第4話 待ち構える者
砂漠の夜が終わり次第に空が白んでくる。
高速で風の道を駆け抜けた一団は、馬の休憩を兼ねて砂丘の影に陣取りオアシスの様子をうかがっていた。
キャロルたち三人がオアシスの状況を確認すると、砂丘を駆け下り待機していた仲間たちの元へ戻ってくる。
オロフは全員を集め円陣を組むと話を切り出した。
「もうすぐ夜が明ける。どうする? ここから先は障害物が何も無い。正面突破するしか無いぞ」
突入を急ぐオロフを遮ってクロードが皆の装備を確かめる。オロフの手下たちは小柄な男たちが多く、短剣や小さな弓矢を携えている者がほとんどだった。
「一旦ここで全員の目的を確認して、意思統一をしておこう」
何を今更と言わんばかりの表情を見せるオロフ。
「わしらはクレマン達に仲間をやられた借りを返させてもらう」
フィリップたちの件でもそうであったが、オロフの執念深さは相当なものだった。
「わたしは大切な弟のレビンを助け出せば他の奴らには用はない。まぁ、あの野良猫っていう子と暗殺の依頼者には興味があるけどね」
はやる気持ちを抑えているのはキャロルも同じであった。
オロフはキャロルの事を値踏みするように一瞥した後、隣に立つクロードに鋭い視線を送る。
「一番わからねぇのはクロードの旦那、あんただ。なんでここまで肩入れをする? もう傭兵の域を超えているだろ。あのガキがそんなに大事なのか?」
クロードは腰をかがめ、砂地にオアシスの門扉周辺の図を描き始めた。
「俺は傭兵の身だ。今の雇い主からレビンを守るように言われている。それ以外はない」
「そうか、まぁそれ以上は詮索しねぇでおくよ。わしらもクレマンさえやれれば文句はねぇ。ただな、いま連れてきている連中は早駆けできるように身軽な連中しか連れてきてねぇ。コイツラだけであの傭兵と門を突破するのはなかなか難しいぞ」
オロフはクロードと同じように腰をかがめ、取り出した短剣で砂地の絵に泉の場所と建物を書き込む。
「オアシスには人が住めるような建物は一つしかねぇ。あのガキが捕まっているとしたら、その中だろうな」
それを見てクロードは門の前にひとつの丸を描く。
「俺が前に出て戦う。恐らく門の上には弩を使う者たちが隠れているはずだから、オロフたちは弓矢でそっちの相手をして欲しい。キャロル、風の精霊魔法の中に矢を避ける魔法があったはずだ。それを全員にかけてもらえるか?」
絵図を覗き込んでいたキャロルが顔を上げる。
「よく知ってるね。これだけ風の精霊の力が強い場所なら簡単よ。それどころか砂嵐を起こして吹き飛ばすことだって出来るけど?」
風の魔法には散々苦労したからな。とボヤきながらクロードはオアシスを回り込むように矢印を描く。
「それは最終手段に残しておいてくれ。だてに部隊長として一軍を率いてた訳じゃないってところを見せてやる。俺たちが敵の注意を引きつけるから、キャロルは魔法を掛け終わったらオアシスを回り込んで忍び込めるか?」
「任せて。一気にレビンのところまで駆けつけるわ」
キャロルは絵図に描かれた建物の配置を確認すると大きく頷いた。
オロフも手下たちを集めて配置の説明をする。
「クロードの旦那が傭兵連中を引き付けている間に、わしらの半分が左右に分かれて外壁に乗り移る。なぁに、あの高さなら一人が踏み台になれば飛び上がれる。残りの半分は後ろから弓で援護しろ!」
指示を受けた手下たちは頷き、それぞれの役割を確認する。
「よし、時間がないからすぐに行くぞ!」
クロードの掛け声に全員が反応すると、慌ただしく馬上へ飛び乗った。
******
砂丘を超えると一団はクロードを先頭にオロフたちが続き、最後尾にキャロルが馬を走らせる。
わずかに弩の射程外と思われる位置で一旦止まると、キャロルが精霊魔法の詠唱を始めた。
「気まぐれな風の精霊よ。その優艶なる腕で敵の矢を迷わせて! 風の抱擁」
クロードを始め全員の周囲に光の煌めきと共に小さな風の渦が巻き始める。オロフの手下たちが初めて見る風の渦に感嘆の声をあげた。
クロードは一団の前に出ると皆の顔を確かめながら声を掛ける。
「弩などの飛び道具は魔法が守ってくれるから心配するな。傭兵以外は暗殺者の連中だ。普通の兵と違って体を堂々と晒して攻撃して来るとは思えない。物陰や毒の武器にも気をつけろ!」
手綱を引いて馬の向きをオアシスへ向けると、クロードは剣を抜き門を守る傭兵たちに向かって吠える。
「我は傭兵王クロード。故あってこの門を通させてもらうぞ! 金のために命を捨てる愚かな傭兵は掛かってこい!」
相対する傭兵たちは困惑し各々の顔を見合わせる。
「あれ本物の傭兵王だぞ……。どうする?」
「なんであいつがこんな所にいるんだよ」
「何人でかかっても敵う訳ねぇぞ!」
躊躇する傭兵たちの様子を見かねたクレマンの手下が壁上から弩をチラつかせながらけしかける。
「どうした! 早く行かないとお前たちごと射抜くぞ!」
更にざわめきを増す傭兵たちを押しのけてドワーフのような髭面の傭兵が進み出る。
「あれっ? あいつは確か……」
キャロルが馬群の後方から目を凝らし見遣る。
抜け出てきた傭兵は小柄ながら異様に発達した胸板と太い手足を誇示し、手にした鉄棍を軽々と振るった。
「やっと来たか、クロードの兄貴! 待ちくたびれたぞ!」
「セッツか? どうしてここに」
「ここにいれば兄貴が来るって相棒が言ってたんでな」
そう言うとセッツは振り返り、力強く鉄槌を門扉に叩き込む。
強烈な衝撃を受けた木製の扉が大きくたわんだ。
セッツの突飛な行動に傭兵たちだけでなく壁上の暗殺者たちにも動揺が広がる。
「さすがに一発じゃ無理か……? もう一回行くぞ!」
セッツが歯を食いしばり全身に力を込めると筋肉が膨れ上がる。
猛烈な勢いで振り下ろされた鉄槌を受けた扉は、激しい音とともに内側へ飛び散った。中にいた黒ローブの男たちが巻き添えを受けて数人吹き飛ぶ。
「ハァー、ハッハッ! どうだ、オレ様の力は!」
傭兵たちをはじめ、オロフたちや壁上にいる黒ローブの男たちもセッツの行動に呆気にとられて動けないでいた。
いち早く我に返ったキャロルが詠唱を始める。
「風よ! 渦を巻き砂の嵐となれ! 砂塵瀑」
門を中心に砂嵐が巻き起こり視界をふさぐ。壁の上に隠れていた男たちが吹き飛ばされないようにうつ伏せになり必死に耐え忍ぶ。
その隙にキャロルは馬を駆け、セッツの脇をすり抜けるとオアシス内部へと突入した。
砂嵐で視界が悪い中、クロードもセッツの元へ馬を走らせる。
「なんでこんな真似を?」
「オレの相棒から言われてんだ。クロードの兄貴が来たらこうしろってな! オレはバカだから難しいことは分からねえが、相棒だけは信じてんだ」
セッツは拳を握りしめ誇らしげな表情をする。
――ロスが? あいつは敵なのか味方なのかわからないな……。
「ここはオレに任せて、兄貴たちは先に進んでくれ!」
クロードはセッツの言葉に頷くと、オロフたちを招き寄せる。
「俺は建物へ向かう。なるべく傭兵たちと手を組んで戦ってくれ」
オロフは鉄棍を振るうセッツを一瞥し、わかったと首を縦に振った。
強風と砂煙で視界が利かない中でも黒ローブの男たちが侵入者を討とうと徐々に集まり始めていた。
クロードは向かってきた二人の黒ローブを切り伏せるとアジトへ向かって走り出した。
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