願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 6
御子というのはね。
『プレアデスの鎖』に触れた最初期の人間の一人が始まりだったと言われてるの。
その人間は、鎖の管理者・使用者としての最上位の権限を手にした。鎖のマスター権限を。
これは、この土地の全域にバラバラの欠片となって残るとされる鎖、その全てを統御できる権限で、あらゆる鎖の活動を命令の上書きによって停止することも捻じ曲げることも自由自在に可能な強力な最上位の管理者権限だった。
権限は御子の中に宿り、血筋によって代々受け継がれてきた。一度にたった一人しか持つことのできないもので、これを宿す人間が『御子』と呼ばれ、時に拝まれ、敬われ、奉り上げられてきた。
御子はその身に持つ『鎖』のマスター権限を行使することで、鎖の引き起こした超常的怪異を霧散させ、消し飛ばし、現実の世界の「まともさ」を守ってきた。ようするに、勝手に動いて悪さをするコンピュータープログラムを、管理者権限で停止させたみたいなもの。これが、
「御子による、調伏」
と――歩みを再開して山中の道を奥へと進みながら、昴はさらりと説明してみせた。
正直なところ、内容に関しては信憑性と言えるほどのものは一つも存在しないように、統には感じられた。超常的怪異の存在、その原因としての人の願いをオートで叶える『鎖』とやら、そしてそれを鎮める御子と、御子に宿る『鎖』の最上位管理者としての権限=力。
ひょっとしてこの少女は何かおかしくなっているのではという思いが統の頭の中に生じた。
しかし、もし彼女がおかしいのだとすれば、彼女が出現させた『鎖』を見ることのできる自分もまたおかしい、という考えが導かれてしまう。
(それに、宮川に見せてもらったあれだ)
思い出す。新聞のような割に新しい形態の記録だけでも百年以上前からいくつも報道されてきた、ここ七姉妹市の「おかしな事件」たち。誤報や誇張などが相当量あると考えても、あれら全てが無から生じるとは考え難い。
一体、この街は何なのか。引っ越してきて一か月も経っていないうちから、以前まで住んでいた都会とは全く別の世界にでも来てしまったような気がしてしまう。
あり得なさ、おかしさ、幻想的民話的な何か。あるいは空から降り落ちたSF的な不可思議さ。そうしたものが思考にじわりと染み込んできそうな気配を感じて、統は軽く頭を振った。
「……この、宇宙人探し、とやらも調伏の――超常現象を鎮めるための一環ってこと?」
背中に問うと、これまでの轍のある道からより細い人一人分ほどしかない小道に分け入ろうとしていた昴が「うん」と返してくる。
「最近になって突然、馬鹿みたいな宇宙人目撃談が町中で噂されるようになったの。夜空に編隊を組んであり得ない速度で飛行する光の群れを見ただとか、灰色で小柄な大きな目の二足歩行生物が林を歩くのと見たとか、タコのような頭部と触手を持つ生物が山裾にわずかな間姿を現したとか……」
「それはまた、なんというか、古めかしいというか分かりやすいというか」
「そ。凄く分かりやすい、宇宙人目撃談。普通なら今更そんなこと話してもバカにされるだけでネタにもならない類の。でもそういう噂が出始めて、それなりに広がり、自分も目撃したって人が出てきてる。ちょっと不自然でしょ? だから、『鎖』の力による超常的怪異を疑ったの」
「超常的怪異って、つまり目撃談は実際に『プレアデスの鎖』とやらが宇宙人やUFOやそれに類する現象を起こしているってことか」
「かもしれない。もしそうなら、『御子』の出番になる。勝手に願望を読み取って超常的な力であり得ない現象を起こしている鎖を停止させないと」
「させなかったら?」
「UFOが日常的に人をさらったり、光線銃を持った宇宙人が警察や自衛隊と殺し合ったりするかもね。統は嫌でしょ? そういうの」
んなアホな、と、昴の言ったような光景を想像して顔をしかめてしまう。あり得るようには思えないし、もしあり得るならばそれを防いでいるのがたった一人の少女ということになる。
あんまりにもあんまりな話にまともな言葉も思いつかず、統はとりあえずより現実的なことを尋ねることにした。
「それなら、さっさと停止させればいいんじゃないの? 鎖とやらの悪さをさ。そのための権限が御子にあるなら。わざわざ山に分け入って何かを調べる必要は無いように思えるんだけど」
「それが、そうもいかないの。既に活動中の鎖を上位権限で止めるには、その発生源を特定する必要がある」
「発生源?」
「鎖は願いを叶える。鎖の活動の源は、その願いの内容そのものと、願いの主の二つ」
昴は右手の人差し指を中指を立てて体の横でひらひらと振った。
「誰が願っているのか。それと、何を願っているのか」
それを知らなければならないの、と呟く。
「なんでそんな面倒な」
空から降った超常的存在の超常的な遺産と考えれば、なんとも不便すぎるのではないか。
「元々、『プレアデスの鎖』を残した存在は、人間よりももっと精神的な存在だったのかもね。外部と内心とを分ける必要もない意識構造だったとか、あるいは個と全の区別の曖昧な生き物だったとか。その辺は、御子の家系にも記録や情報がないから想像するしかないけれど」
なるほど。全く何に納得したわけでもないが、統はとにかく心の中で繰り返した。なるほど。
その上で、もう少し現実的な疑問を口にした。
「ところで、これって結局どこに向かってるんだ? あてもなく山の中を歩いてるだけ?」
昴は変わらず歩を進めながら、首を横に振った。
「ううん。これ、見て」
と、振り返ってまたも彼女は自分の掌の上に、あの発光物体――プレアデスの鎖――を出現させた。
今度は、最初に見た時や先ほど見た時ほどには大きく展開されなかった。昴自身の意志で制御可能なのか、ほんのひと掴みほどの超次元的な格子だけが現れている。
よく見れば(三次元的にあり得ない高次元的立体であるために『よく見る』と眩暈がしてくるのだが)、格子からは一筋、小さな触角のような光の筋が伸びていた。ふらふらと先端が揺れながらも、大まかに一方向を指している。
「これは、活動中の『鎖』の主を、つまり鎖に願いを捕捉され叶えられている人物……さっきの言葉で言えば『願いの主』を、探知しているの」
手を伸ばして統に見せつけてくる。
「大まかな方向だけだけれど、サーチできる」
光る触覚――格子から伸びた高次構造の一端は、今は細かに震えながらも、山の斜面の上方を指していた。
「ここ数日、何度かこれで探知してみたの。結果、この山の辺りを私の『鎖』は指し示すことが多かった。そしてその場所は、偶然か否か、噂になっている宇宙人目撃情報が最も多く見られる場所でもある……」
「だからここに調べに来たのか。でも、俺を誘ったのはどうして? 話聞いた感じ、特に手伝えるようなこともないように思うけど」
純粋な疑問を口にする。教室で突然声をかけられ、あれやこれやの突然さや不思議な出来事に押し流されるように来てしまったが、なぜ自分が、という理由が統には全く分からなかった。
「それは――」
何かを答えようとしたのか、昴が足を止める。――と同時に、がさりと大きな音が響いた。