第9話 戦い終えて
太陽が空の一番高い所を通過する頃、乗合馬車はガルギア連邦からロアンヌへと続く街道に合流した。
殺風景な乾燥した白土の大地の中を馬車は走る。
北に広がる砂漠地帯が近くなって来たこともあり、吹き付ける熱い風に細かい砂粒が混ざるようになってきた。
二頭引きの馬車の運転台には、手綱を握る御者と片腕を包帯で吊った小柄な傭兵が座っている。
後部の幌の中では、太鼓腹の傭兵が未だに興奮冷めやらぬ様子でしゃべり立てていた。
「いやあ、さすが傭兵王の旦那ですな。あの蛸の化け物を一刀両断にしちまうとは、恐れ入りやした! あっしらなんか火の玉一匹でやっとだったモンで」
おでこを手のひらでピシッと叩いた。その頭は髪の毛の半分ほどが焼けてちりちりになっている。
「まぁ、最後はあの娘の魔法があったお陰だからな」
クロードは少女の方へ視線を送る。
キャロルは幌から出て後方の席に腰を掛けていた。隣には巨躯の傭兵が並んで座っている。この傭兵も頭に包帯を巻いていた。キャロルにとってはこの無口な傭兵の隣が静かで居心地よい。
昨夜の戦いのあとキャロルは質問攻めにあった。その大半は魔法に関することで、かなり辟易した。なかには、最近噂に聞く踊り子じゃないか?と話しかけてくる者もいたので、不機嫌な態度をあらわにすると、今日見たことは公言しないように言い放ち、寝床に逃げ込んでしまった。
(放っておいて欲しい……)
キャロルが軽くため息を付くと、何故か隣の傭兵もうなずいた。
「確かにお嬢の魔法は凄えモンでした……。傭兵の中にもたまに魔法を使う奴がいますが、あんな派手な魔法は見たことがありやせん。ありゃなんですか?」
ゴイはいつの間にかキャロルのことをお嬢と呼ぶようになっていた。
「あれは精霊魔法と言って、通常はエルフや飛翔族が生まれつき使う魔法なんだが、稀に人間でも使うことが出来るらしい。上位の精霊になると、風なら天候を急変させ、大地なら地震を起こす。ただ、精霊と契約を結んで使役するらしいが、そもそも精霊が気まぐれで契約自体が難しいし、契約者に課される制約も多いと聞く」
乗客席の隅の方に座りレビンは二人の会話を静かに聞いている。
「そうなんすね。まぁ、お嬢はあまり詮索されたくねぇみたいですから、聞くだけ野暮ってもんですね。傭兵仲間でも過去の詮索はしねえってのが暗黙の了解ってヤツで……」
「しかし、確かにこの辺りではあまり魔法を見かけないな。あっても神官が使う神聖魔法ぐらいか」
「もう長いこと北側諸国と分断されていますからねえ。北の冒険者達も滅多にこの辺りには来やせんから。まあ、お陰であっしら傭兵の仕事が成り立つんですがね」
ゴイは自分の剣を軽く叩いた。
二人の会話を聞きながら、レビンは宮廷で習った周辺国の知識を引っ張り出していた。
ガルギア連邦とイシュア王国の北に広がる砂漠地帯を抜けるとベルーム公国があり、さらにその北側には不可侵の悪魔の森と広大なトルナバ湖がある。トルナバ湖の対岸にはヘスティア王国があるが、湖の領有権を争って両国の間は長い期間、国交断絶状態となっていた。両国間の物流や人の出入りも、湖の周囲を巡る険しい山道を通ってわずかに行われている程度であると聞いた。
たしか義理の兄に当たる人物がオルシエールで生産される武具を輸出するために、東にそびえる腰骨山脈を抜ける交易路を確保しようと画策していたはずだった。
「小僧にも助けられたぞ!」
急に話しかけられて、レビンは慌てて顔を上げた。
「まだまだ素人の戦い方だったが、どっかで剣術を習ったのか?」
太鼓腹をさすりながらレビンの顔を見る。その顔はただの小僧に向けたものでは無く、同じ戦士として認めている表情だった。
「は、はい! 故郷で教わっていました」
ゴイはホゥと顎に手をやる。
「イシュア国内では闘技場が流行っているせいもあって、最近は私塾として剣を教えているトコも増えたらしいからなぁ。小僧もそんなところか?」
レビンはゴイの話に合わせて大きく頷いた。
「だが技術だけじゃあ、この世界は生き残れんぞ。ワシら傭兵は自分の命が一番大切じゃあ。王宮の騎士様と違って任務に命をかけるなんて馬鹿なこたぁしねぇ。生き残ってこそ次に繋がる。死んだらそこまでじゃ、誰も褒めてなんかくんねぇぞ。死なないために必死でがむしゃらに戦うんじゃ」
まぁ昨夜の戦いもなんとか生き残ったって感じだったがな、とゴイは焼けて縮れた自分の髪の毛をさすった。
「これからは俺が稽古をつけてやるよ」
クロードがそう言うと、二人どころか聞き耳を立てていた乗客全員が驚きの表情で彼を見た。
「傭兵王の旦那が! 本気ですか? おい小僧、すげぇことだぞ!」
「なんで僕に?」
歴戦の戦士は小さく肩をすくめた。
「お前たちに同行する代わりに剣を教えてやってくれとあの娘に頼まれたのさ」
(まぁレビンに剣を教えるのは、俺としても願ったり叶ったりだが……)
「キャロルさんが……」
レビンが後方を見ると、幌の隙間から少女の肩と傭兵の背中が見えた。
音の精霊に愛されている彼女には幌の中の会話も全て聞こえているのだろう。
すかさずゴイがクロードに詰め寄る。
「旦那。何か戦いのコツとかってあるんですかい?」
「コツってほどでは無いが、戦場の剣と宮廷剣術は違う。まずは武器を力強くしっかり握って、戦い抜く意志を持つこと。そして一撃一撃に魂を込めて相手にぶつける」
話を聞きながらレビンは小剣の柄を何度と無く握り返す。
「アニキ、そろそろ」
前方の幌を捲くり上げて外にいたザンが声をかけてきた。日差しと一緒に暑く乾いた空気が幌の中を駆け抜ける。
「旦那。ロアンヌに近づいてきたからワシも外の見張りに立ちます。ここからは本物の盗賊が出てくる区間ですからね。やっと本来の仕事が出来そうですわ」
そう笑うと、ゴイは重い腰を上げ、剣と盾を背負って幌の外へ出ていった。
五連湖の湖畔を出発し三日も経過すると、街道沿いは乾燥した大地から砂礫の目立つ大地へと変貌していた。
まだ春だと言うのに風が熱気をまとっている。
レビンは幌から身を乗り出して街道の先に見える景色を凝視する。
「あれはなんですか?」
砂丘の合間から三本の塔らしきものが見える。
「あれがロアンヌの象徴、大風車さ。あれのお陰で街中にオアシスの水が行き渡るようになっているのよ」
レビンの後ろからキャロルも顔を出して答える。
「そうなんですね。前に来たときは日が落ちた後だったので、街の全景を初めて見ました……。でも、その風車以外に建物らしいものが見えませんけど?」
「まぁ、近くに行けばわかるよ。」
キャロルはレビンの金色の髪に手を乗せてつぶやく。
「ようこそ、盗賊都市ロアンヌへ」
第二章 了
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