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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 1 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街
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 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 4

 先日目撃した御子様とやら。降り落ちたもの。宇宙人。雲雀とかいう下級生。

 さすがにこれ以上はないだろう、といった思いを抱えて、統はそれからの数日を過ごしていた。実際以後しばしの間、学校生活は割と平穏無事なもので、なんとなく宮川と親しくなったのもあって悪目立ちもせず楽に過ごせていた。


(何の不満もない)


 とそう思ってしかるべき平和なスタート。何かがどうにかなるなんてことのない。

 しかし、そんな状況に統は、どこかで引っ掛かりを覚えてもいた。不満のないはずの平穏さに、チクリと針を刺すように、あるいは刺されるように、何かがどうなったっていいじゃないか、という謎の不平不満が一瞬だけ心の中で蠢くようなところが、あった。


 果たして、そんなことを思ったのが悪かったのかどうか。


 転入から一週間が経過しようやく新たな学校生活に慣れた、というタイミングで――そしてまたも唐突なタイミングで、訪問者が現れた。


「え、あれ、御子様じゃん」


 と、朝のHR前のざわつく教室で誰かがふとそう言った。それが合図だったとでもいうように、ざわめきが途切れ、静まり、静寂が訪れる。

 皆なんとなく口をつぐみ、教室の戸口を見やっていた。

 視線が集まる先には、どこか非現実的な、赤い輝きを散らす髪を持った少女が立っていた。緋袴と白衣の巫女装束ではなく、女子生徒用のシャツとブレザー、細リボンタイにスカート姿で。


 沈黙にも、注目にも、まるでたじろぐことなく。その少女――七沢昴は、教室内に歩み入ってくる。こつこつと内履きの靴音を響かせ、辿り着いたのはよりによって統の左隣の席、始業式から空席でそれ以来一度も誰も座っていなかった席だった。

 驚きと戸惑いにただ他の者と同じように彼女を見ていると、昴はあたかもそれが自然なのだと言わんばかりに、机に荷物を置くと同時に統の方に向き直って口を開いた。


「おはよう」

「おは……よう、ございます」


 何故か丁寧に返してしまう。そしてこのやり取りのせいで、クラスメイトの注視の視線の半分ほどが、統にも降りかかってきた。


「ええと、その、このクラスだったの?」


 なんとか言葉をひねり出して訊くと、あっさり昴は頷く。


「名簿、見てないの?」


 言われて、気づく。正式なクラス名簿などじっと端から端まで見てはいない。にしたって、始業式から数えて一週間も来ない人間がいるとは、想定はしていなかった。

 お前これ知ってたろ多分――と統が視線を宮川の方に向けると、少し離れた位置に立っていた彼は片手で頭など掻きつつ「ごめんよ言い忘れてた!」と言わんばかりにぺろりと舌を出してみせた。この野郎リアクションが昭和かよ。


稲上統(いながみはじめ)君」


 フルネーム呼びで、宮川の方に向けていた視線を戻される。


「な、何?」

「あの、ね」


 小さく唇を開いて何かを言いさし、昴は統と視線を合わせた。大きく形のいい瞳が統の姿を映しこんでいる。瞳の虹彩は髪のように赤くはなかったが、明るさと深さを併せ持った綺麗なブラウンで、映り込んだ景色を見ている過去と未来を同時に見ているような気分になる。

 背筋を伸ばした整った姿勢で、昴はさらに何かを言いかけて、開きかけた唇をしかし一度閉じた。


(なんだ?)


 じっと視線を離せぬままに、統は心の中でだけ首をかしげる。

 昴は、「その」とか「あの」とか短い呻きのような呟きをいくつか小さく上げて、何かを言いあぐねているようだった。

 あの日の早朝や、たった今しがた見た昴の様子――人からの注目に慣れ、整った姿かたちで迷いない刃のようにすっと動くといった印象からはややズレた様子に見えた。

 数秒ほどの躊躇いを見せた後、昴は意を決したように少しだけ声を大きくした。


「ちょっと、手伝ってほしいことがあるの。放課後に」

「それは、俺に?」

「そう」

「えらく突然に思えるんだけど……?」


 当たり前に混乱してみせる。すると彼女は、声を抑えて、周囲を伺いながら囁いた。


「分かってる……けど、この間、見たでしょう、私が……」


 濁した言葉の意味は、すぐに分かった。記憶の中にしまわれた、あの奇妙な発光物体とそれを前にした巫女装束姿の昴が想起される。


「あれに、関係することなの」

「あれにって、あれが何なのかも分かってないのに」


 言い返しながら、始業式の日に聞いた宮川の話を思い出す。調伏の御子。超常的怪異を鎮める存在。

 今はすぐ近くに、ちょうどその御子様がいる。じっと統の方を見て――その、御子様の、昴の瞳や表情には、何かが宿っていた。そのことに、統はふと気が付く。これは――


(願い)


 直感する。昴は笑ってもいなければ泣いてもいない。淡々とした無表情に見える。だがその相貌の端々に、きゅっと力が入り、あるいは微かな震えが潜んでいた。

 隠されたように宿っているのは、燃えるような、切実な、願いの色だ。それが、分かってしまう。見えてしまう。


 ――何もかも、どうにかしたい。


 統の意識にそんな言葉が響いた。幻として。どこか過去の遠くから。いつかの自分から。

 気が付けば、統はなんとなく、意識することもなしに、答えていた。


「まあ、別にいいけど」

「え、いいんだ」


 頼んだ本人のはずの昴が意外そうに眼を見開いた。


「内容も聞いてないのに」

「そりゃ、無茶なことだったら断るけども」


 言うと、昴は考え込むように視線を足元に落とした。板張りの教室床(都市部の学校から来た統にしてみればちょっと珍しい)に目線を向けて、やがて「別に、無茶なことではない、と思う、多分、きっと」と途切れ途切れに呟いた。


「そっか。で、結局、手伝ってほしいことって、何?」


 促すと、昴は目をそらし、体をひねって、教室の窓に目を向けた。春の緑に覆われた山々が美しく並んでいる。

 統に後頭部を向ける形で窓側を向いたまま、昴はやがてぼそりと、すぐ傍の統にだけ聞き取れるほどのものすんごい小声で、答えを口にした。


「……宇宙人探し」


 マジかよ。


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