
クロードは手早く文字を記入していく。
「そうしたら全員の名前を書いて、その隣に職業を書くの。わたしは踊り子。レビンが演奏家。ヌルとロス、セッツは大道芸人で。あなたは警備でいいわ。歌い手がいないのは残念だけど、そのうちいい人がいたら誘ってみましょう」
キャロルは町中で出発の準備に励んでいるであろう仲間の姿を思い浮かべている。
「俺だけ役無しか。まぁ気楽で助かるがな。後は何だ?」
「後は、座長はわたしで良いわ。責任者になる舞台長はあなたね」
「ッン!? 俺が責任者なのか?」
クロードは少女の顔を見ながら驚きの声を上げた。
「だって、あなた『《《部隊長》》』だったんでしょ? お似合いよ」
キャロルは少し意地の悪そうな表情を見せ、早く書き込むように急かす。
「おい! いくらなんでもそれは冗談が過ぎるぞ」
戸惑いの表情を浮かべるクロード。歴戦の傭兵とは思えないほど動揺している。
「一人だけ舞台に立たないんだから、裏方の仕事はお任せするわ!」
「くそぅ! 面倒事を押し付けやがったな。わかったよ、舞台長でもなんでもやってやるよ!」
諦めたクロードは半ばヤケになって書類と向き合う。
「書き終わったら受付に出して来てね。宜しく!」
キャロルは傭兵王の肩を叩きながら満足そうに頬をゆるめた。
******
雲ひとつない晴天のもと、幌馬車はサンタローサの街からさらに南へ走り、イシュア王国の王都方面を目指していた。
御者席ではセッツが手綱を握り、馬の背ではヌルが楽しそうに前方を眺めている。
水辺と草原が広がる中、まっすぐに貫く赤い道をゆっくり進むと、大きく広がった花畑の中で花摘みをする集団が見えてきた。
花の甘い香りが街道まで流れてくる。
「ローナ!」
キャロルは幌馬車から身を乗り出すと花畑にいる少女に声をかけた。
声に気が付いたおさげ髪の少女が手を振り大きな声で応える。
「お姉ちゃんたちは南に行くの?」
セッツが手綱を引くと馬車は歩みを緩めた。
「そうよ。夏の海神祭に備えて海の方へ移動するわ!」
キャロルの声が花畑に響く。
花売りの親方や他の娘たちも、手折ることを止めてキャロルの方に顔を向ける
「私たちも花を追って南下するの! また会えるよね!」
金色の髪が乱れるほど少女は大きく手を振った。
「旅を続ける限りまた会えるよ!」
キャロルも少女に負けじと手を振って笑顔を見せる。
馬車は南へと向かって少しずつ花畑から遠ざかっていく。
初夏を感じさせる日差しが降り注ぐ花畑の中、少女はいつまでもその姿を見送った。
「一座になったんだから、これからバリバリ稼ぐわよ!」
遠くから、そんなキャロルの声が聞こえた。
第一部 春の祭り 完
ここまでお読みいただき大変ありがとうございます!
ここで第一部は完結となりますが、キャロルとレビンの物語はまだまだ続きます。
この続きをお届け出来るよう頑張りますので、引き継きの応援を宜しくお願いします!!
風見まゆみ
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