第6話 同行者
雨が運ぶ湿った空気が充満する幌馬車の中、レビンは息を潜め、座席に腰かけたままで事の成り行きを見守っていた。
突然現れた大男とキャロルの間で激しい争いになるのでは?と、心配そうに様子をうかがっていたが、事態は意外な程あっさりとした結末を迎えた。
キャロルは詳しく話さなかったが、クロードのことをルドルフの屋敷で出会ったバカ強い傭兵とだけ説明した。
レビンはルドルフの名前を聞いて身を硬くしたが、クロードはもうルドルフとは無関係だと説明し、キャロルは否定も肯定もしなかった。
キャロルの旅に興味があるとクロードは言い、それに対してキャロルはタダ働きで良ければ勝手に付いて来いと答え交渉は決着した。
レビンの目には、キャロルが追い払っても無駄だと諦めたようにも、ホッと安心したようにも映った。
クロードは一旦外に出て御者へ馬車賃を支払うと幌の中へと戻り、背中の大剣を外しながらキャロル達と並んで最後部の席に腰を下ろした。
幌の外から馬の尻を叩く鞭の音が聞こえると、馬車は石畳の上を小刻みに跳ねながら走り出した。
揺れる馬車の中、護衛役のゴイが太鼓腹を揺らしながらクロードへすり寄ってきた。
「傭兵王の旦那とご一緒させていただけるなんてこれも何かの縁でございます。うちら黒丸三兄弟のことをお見知りおきください」
ゴイは手のひらを擦り合わせながら上目遣いでクロードを見た。
「お前達はロアンヌの傭兵小屋にいるのか?」
クロードはゴイを見定めるように視線を送った。
「へい、主にこの路線の護衛を担当しています」
ゴイは一回りは年下であろうクロードに対してへつらって笑顔を浮かべた。
「そうか、俺もしばらくはこの辺りに滞在するから一緒になったら宜しく頼む。期待しているぞ」
クロードは手を差し出しながら答えた。
太鼓腹の傭兵は、手を握り返すと「ありがとうございます」と深々と頭を下げてから持ち場へと戻っていった。
キャロルはそんな二人のやり取りを全く気に留める様子も無く、幌の隙間から後方の様子を確認していた。
「雨のおかげで砂埃は立たないが、道はだいぶ悪くなってきているな」
キャロルは、幌の外に腰掛け、後方を監視していた巨躯の傭兵と目が合う。
傭兵は無言のままキャロルの言葉に同意するように頷いた。
「さっきも少し車輪が滑るのを感じた。これ以上雨が強くなると通行止めになるかもしれんな」
クロードも後方の幌を持ち上げ、外の様子を確認した。
巨躯の傭兵が、また無言で頷く。
「通行止めになったら迂回ですか? 出発前に御者が説明していましたけど?」
レビンも、キャロルとクロードの間から顔を出して、外の様子を確認する。
普段は埃っぽい真っ白な大地と聞いていたが、今は大雨の影響で灰色から黒の大地へと変貌していた。馬車が通ったあとには大きな轍が続いている。石畳では無い街道が大雨でぬかるみ始めているのが良くわかった。
「通行止めになるとしたら、この先の大きな川の所さ。浅くて川幅があるから、大雨になって水かさが増えると、すぐに氾濫するんだよ。そうなれば、川の手前で上流に向かい、渡れそうな橋から川を越えて、ガルギア側から来る街道に合流する」
キャロルは幌を閉め、フードを目深に被り直すと、レビンに説明した。
レビンはガルギアの名を聞くとピクッと身を震わせた。
ズルッ。
馬車がぬかるみに車輪を奪われ、車体が横に流れる。
「どうやら、そのルートになりそうだな」
レビンの反応を見逃さなかったクロードがそう続けた。
******
その一報は一日目の野営地に届いていた。
キャロルの言っていた通り、川が溢れ街道が通行止めになっているとのことだった。そして川沿いを上流へ向かい、川を渡ると御者から説明があった。
二日目も雨が続く中、上流へ向かう。半日も進むと次第に雨も上がり、道も安定してくる。
上流にかかる大きめの木製の橋を渡り、五連湖近くの広場で二日目の野営となった。
日が暮れる前に野営地を決めた一行は、馬車を停めると、各々必要な荷物を持って馬車を降りた。
この地は予定されていた野営地では無いため、御者は馬車を中心として、広めに災難除けの護符を使って結界を張ると、傭兵たちを伴って薪になる木を集めにいった。
「俺も手伝ってくる」
クロードはそう言うと、傭兵たちの後を追って木立の中に消えていった。
レビンはキャロルと共に荷物を下ろし、広場の一角に寝床を設営すると、並んで腰を下ろした。
「この周辺はあまり雨が降らなかったみたいですね。足元も濡れていないし、昨夜みたいに馬車の中で寝る覚悟をしていたので、野営が出来て良かったです」
昨夜宿泊した野営地では、雨が降り続き外に出ることが出来ず、全員幌の中で何とか寝場所を確保しながら一晩を過ごしたのだった。
「春先は、イシュア海流の影響で海に近いほど集中豪雨になりやすいからね。上流の五連湖近くまでくればだいぶ違うさ」
キャロルは荷物の確認をしながら答えた。
「ところで、クロードさんの事ですが……」
傭兵たちが消えた木立の方を確認しながら、レビンは声を潜めた。
「信用しても大丈夫なのでしょうか?」
レビンは不安げな視線をキャロルに向けた。
「お前のことを連れ戻すつもりなら、国境の町で馬車から引きずり下ろしただろうし、もしもルドルフの差金だとしても、手を出さないところを見ると何かしらの意図があるんだろうな」
フーっと大きく息を吐きキャロルが答える。
「まぁ、心配はいらないさ」
キャロルは敷いたばかりの寝床の毛布に仰向けに転がった。
「それよりも、ちゃんとクロードのことを警戒していたんだな。てっきり信用しているのかと思ったよ」
ゴロリと転がると、少年の端正な顔を見上げた。
「僕もこの環境に馴染まないといけませんからね」
傭兵たちが消えた木立の方向をしっかりと見据え、レビンは答えた。
「そうさ、環境に馴染めない奴から順番に死んでいったよ。みんな必死さ……」
木立の方を見ると、クロードを先頭に薪木を抱えた傭兵たちが出てきた。
クロードの手には兎のような小型の獣が握られている。いつの間にか食料の調達までしてきたようだ。
「これで一杯楽しめるな」
二人に向かって獲物を掲げてみせると、クロードは満面の笑みを浮かべた。
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