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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 1 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街
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 願いは何であるのか 地球外知的生命探査少女の住む街 2

 もう何も分からんちんなのでとりあえず帰って寝ようと決意し、いい加減人影もまばらになった教室から出たところに、またも別の声がかかった。


「な、さっきの、なんだったんだ?」


 背後から元気と勢いと通りのいい声をぶつけられて振り返ってみると、すぐ傍に一人の男子生徒が立っていた。短髪で、やや背が高くしっかりした体格の、いかにも気力体力元気食欲その他あれこれの充実していそうな雰囲気の少年だった。


「あれ、御子様のところの妹さんだろ? 突然二年の、うちの教室なんか来るから驚いたんだけど、お前何言われてたの?」

「なにって、ていうか、何? ミコサマ?」


 脳裏にあの紅白の衣装がフラッシュバックする。確かにあれは巫女衣装っぽかったけども。思い出しつつも怪訝な顔をしていると、少年はぱっと表情を変えた。


「あそっか、そっち、転入生だっけ。そりゃ分かんないよな。ちなみに、ミコって神社のあの巫女じゃなくて御の字に子供の子だからな。御子様、な」

「なんだそれ。皇族かなにか?」


 んなわけあるかと思いながら訊くとまさにそのまま「んなわけあるか」と返される。


「そうじゃなくて、超常的な存在に連なる者ってか、単に貴人というか半神というか」

「ますます分からない」


 現代日本で貴人もなにもあるのか。いやあるかもしれないが。それに、超常的?


「あっはっは、そうだろうそうだろう」


 何がおかしいのか、笑われる。なぜかやたら気持ちのいい笑い方ではあった。


「しっかし転入初日から七沢さんとこのお嬢さんに声かけられるとは、何者だ転校生?」

「だから分かんないんだって。お嬢様?」

「マジで何にも知らない? 誰かに聞いてもない?」


 ない、と答えると、しゃーねーなぁ、と調子よく言いながらそいつはにかっと笑みを浮かべてくる。


「教えたるよ。あ、その前に、俺、宮川な。宮川真也(みやかわ しんや)。よろしくな、稲上だっけか」


 えーとな、と彼、宮川は話しかけて、


「そうだ、AR機器、なんか持ってる?」


 と訊いてきた。何とも話があちこちに飛ぶなぁ、と思いつつも統は鞄に手を突っ込み、言われたものを取り出す。


「グラスなら。ちょい古いけど」

「大丈夫大丈夫、んじゃ繋げて」


 と宮川もまたARグラスを取り出して装着し、手近な空いた席に着く。何とも馴れ馴れしい、とは思いつつも悪いやつでもなさそうだったので、統もそれに倣う。


 拡張現実――現実に情報を付加したり現実の情報を強化したり変化させたり減衰させたりと、文字通りに現実を情報的に拡張する技術だ――の中でも、特に視覚的なAR技術に関しては、ここ十年ほどでかなり発展と一般化の道を進んだという。

 ゲームなどを中心に一般的にAR技術が使われ出したのがゼロ年代から十年代、それから二十年以降の数年、あの例の新型ウィルス騒ぎを経て情報系のムーブメントがいくらか変化し、その流れの中でARもより広く利用されるようになっていた。状況に応じて簡単なアプリならば自動的なストリーミング形式での利用が可能になってきたこともあって、AR表示は最早個々人が意識的に管理し利用するものから自然な視覚と半自動的な情報処理・表示・加工・検索その他ソフトの溶け合った自然感覚の延長のような存在になり始めている。


 統が持っているARグラスは、安価に広く利用されているモデルの一つだった。見た目は無個性なデザインで、フレームは細く、ぱっと見ではただの眼鏡と区別できない。

 統がグラスをかけて宮川の向かいに座ると、すぐに宮川から招待が飛んでくる。簡単な作業用の共有ルームだった。承諾すると、ぱっと視界に小さな立体地図が展開された。上空から見下ろした、七姉妹市とその周辺のマップが机の上に浮かんでいる。ウェブ上の有名なマップサービスから引っ張ってきたらしく、ポリゴンモデルに衛星写真を貼りつけたマップの隅にはGから始まるサービス名が表示されていた。


「そもそもの始まりはだな、数千年の昔のことだ」

「なんか初っ端から胡散臭いんだけど」

「まあまあ聞けって。これ、観光系のページとかにも載ってる話なんだけどさ」


 ひょいひょいと、宮川が地図のいくつかのポイントをマークする。いくつかは街を囲む山の中の小さな池や湖や窪地だった。


「ふるーぅい民話とか伝説とかそんな話でな。この土地には昔から、空高くから神様だとか神霊だとか妖怪だとか、そういうものが降りてきた、あるいは落ちてきた、みたいな話がいくつもあるんだよ」

「それは、隕石信仰とかそういう……?」

「いや、もっと全体的に曖昧でふわっとしてんだよ」


 すっと宮川が指を振ると、地図の上に幾つかのウェブページが表示される。どれもこの七姉妹市の伝承などを取り扱うサイトだった。

 ざっと目を通す。確かに宮川の言う通り、「ふわっと」していた。「何か超常的なものが空からやってきたあるいは落ちてきた」という点だけは共通だが、その落ちてきたものが何だったのか、その正体もまつわるエピソードもいくつもパターンがあり雑多だった。

 神様、精霊、妖怪、悪魔、などはまだマシな方で、UFOだの未来人だのを謳うオカルトサイトまである。


「ま、良くて民話、悪けりゃ与太話だな」


 と宮川自身も笑っていた。


「けど与太話で終わりになって消えていかず、この土地では今もこの『なにかが降りてきた』って話が、特に年配中心にまだ信じられてんだよ。ちと意外なくらい深くな。で、それにはちょっとした理由があってさ」


 また宮川の指が表示を操作する。表示が切り替わり、今度は地方新聞の記事や個人サイトの写真などがいくつも並ぶ。内容はあまり統一感がなかったが、どれも事故や事件を扱っているらしい。


「どーーーーにも、おかしなことが、起こるんだよ。この土地は」


 どこか意地の悪い笑いを含んだ声で言ってくる。


「どう考えても変で、実際調べてみてもよく分からない、説明のつかない超常現象めいた出来事が、昔からよくよく起こってんだ。で、古株の地元民に言わせれば、それはさっき言った『空から来た何か』のせいなんだと」

「なんだそりゃ」

「なんだそりゃ、だよな、ほんと。けど、見ろよ」


 表示された情報がシャッフルされ、年代順に流れていく。新しいものはSNSの呟きや写真、古いものは大正時代のものと思しき新聞記事や、それ以上に古い何かの書籍や書簡の画像まである。


 一つ一つは、取るに足らないような冗談やオカルトや勘違いや、よく調査すれば説明のつきそうな話に思えるような事件が多かった。死んだはずの人間が目撃されただの、古い地層からコンピューターが発見されただの、豪雨で土砂崩れが起きたはずの山が一夜で元通りになっただの、そういう話だ。後からしょうもないオチが追記されそうな類の。

 ただ、量がちょっと異様だった。SNSやネット掲示板の書き込みは除外するとしても、新聞記事や地元テレビ局のニュースだけでも年に何度もそうした話が持ち上がっている。


「記録に残っていないものを含めるなら、そこにあるような情報よりもずっと昔から、この土地は『そういう場所』だったんだそうだ」


 宮川が語る。平成昭和大正明治、過去から無数に積み上がった事件記事を前に。


「土地に降り落ちた『何か』は土地に宿り、その力で超常的な出来事を引き起こし続けている――それが街のじいさんばあさんの信仰……だか迷信だかに繋がってるわけだ」

「信仰って、なんか、これ見る限りでは結構迷惑っぽい事件が多いけど」


 表示を指さして言うと、宮川は「ああ、言い方悪かったな」とちょっと考え込んでから、言葉を続けた。


「超常現象は信仰の対象じゃない。信仰――ってか、信奉されてるのは、そのおかしな出来事、超常的怪異を鎮める側の存在だ」

「鎮める側……?」

「そ。それこそが、町が密かに誇る存在、『調伏(ちょうぶく)の御子様』だ。ほら話が繋がった!」


 宮川はぺしんと手を叩いて、得意げに歯を見せて笑う。

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