願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 3
調伏――心身を整え、悪魔・怨敵などを制し降すこと。あるいは単に、制御し、抑え込み、服従させること。煩悩・悪行などに打ち勝つこと。
多分、仏教用語だが、自信はない。常用する単語でもない。「御子」という語のほうは更に非日常的だ。この場合、「制する」相手が謎の超常現象ということになるのだろうか。
(田舎に来たとは思ったけどもさ)
ARグラスを外して眉間を指で揉みながら、統はたった今聞いた事柄を頭の中で反芻していた。
転校前にいた町は日本でも三本指に入る都市部だった。比べて、ここ七姉妹市ははっきりと田舎だ。とは言っても、別に限界集落などというわけではない。市の中心は観光地で、人口規模もそこそこ。コンパクトだが意外に活気のある地方都市と言っても良い。そこにきて聞かされる「街の話」の一つ目が、怪しげな土地柄と奇妙な巫女様もとい御子様の話とは。
バカバカしい、とため息をつきかけて息を吸い込んだ瞬間に、先日の光景が脳裏に瞬く。
焼けた夕空をそのまま刻んで流したような緋色の髪。大きく、睫毛の長い瞳。薄い胸板の前に浮かぶ、発行するあり得ない立体形状の群れ。
――ほんとに、見たんだね。
黒猫のぶぎゃ、という鳴き声がどこかから聞こえた気がした。
調伏の、御子様。
「御子様はさ、この七姉妹市でおかしなことが起きると、それが『降り落ちたもの』の起こした超常的怪異かどうかを探って、もしそうならそれを鎮め、制し、自らの力の下に抑え込むんだそうだ。具体的にどうするのかは知らんけども」
「……なんか、すんごいファンタジーなこと言ってない?」
もしくはファジーなこと言ってない? と心の中で言葉を重ねる。
思いっきり眉をひそめて見せる統に、宮川はと言えばあっさり同意して見せた。
「だよな。俺もそう思う」
「思うのかよ」
「だってそだろ、空から来た超常存在に、オカルトじみた事件に、それを解決する街の特別な少女、だぜ。ラノベじゃないんだからさ」
じゃあなんでこんな長々と話したんだ、と言いかけるが宮川も予想していたのだろう、「まー待てって」と手を上げて制する。
「俺ら若者にとっちゃそりゃファンタジーか与太話かって話だけどさ。さっきも言った通り、年配の住民にはかなり本気で信じてるってか当たり前のこととしてる人間も多いんだよ。結構独特な、信仰じみた感じでさ。うちの父方のじいちゃんなんかも結構真剣に拝んでるよ」
拝むて。若干引いてしまう。
「先代や先々代の頃から何度も街がおかしなことになるのを救ったってな。たまに会うとよく聞かされる。親の世代になるとそこまでがっつりって感じじゃないけど、それでも一定の敬意は寄せてたりするな」
「知らなかった……そんな変わった風習があるなら、もっと知られてそうだけど」
「あんまりこのことは外に向かって話したがらないんだよ、皆。昔からの大事な信仰みたいなもんだけど、何度か興味半分の取材とかで苦労したらしい。ともかく、『御子様』の存在も超常的な事件同様、古くからこの土地にあるって話だ。だから古株ほど深く畏敬の念を持ってるし、そういう傾向が町全体にあるからな。七沢さんとこは大事にされてるし、敬われているっていうか、そんな感じでさ」
もちろんそういう話丸ごと別に全然信じてないやつも多くいるけどもさ、と宮川は肩をすくめる。
「なにせ町全体が大事に扱ってる風習・信仰の核だからな。信じていようがいまいがぞんざいには扱わないし扱えないわけ」
「御子」ってのは、この町ではそういう存在ってことだ、と宮川はまとめてみせた。
正直一通り説明されてぱっと理解できるものではなかった。実感としては戸惑いの方が勝る。AIがプロ顔負けの絵画を一瞬で作り出し、完全無人化された戦闘機がそろそろ実戦に出ようかというこの二千二十年代後半に、土着のマイナー信仰とは。
今度こそ一つ息を吐いて、統は得意げな宮川の顔を見た。
「やたら詳しいのな。こんなプレゼンみたいのまで見せて」
突っ込むと、得意げな顔が更に得意色に染まる。
「まーな、俺、歴史部だから」
うしし、と笑う。これは果たして歴史部の活動に適するんだろうか、とは思うのだが。
あまりに統が「分かんねーなもうこれ顔」をしているからか、宮川はフォローするように付け加えた。
「まあさ、端から見ればド胡散臭い話だよ。『降り落ちた何か』も超常現象も、俺だって別に信じちゃいないし。御子様が街で大事な存在ってのは事実としてそうだけど、ちょっと変わった信仰や伝承なんてのはどこの土地にも結構あるもんだろ。その一つだよ、たぶん」
と安心させるように言っておいて、彼はしかし思いついたように声色を突然変えた。
「あ、でもな、今ちょうど……ちょうどさ、一つ、あるんだよな」
「何が?」
「おかしなこと。あり得ない何か、ってやつの噂」
声を低くして。宮川は半眼で、統にこっそりと打ち明けるようにして告げた。
厳かに、あるいは恐れるように。慎重に言葉を絞り出すように、大きく間を空けて、
「宇宙人が出るんだとよ。山で」
と。
「玩具みたいな光線銃を持った宇宙人に狙われたとか、捕まりそうになったとか」
しばし黙って考えてから、統は半眼で相手を見つめた。ネタだとしても滑りすぎている。
「……ひょっとして、おちょくってる?」
「多少は」
「おいコラ」
「悪い悪い、いやでも噂は本当にあるんだよ。最近急に出てきたの」
わっはっはとひとしきり笑って、やがて満足したのか宮川は落ち着いて話を戻した。
「あ、そうだ忘れてた、それで結局、七沢さんとこのあの妹さん、何の用だったんだ?」
などと再度質問してくる。
あの日見た謎の光景。七沢昴という奇妙な少女。
そしてその妹を名乗る下級生からの訪問。
秘密にしておいてという「お願い」。
たった今聞かされた、街の歴史と民話、信仰の話。
いくらか考えて、結論付ける。
「さっぱり分からん」
「何だそりゃ」
今度は、宮川が首を傾げる番だった。