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第3話 黒幕

 まだ夜も明け切らぬうちに、クレマンたちの馬車はオアシスを囲う石壁に設置された門扉を通過した。

 打ち捨てられたオアシスのため、石壁はだいぶ砂に侵食され、場所によっては上部まで砂に埋もれている場所もあった。


 クレマン達は敷地内に入ると待機していた傭兵たちを外に出し、門を閉めて迎撃の準備をさせる。

 古い小さなオアシスであるがゆえ、現存している建物は以前この地を治めた部族長が住んでいた、レンガ積み二階建ての家屋ひとつだけであった。

 馬車が建物に近づくと黒ローブの男たちが出迎える。


「すぐに追っ手の連中が来る。外壁の上から毒矢を撃てるようにしておけ。なんなら傭兵ごと射っても構わん」

「かしこまりました!」


 手下たちは四散すると手早く迎撃の準備をすすめる。


「誰か、野良猫を連れて一緒に来い」


 クレマンは麻袋に入ったままのレビンを担ぎ上げ声をかける。ロスがそれに応じて少女を立ち上がらせると腰ひもを引いた。少女は朦朧としたままロスに引かれて歩を進める。まだ痺れ薬が効いているようで足元も覚束ない。


 建物に入るとそのまま階段を登り二階へと進む。

 クレマンは木製の階段や床板を足音ひとつ立てずに歩く。その後ろをロスと少女がギシギシと足音を響かせながら続く。


 男たちは二階に上がるとそのまま奥の部屋へと進んだ。クレマンが片手で扉を開けると、中には黒ローブの見張り役が一人と、男性が椅子に腰を掛けていた。男性の歳は三十前後であろうか。いかにも旅の商人のような風体であったが、髪はきれいに整えられ、爪先に汚れなど全くない、貴族がするような下手な変装であった。


「マウロの旦那、頼まれていた小僧を連れてきたぞ」


 マウロと呼ばれた男は表情を緩めほくそ笑むと、椅子から立ち上がった。


「あぁ、ご苦労。その麻袋の中に入っているのか? まさか死んではいないだろうな?」

「大丈夫だ。大した怪我もしていない」


 クレマンはレビンの入った麻袋を床に下ろすと、袋の口を縛っていた紐を緩め顔だけ出してマウロに見せる。猿ぐつわをしたままのレビンはクレマンを睨んだあとマウロの方を見て驚きの表情を見せる。


 レビンは必死に何事かを叫んでいるが、猿ぐつわのせいで声にならず大きな息が漏れるだけだった。


 麻袋の端を持ち、力任せに引き上げるとレビンは派手な音を立てて床に転がり出る。クレマンはその腹を蹴り上げうつ伏せにさせると、その上にドカッと腰を下ろした。レビンは尻の下で低いうめき声を上げている。


「この小僧で間違いなければ、これで依頼は完了ってことになるが。殺しまでやらなくていいのか?」


 マウロは短刀をレビンの首筋に当ててかっ切る仕草をする。


「あぁ、これで十分だ。私が確実に息の根を止める。ここに金貨が十枚入っている。十分すぎる報酬だろう」


 マウロが金貨の入った革袋を投げて渡すと、クレマンは素早く中身を確認して立ち上がる。


「実はな。この小僧を護衛していた奴らが追い掛けてきているんだ。もうすぐここは戦場になるから、逃げ出すなら早めにしておけ」

「なっ、追っ手が来ているなんて聞いていないぞ!」


 狼狽の表情を浮かべるマウロを尻目に、クレマンは金貨の袋を懐にしまうとロスと野良猫を連れて部屋を出る。


 部屋の外には黒ローブの二人が待機していた。


「クレマン様、敵影が見えてきました。ご指示願います」

「わかった。お前は野良猫を連れていき、いつでも出せるように準備をしておけ。お前とロスはマウロの旦那が始末を終えたら、残っている傭兵たちを連れて一緒にロアンヌへ向かえ」

「はっ、かしこまりました!」

「承知いたしました」


 手下の男たちとロスは恭しく頭を垂れる。

 ロスと手下の一人をその場に残すとクレマンたちは階下へと移動していく。


「さてと、レビンさんの行く末を見届けますか……」


 ******


 ロスが奥の部屋に戻ると黒ローブの男がレビンの猿ぐつわを外した。


「スコッティ卿! なぜ貴方がここに!」


 レビンは床に転がされたまま、信じられないと言った表情でマウロを見上げる。


「それは、このマウロ・スコッティが暗殺の依頼者だからですよ」


 マウロ・スコッティはニヤリと笑うと、かつて若君として忠を尽くしていた少年を哀れみの目で見下ろした。


「オルシエール家の宮廷剣術の師でもある卿がなぜこのような真似を?」

「聡明な貴方様であれば、すでに理由はお気づきでしょう……」


 マウロ・スコッティ。


 オルシエール家で宮廷剣術を教える師範だ。もちろんレビンにとっても剣術の師であった。

 マウロ・スコッティは椅子に腰を掛け、頬まで伸びた口ひげの先端を整える。


「卿はムーレイン伯爵の直参だったはず……。では義兄上あにうえが」

「ご明察です。ジュルジュ様ひいてはヨハン様のため、本来であれば直接手を下さず、事故の中で命を落としていただく予定でしたが……。鉱山の滑落、商家の強盗と運良く生き長らえましたので、私めの手で直接お命を頂戴することといたしました」


 レビンは床から見上げながら頭の中で考えを巡らせる。


 オルシエール家の現公爵のダヴィド・オルシエール・ヴァーデンベルグには、妻シャルロッテがいる。レビンと妹のソフィアはその二人の間に生まれた子であった。

 しかし、レビンには十歳離れた異母姉の公女セシリアがいた。若くして病死してたダヴィドの最初の妻マリーアとの間に生まれた娘だった。


 男子継承のオルシエール家において継承権のないセシリアは、数年前に政都グリヨンの侯爵家の一つムーレイン家より婿をもらい、ムーレイン伯爵家としてオルシエール公国内に領土を与えられていた。


 レビンにとって義兄にあたる男。それがジョルジュ・ムーレイン伯爵であった。


「なぜ無関係な人々まで巻き込むような凶行を……。姉上をはじめ、義兄上ともいがみ合ったことなど一度たりともなかったのに」


 怒りとも悲しみとも分からない感情でレビンの顔がゆがむ。噛み締めた奥歯が軋むような音を立てた。


 マウロ・スコッティは大きく息を吐くと椅子から立ちあがり刺突剣レイピアを抜いた。


「ある不吉な予言があったのですよ。ムーレイン家にとってとても不吉な……」


 明り採りの窓から朝日が差し込んでくる。


 その光を受けて切っ先が妖しくきらめいた。

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