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第5話 孤児院にて

 カタリーナの家にて一晩を過ごしたキャロルとレビンは、翌日になると貧民街に有る孤児院へ赴いた。


 簡易な作りの家や崩れかけた建物が並ぶ中、少し開けた場所に柵に囲まれた小庭とレンガ造りの建物があった。その建物は村の教会や集会場ぐらいの大きさのものだった。

 柵の入口には初老の傭兵が門兵のように立っていた。


「傭兵を立たせておかないと人さらいに狙われるからね」


 キャロルは傭兵に手を挙げ挨拶をするとわずかに会釈が返ってきた。

 この孤児院はキャロルがカタリーナの家に行くまで過ごした場所だった。キャロルも他の多くの孤児たちと同じく親の顔を知らない。姉妹がいたとか双子だったという話も聞いた事が有るが肉親と呼べるものはいなかった。

 ちなみに双子は神話の伝承を由来として大陸全土で忌み嫌われており、産まれるとすぐに別れて育てられるのが古くからのしきたりとなっている。


 キャロルは巣立ったいまでも、お金を貯めるとこの孤児院に寄付してきた。子供たちの食費はもちろん、外周を囲う柵や傭兵の手配などもキャロルの寄付で賄われている。

 建物の方からチラチラと二人を見る視線を感じるがレビンが目を向けるとサッと隠れてしまう。


「子供たちには知らない奴が来たら警戒するように言ってあるのさ。イザベルも入れて三・四人は建物の中にいると思うよ」


 ――イザベル――


 昨夜、カタリーナの家で紹介された妹の一人だ。

 歳は十一歳で極度な恥ずかしがり屋の娘だった。キャロルに似てほっそりとした体型に長身、澄んだ瞳であったが、終始一番小さい弟アウグストの世話をしており、ほとんど声を聞いていない。

 彼女はラファの家でも珍しく赤子のときに売り込まれたのだという。


 近隣の没落貴族の娘で、産まれてすぐに人買いの手を通じてカタリーナの家に来たらしい。通常はこのような話は表に出ないのだが、数年前にその貴族が引き取りに来て周辺に噂となってしまったとのことだった。カタリーナが破格の身請け金を提示したことや、本人が親元へ帰る事を拒否したことも有り話は流れたそうだ。


 孤児院の庭先には小さめの菜園や花壇、子供たちの遊具が並んでいる。孤児院を運営している女性をイザベルが手伝っていろいろ整備をしているとキャロルは説明した。


「入るよ!」


 キャロルは勢いよく扉を開けて建物に入って行く。レビンも中を覗きながらそれに続く。

 室内は明り採りの窓から入る日差しのみで薄暗く、レビンは肌寒さを感じた。


「あっ、お姉さん……」


 毛布や洗濯物を抱えた少女が振り返った。

 麻で織られた飾り気のないチュニックに七分丈のパンツを穿いただけであったが上品な立ち姿をしている。理知的な顔立ちをしていてキャロルとはまた違う美しさを持っている。

 その姿にレビンは遠く離れた恥ずかしがり屋の妹を重ねた。

(元気でやっているだろうか……)


「イザベル、お疲れー! いつもありがとね。これ今回のお金だからおばさんに渡しといて」


 恥ずかしがり屋の少女はレビンの姿に気が付くと息を呑み、受け取った袋を手に奥へと姿を消した。


「昨日紹介したと思うけど、あの子はカタリーナの家の妹でイザベル。ちょっと人見知りなんだよ。イザベル! こっちに来な! 新しい兄さんを紹介するから」


 キャロルがそう呼びかけると奥の部屋から少女が伏し目勝ちに現れた。少女が出てきた部屋からは数人の子供たちが目だけ出してこちらを伺っている。


「は、はじめまして……」


 消え入りそうな声でイザベルは挨拶をした。視線は伏し目のまま指先で髪の毛をクルクルと弄っている。


「こいつはレビン。歳は十四でイザベルの三つ上よ。新しい兄と言っても、わたしに付いて一緒に旅をするからロアンヌには住まないけどね」

「あっ……」


 イザベルはレビンと目が合うと慌てて下を向き深々とお辞儀をした。


「人見知りは相変わらずだなぁ。昨日もほとんどレビンと話していないだろう。そんなじゃ人前で踊れないぞ!」

「は、は、はい……」


 イザベルは頬を染めると逃げるように奥へ隠れてしまった。

 それを見て、ふぅとため息を付き首をすくめるキャロルだった。


「あれさえ無ければいい子なんだけどね。あれじゃ盗みや物売りもさせられないから母さんも困っていてね。性格はまったく違うけど、踊りだってジュリアに負けないぐらいなんだよ。もう少し自己表現が出来ればねぇ……」


 レビンがイザベルの消えた奥の部屋を見遣ると、楽しげな子供たちと少女の声が聞こえてきた。

 彼女も幼い子供たちと接しているときは良き姉でいられるようだった。


「イザベルは優しいからここの子供たちの面倒を見てくれるんだよね。ラファの娘になるよりもミリエル神殿へ出したほうがあの娘のためになりそうだけど、カタリーナ母さんが高値をつけて手放さないんだ。ゆくゆくはジュリアとイザベルの二枚看板にしたいみたいよ」


 こればっかりはどうにも出来ないわ、とキャロルはぼやく。


 その後、レビンはキャロルとともに孤児院の中を見て廻った。

 孤児院と言ってもその実は寝泊まりする場と食事を提供するだけだった。子供たちは日中はバラバラに生活し日が暮れる前に戻ってくる。子供の出入りも激しく、キャロルがおばさんと呼ぶ女性が食事などを作ってはいるが、特段管理もされていないようだ。言い換えると女性の家に子供が出入りしているだけとも言えなくはない。


「孤児院では生きる為に必要最低限の食事しか与えていないよ。ある程度の年齢になると、みな勝手に出て行くのさ。わたしはここで育てて貰った恩義が有るから、今でも稼いだ分はここに渡しているだけ」

「そうなんですね……」


 レビンはキャロルがロアンヌには読み書きが出来ない人が多いと言っていたのを思い出していた。孤児院の中にいた少年少女たちの行く末を思うとやるせない気持ちがこみ上げる。

(何かしてあげたいけど、いまの僕じゃ何も出来ないな……)


 孤児院の建物を出るとイザベルが待っていた。


「あ、あの。今日の夕方、家のお母さんに踊りを見てもらう事になっています……。キャ、キャロルお姉さんにも見てもらえませんか?」


 イザベルは一気に捲し立てると、うつ向き胸に手を当てながら大きく深呼吸をした。

(本当にジュリアさんとは全く正反対の性格だなぁ……)

 レビンは深呼吸をしている少女を微笑ましく思った。


「わかったよ。今日も家に泊まるつもりだったから必ず見てあげる。久しぶりにイザベルの踊りが見られるのを楽しみにしているよ」


 キャロルはイザベルの細い肩を引き寄せ抱きしめた。

 イザベルは一気に表情を明るくすると小躍りして喜んだ。普段あまり感情を表に出していないからか動きにぎこちなさが溢れている。


「あのぉ……。出来たらレビンお兄様にも見ていただきたいのですが……」


 そう言うとイザベルは顔を真っ赤にする。


「ん?」


 キャロルが訝しげな表情を浮かべてイザベルとレビンの顔を見比べる。

 じゃ、じゃあ。というとイザベルは逃げるように建物の中に駆け込んだ。

 レビンは状況が理解できないままポカンとした表情を浮かべている。

 キャロルの顔にはいままで感じたことがない感情が浮かんでいた。


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