第3話 カタリーナの部屋
「お帰り、キャロライン」
煙管をカンと鳴らし、煙を吐き出しながら長椅子に腰掛けた妙齢の美女がキャロルを見据える。
甘い香とタバコの匂いが混ざりレビンの鼻孔の奥を刺激する。
足元は深みのある赤色に染められたふかふかの絨毯に、こちらも赤く染められた革張りの長椅子。全体的に濃く落ち着きのある赤い色で統一されたセンスの良い部屋の中にキャロルとレビンはいた。
「ただいま母さん。これが今回お店に入れる分ね」
キャロルは銅貨の詰まった革袋を机の上に置いた。
袋の中で硬貨の山が崩れてジャラジャラと音を立てる。
その音を聞きキャロルは少し満足げな笑みを浮かべた。
「孤児院にもお金を持って行っているんだろう。前から言っているが、お前の身請け金は旅芸人の旅団からしっかりと貰っているから、うちに義理立てする必要は無いよ」
美女が煙管で灰皿をカンと叩く。癖なのだろう、先程から灰を落とす訳では無くカンカンと煙管を叩いている。
この妙齢の女性。名をカタリーナといった。
ロアンヌの中でも有名なラファの家・カタリーナの家の女主人であり、現役のラファの娘でもあった。
その美女は肌触りの良さそうなベルベットのワンピースを身につけていた。体に張り付くようなタイトなワンピースが女主人の魅力を一層引き立ていてる。
本当にいいのかい?とカタリーナはキャロルの顔を見る。
「わたしは最低限のお金と音楽に踊りがあれば他は要らないよ。子供たちに使ってあげて」
僅かな時間であったが一緒にいてレビンにも分かったことがある。
キャロルは守銭奴と言って良いぐらいお金に厳しかったが、必要なものにはしっかりとお金を使っていた。食事・衣装・移動代と必要なものにだけ使っていたが、それ以外では全くと言っていいほど贅沢をしている素振りが無かった。
ただ、夜な夜な硬貨の数を数えて恍惚とした表情を浮かべる趣味のようなものはあったが……。
「そうかい。そこまで言うなら貰っておくよ。それはさて置き……」
カタリーナはレビンに視線を送る。
少年はビクリと小さく体を震わした。
「その美少年はお前さんの男かい?」
値踏みをするようにレビンの頭の天辺からつま先まで見た。
「ジュリアと同じようなことを……。母さんまで冗談キツイよ。コイツはサンタローサの町で奴隷だったところを助けてやったんだ。弟として連れて行くつもりだよ」
「フゥン……。うちは男娼を扱ってないからあんたの好きにしたら良いけど、持っていく所によっちゃあかなりの高値で引き取ってくれそうだね……」
カタリーナは立ち上がりレビンの正面に立つと、少年の髪を手で梳きらながらお互いの頬が触れるぐらいの距離まで近づく。長身の美女が、自身の目や手触り匂いまで嗅ぎ、まさに品定めをする。
レビンはカタリーナの急接近に動けず、目をつぶり顔を真っ赤にした。甘い香りに包まれて自身の内心で何かが反応し鼓動が早鐘のようになった。
カタリーナは不意に手を離すと元の柔らかそうな長椅子に腰を下ろした。
「私もね、この世界で長年生きているから人を見る目には自信があるし、男の匂いで金の有無や素性も分かるモノさ。どう見ても上級貴族の御子息がサンタローサで奴隷だって……、何か訳ありかい?」
また煙管の煙を吐き出す。足を組み替えるとスリットから白く長い素足が顔を出した。
「母さんには隠しても無駄かな……。コイツはガルギアにある良家の実家を追い出されて、ラガルド商会に引き取られたのさ」
「ラガルド商会だって?」
カタリーナが僅かに美しい眉を寄せる。
「あぁ、先日押込み強盗のあった商家だよ。どうも運悪くその場に居合わせたみたいで、そこで捕まってサンタローサに奴隷として売られたらしい」
カタリーナが美しい顔に険しい表情を浮かべる。
「あそこの事件の噂は私の耳にも入っているよ……。人の口に戸は立てられないからね。聞いたところでは、家人は皆殺しだが、家人の死人に対して強盗達の死体が多過ぎるって話だ。まるで仲間割れでもしたかのようだってな……」
「わたしの勘だと、この子を狙っての暗殺じゃ無いかと見ているんだけど」
キャロルはちらりとレビン様子をうかがう。自分が狙われている可能性があると知っていても、少年にとってはまだ他人事のように思えていた。
「でも、暗殺だけなら街に入る前にいくらでも襲えるはずさ。偶然に見せかける必要性があったんだろうね。大っぴらに暗殺で死んで欲しくない立場の人とかね。例えば爵位継承の立場を疑われたくない人とか……」
「わたしそこまで詳しく話してないよね?」
「ふふ。人って話好きなのよ。特に《《あの》》後はね」
あなた達にはまだ分からないでしょうけどね、と付け足した。
カタリーナの太客には街やギルドの要職に就いている者たちも多い。彼女にとっては幾らでも情報を集める手段があった。
「それで、その話が奴隷とどう繋がるの?」
「そこなんだよね、その辺りがイマイチ分からなくて。今後安心して過ごすためにも、敵が誰なのかハッキリさせたかったんだ」
「へぇ、お前さんから《《今後》》なんて言葉が出てくるなんてね。その子に出会って心境の変化でもあったのかな?」
「わたしは別にどうなっても良いけど! レビンの将来の話よ。逃亡生活なんてそうそう続けられないでしょ!」
キャロルは顔を上気させてカタリーナに突っかかる。まだまだ母親の手管には敵わないようだ。
「そうかい、それでワザワザこの街まで戻って来たのかい? また狙われる危険を犯してまで」
「そう。手を出してくればラッキーだし、捕まえて聞き出そうと思ってたんだけどね。現にこの街に入ってから何人もの視線を感じているし……」
「まぁ。ハナからそのつもりなら何も言いやしないけど、うちの娘達を巻き込むんじゃないよ」
「あぁ、わかっている。わたしがそばにいない時は安全地帯の宿に待機させておくよ。それに知り合いの傭兵が情報を集めてくれているから、分かり次第ここを出ていくよ」
「なら良いけどね……安全地帯は本当に安全かい?」
コンコン。
カタリーナが続けようとした時に部屋のドアがノックされた。
「ジニーです」
落ち着いた感じの若い女性の声が聴こえた。
「入っていいよ」
レビンとキャロルが振り返ると、爽やかなワンピースに身を包んだ女性が入ってきた。
ワンピース越しにもお腹が膨らんでいるのが分かる。妊婦のようだ。
「失礼します。あら、キャロルもいたのね。それに例の男の子も。探しに行く手間が省けたわ」
「時間かい?」
「はい、子供たちの夕食の準備が整いましたのでお呼びしました」
「わかった。キャロル達も食べていくかい?」
カタリーナは必ず夕食を子供たちと過ごし日々の様子を確認していた。
「あぁ、みんなにもレビンのことを紹介したいからね」
カタリーナは煙管の火を消し、すっと立ち上がるとレビンに声を掛けた。
「この家での生活についてはヴァージニアから詳しく聞くと良いさ」
ジニーは少年に対しニコリと笑みを浮かべた。
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