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プレアデスの鎖を重ねて  作者: 深津 弓春
 4 どこのわたしたちが願ったのか ドッペルたちの特異点
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 どこのわたしたちが願ったのか ドッペルたちの特異点 3

 

「なあ、統、お前昨日、昼頃に文化会館にいた?」


 と学校で休み時間に宮川に声をかけられたのは、昴とカフェで会話してから数日後、土日明けの月曜日だった。もうすぐ六月という時期で、上着を脱いでシャツ姿の宮川が統の席まで来て開口一番言ったのがそれだった。


「いや、行ってない。っていうか、文化会館とか、あったんだ」


 まだまだ七姉妹市の主要施設全てを把握などしていないので、統がそう答えると、宮川はちょっと戸惑うような顔をしてみせた。


「そうか? あー、そっか……」

「なに変な顔して。どうかしたの?」

「いやな、部活の仲間、他クラスのやつだけどさ、お前が昨日そこにいたのを見たって言ってたもんで」

「見間違いじゃないの? 別に俺と親しいやつってわけじゃないんだろ?」

「そうなんだけど、お前大分有名だしそいつも見た目くらい知ってるからな」

「待って。何その有名って?」

「自覚ないのかよ。そりゃ目立つもの。転入生ってだけでも目につきやすいけどさ、越してきて早々にあの御子様と仲良くなって、ちょくちょく一緒に歩いてたりするじゃん。目立つも目立つよ。クラスメイト以外でも『ああ、あの人ね』みたいな感じで知ってるやつ、多いぞ」

「うへぇ、知らなかった。でもまあそりゃそうか……」


 慣れない土地と学校で、なるべく悪目立ちしないほうがいいと考えていたのだが、と統は顔をしかめたが、宮川はその辺り気にしていないようだった。


「まあそれはいいとして。そいつ、単純に見かけたってだけじゃないんだよな。何かさ、不思議な体験したって言ってきて」

「何だそれ。不思議な体験?」

「そう、入り口付近でお前の姿を見つけて、でもまあ別に知り合いでもないからすぐ隣を通り過ぎようとしたらしいんだけど、その時にさ、急に気が遠くなったんだと」

「貧血?」

「だったら別に何も不思議じゃないんだけどな。そいつが言うには、気が遠くなって、気づいたら『同じだけど同じじゃない場所』にいたって。なんでも、現実みたいなのに、現実じゃないとか、現実と少し違うところがあるというか。景色が少しだけ違うとか、知らない店が道沿いにあったとか、そういうの」


 なんかふわっとした体験談だな、と苦笑しようとして、統は思わず身を強張らせた。現実のようで、現実じゃない、だって――?


「白昼夢っていうのかな、こういうのも。とにかく、そいつ、しばらく訳の分からん『現実風味』を歩き回ったらしい。何かが欠けていたり、無いはずのものがあったりっていう、微妙にこことは違うここ、みたいなのを」

「それで……どうなったんだ?」

「いくらか経ったら、元に戻ったって。元居た場所で突っ立ってたらしい。で、ほとんど時間が経ってないのに、すぐ傍にいたはずのお前の姿はきれいさっぱり消えてたんだと。それで気になったとか」

「気になったで済まないだろそれ。あのさ、そいつ、その白昼夢の中で、俺になったりしてなかった」

「俺になるってなんだ? いや、別にそんなこと言ってなかったけど。普通にそのへん歩き回ってたって聞いたけどな。な、これ、都市伝説とかオカルト話っぽくね?」


 なぜか嬉しそうに言う彼にそっか、と相槌を打って、統は自分の体験したものとその『白昼夢』を比べる。似ているが、異なる所もある。統や昴の体験した、もう一人の自分との一体化が抜けている。


「そいつが出会ったのがお前なら、お前もなにか変なこと体験してるかと思ったんだけどな。いなかった、ってのは予想外だった。ほんとにいなかったの?」

「だからそもそも文化会館とか知らないんだって。それに昨日は昼間ずっと家にいたよ。家事も溜まってたし」

「そっか……じゃあさ、アレだ」

「あれ?」


 疑問符を表情に浮かべる統に、何が楽しいのかニヤついたまま宮川は言った。


「ドッペル。ドッペルゲンガーだな。もう一人の自分ってやつ」

「見たら死ぬとか、オリジナルの死の予兆ってやつじゃんか。不吉かよ」


 たまには不思議なこともあるもんだな、俺も会ってみたいよ、などと笑う宮川にそんなぽんぽん現れてたまるかそんなもん、などとツッコミしつつ。


(無関係、ってことは……ないのか?)


 などと、統は考えていた。もし関係があるのなら、まだまだこうしたことが起こるのだろうか。ドッペル。不可思議な――超常的な、現象が。

 本当に、ぽんぽん現れてたまるかそんなもの。七姉妹市に来てから色々経験が濃すぎる。それに、昴だってこう立て続けではしんどいだろう。


 が、統のそうした思いやささやかな願いを全く無視するように。

 それからたったの一週間ほどで、複数の同じような報告が、街のあちこちで上がることとなったのだった。ぽんぽんと。


   *


 ドッペルゲンガーの目撃と思しき報告は、直接統の耳に入ることもあれば、人伝になんとなく聞こえてくるものも存在していた。ある時ある場所に、本人が別の場所にいるにもかかわらず目撃される。更に、近づいた人間が白昼夢を見る。基本的にそんな話となっていた。しかも、目撃談の過半は、統ではなく昴を見たというものであった。


「今度は、御子様の方が出たって。早退した三組のやつが、帰りがけに見たんだと」


 などと、宮川や、クラスの男友達を通じて話が伝わってくる。統の姿を知る者はそれほど多いとはいえなかったが、昴の方はなにせ御子である上に外見的にも特徴的で、目撃談はより明確なものとなりやすい。顔も名前も知らずとも白昼夢体験をした人間が後からそのことを人に話して、近くに昴がいたのだ、と知るパターンも存在した。


 クラスメイト、同級生、上級生や下級生にその家族友人。わざわざ統や昴の行動や居場所を目撃体験と突き合わせる人間は少なかったが、それでも「いないはずの場所に現れる御子様、もしくはなんかよく知らん男子生徒」の噂、つまりドッペルゲンガーの噂は、少しずつ形成され広がりつつあった。


 基本的なパターンはどれも共通で、統か昴がいないはずの場所にいる、近くにいた人間が、白昼夢のような、不可思議な体験をする。白昼夢の内容は、現実のようでいて現実と様々な齟齬がある偽現実のような場所を見る、というものだった。


「とりあえず、サーチ、試してみよう」


 三つほど噂を聞いた時点で、昴は提案した。放課後、統は昴に連れらて、以前弁当を共にした屋上へと上った。

 部活動が始まっており、屋上には眼下の校庭の運動部の野太い声や打球の音、向かいの別の棟にある音楽室からの吹奏楽の音や、どこかの教室を借りているらしい軽音部の楽器の音とボーカルがくぐもって重なりながら聞こえてくる。

 幸いにして人の姿がなかったため、昴は屋上の中央に立ち、統にしっかり見せながら鎖を展開した。超常の高次存在が少しだけ現れて、同じ力を持った鎖の欠片がどこかで駆動していないかを探る。


「きた」


 と昴が呟くと同時に、彼女の胸の前に現れていた輝く格子状物体から一条の細い針のような格子が伸びる。

 後はそれが、どこを向くのか。ふらふらと惑うように揺れた針は、次第にある一点を指し示していき――しかしそれが定まるより先に、別の異変が起きていた。


「二本目――?」


 思わず統は目にしたものをそのまま口に出していた。鎖からは、もう一本の針が出現し、伸びていた。同時に、二つの針が、昴の目の前で揺れ動き、鎖の気配を探し求めていた。

 一体、これは何を意味しているのか、と統は尋ねようとしたが、変化はまだ止まったわけではなかった。追い打ちのように、またも針が増えていく。

 なんだこれ、と顔を見合わせ同じ疑問を顔に浮かべた二人の間で、見る見るうちに針は七本まで増えてみせた。全ての針が別々の方向を指し示して、止まる。


 一瞬統が思い出したのは、七姉妹メロペの騒動の時のサーチだったが、あれは一つの針が無数の方向を次々と指していたのに対して、こちらは複数の針が複数の方向を同時に指していた。


「これは、調伏すべき鎖が、複数あるってこと、か?」

「分からない――こんなこと、今まで一度もなかった」


 疑問に、困惑が返ってくる。どうやら、御子からしても前例のない現象らしかった。


「反応があるってこと自体は事実、だとすれば、何かの現象が起きていると考えることはできるけれど……」


 昴は鎖を消して腕を組んだ。フェンスに背中を預けて、考える。

 統にも既に数度目で分かってきたことではあるが、サーチは、調伏のためのとっかかりの一歩となる。超常現象が本当に起きているのか、どこかで鎖の欠片が人の願いを叶えているかを知り、まずは願いの主を特定する。それが標準的な調伏手順のその一だ。


 野辺山せちの時は実際の宇宙人目撃を確かめに行きつつ、このサーチの方向に誰がいるかを確かめた。メロペの時は『誰』の部分の物理的実体が人間ではなかったために方向が分かり辛くなっていた。大人雲雀と出会った先の事件では、時間的な問題が絡んだために、この雲雀ではなくあの雲雀、というややこしさが生じた。


 では今回の複数同時に出現した針は、一体何を意味するのか。


「まずは、指し示す先を一つずつ追ってみるしか、ないのかな」


 あまりいい考えも思い浮かばず仕方なくといった調子で昴が呟き、されからもう一度サーチを試す。すると、針の数はいつの間にか一つ増えていた。

 二人の顔に浮かんだ疑問と困惑もまた、、針一つ分、濃くなったのだった。


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